昆虫展で目を引くチョウやガは、すべて「鱗翅目(チョウ目)」という同じ仲間です。世界で16万種以上が知られ、その約9割をガ類が占めるとされるこのグループは、色とりどりの翅を持つ美麗種から、落ち葉そっくりに擬態する地味な種まで、とても多様です。
メンフクロウ職員筆者は「昆虫展に標本を準備する人」ですが、時間や予算の関係で詳しいキャプションや図録を制作できず、展示を見てくれる人にもっと解説を提供したいと残念に思うことが多くあります。



気持ちはわかりますよ。でもきっと、展示をすることによって、昆虫や生き物に興味を持ってくれる人は増えるはずです。



そうですね、まずは存在を知ってもらうことからですね~



昆虫展をもっと楽しみたい人のために、鱗翅目全体の基本から、代表的な「昆虫展の花形」チョウ・ガの見どころや生態、特徴をやさしく紹介します。


鱗翅目(Lepidoptera)の昆虫とは


出典:iNaturalist – ミツオシジミタテハ Helicopis cupido(arnaud_aury)



昆虫展の会場でよく見かけるチョウやガは、まとめて「鱗翅目(りんしもく Lepidoptera)」と呼ばれるグループに属しています。
「鱗翅」という漢字は、翅(はね)の表面が細かい“うろこ状の粉(鱗粉)”でびっしり覆われていることから付けられた名前で、この鱗粉こそがチョウやガの美しい色や模様の正体です。


出典:iNaturalist – Papilio machaon(chaym_turak)
チョウとガは世界でおよそ16万種以上が知られており、毎年のように新種が記載される、とても多様性の高いグループです。色とりどりの翅を広げる大型種から、落ち葉そっくりの迷彩模様を持つ小型種まで、形も暮らし方もさまざまで、「昆虫展の花」にふさわしい存在と言えるでしょう。
鱗翅目の基本的な特徴


出典:北杜市オオムラサキセンター ‐ オオムラサキの一生



鱗翅目の仲間には、共通する特徴がいくつかあります。ポイントを確認しておきましょう。
- 翅が鱗粉で覆われている
一枚一枚の鱗粉はとても小さく、顕微鏡で見ると屋根瓦のように重なり合っています。色のついた色素を含む鱗粉だけでなく、光の反射や干渉で色を出す「構造色」の鱗粉もあり、モルフォチョウやトリバネアゲハの金属光沢は、まさにこの構造色の代表例です。 - 幼虫は「イモムシ型」
多くの鱗翅目の幼虫は、丸っこくて柔らかい体をしたいわゆる「イモムシ」「ケムシ」の姿をしています。口は葉っぱをかじるのに適した形で、植物の葉・花・実・幹など、種によって決まった「食草(食樹)」を持つことが多いのも特徴です。 - 成虫は“ストロー状”の口で蜜などを吸う
成虫になると、口は細長いストローのような形(口吻)になり、花の蜜や樹液などを吸って栄養をとります。(成虫になると食事をしない種類もあります。) - 「完全変態」をする
卵→幼虫→蛹→成虫という「完全変態」のライフサイクルを持つのも、鱗翅目の大きな特徴です。同じ種類でも、幼虫・蛹・成虫で姿も暮らしも大きく変わります。
「チョウ」と「ガ」のちがいは?


出典:iNaturalist – オウサマアゲハモドキ Epicopeia polydora(ccliming)



展示標本を見ていると、一瞬「これはチョウ? ガ?」と迷う標本がときどき出てきます。例えば、上のオウサマアゲハモドキ(Epicopeia polydora )は、昼間に活動するガで、アゲハチョウ類そっくりの姿をした擬態性の強い種です。



よく見ると、チョウにそっくりなのに「ちゃんとガの特徴」を持っているのが面白いところですね。この違いを、少し整理して見ていきましょう。
実は、チョウとガの境目は進化上はっきり分かれているわけではなく、人間が便宜的につけた区別にすぎません。それでも、野外や展示で見分けるための“目安”はいくつか知られています。
- 翅をたたむ姿勢
多くのチョウは止まったときに翅をたたんで立てますが、ガは翅を広げたまま、あるいは屋根のように斜めにたたんで止まる種類が目立ちます。ただし、夜行性のチョウや、昼間活動するガもいて、例外も少なくありません。 - 触角(しょっかく)の形
一般的なチョウの触角は、先がこん棒のようにふくらんだ「こん棒状」です。
一方、ガの触角は糸状・羽毛状・櫛の歯のような形などバリエーション豊かで、とくにオスのガでは羽毛のように大きく広がった触角を持つ種類が多く見られます。 - 活動する時間帯
昼に飛ぶものをチョウ、夜に飛ぶものをガ、とイメージしがちですが、昼行性のガ(ニシキツバメガなど)や、夕方から活発になるチョウ(フクロウチョウの仲間など)も知られています。活動時間だけではきれいに分けられないことが分かる良い例です。



このように、「チョウ」と「ガ」は見た目や暮らしの傾向から“なんとなく”分けているに過ぎず、分類学的にはどちらも同じ「鱗翅目」の仲間です。
鱗翅目の中でチョウは“ごく一部”


出典:iNaturalist – ギンモンスズメモドキ 日本亜種 Tarsolepis japonica ssp. japonica(kat_ohmori)
昆虫展では、どうしても色あざやかなチョウの標本に目を奪われがちですが、分類学的に見ると、鱗翅目のなかで「チョウ」と呼ばれるグループは全体のごく一部にすぎません。



現在知られている鱗翅目の多くは「ガ」に分類される種類で、夜に活動するものや、森林の奥深くでひっそり暮らすものなど、展示ではなかなか出会えない仲間が圧倒的多数派を占めています。



一方で、展示ケースに並ぶ標本は、来場者にとっての分かりやすさや、会場全体のテーマとの相性を考えて選ばれた、ごく一部の「代表選手」です。
そのため、展示会場などで目にするチョウとガの比率は、自然界における本来のバランスとはかなり異なっており、「チョウ:ガ=少数派:多数派」という実際の姿は、展示だけからは想像しにくいかもしれません。
それでも、「鱗翅目の大多数はガである」という視点をひとつ頭に入れておくと、華やかなチョウの標本を眺めながらも、「この周りには、もっとたくさんのガの仲間が暮らしているんだな」と、自然界の奥行きを感じながら展示を楽しむことができます。



筆者の職場の博物館のバックヤードには、実は膨大な量のガの標本があります。しかし、これらのほとんどが展示に使われることは稀です。
チョウは鱗翅目を象徴する“看板役”、ガはその看板を支える“壮大な土台”のような存在として、両方の姿を思い浮かべていただければと思います。


アゲハチョウ科 Papilionidae ― トリバネアゲハ族 Troidini


出典:WIKIMEDIA COMMONS ‐ 013602428 Ornithoptera alexandrae ventral male
アゲハチョウ科の中でも、トリバネアゲハ族(Troidini)は「世界最大級のチョウ」として知られるグループで、多くの種がニューギニアやソロモン諸島、東南アジアなどの熱帯雨林の限られた地域にだけ暮らしています。体も翅も大きく、雄は鮮やかな緑や青、雌はやや落ち着いた色合いを示すものが多く、雌雄で見た目が大きく異なる「性的二型」※がはっきりと分かる仲間です。



この特徴は、他の多くのトリバネアゲハの仲間にも共通しています。
こうした大型チョウは、過去にはコレクションや商業取引の対象として大量に採集された歴史があり、現在ではトリバネアゲハ属の仲間の多くがワシントン条約(CITES)の規制対象となっています。そのため、展示に並ぶトリバネアゲハたちは、単なる「大きくてきれいなチョウ」ではなく、国際的な保全と取引のルールのもとで慎重に扱われている標本でもあり、熱帯の森と人間社会との関わりを考える機会にもなる存在です。
性的二型🦚
性的二型(せいてきにけい、英語: sexual dimorphism)とは、同じ種類なのにオスとメスの見た目や大きさが大きく異なる現象です。代表的な例として、クジャクやキジのオスは羽が鮮やかで大きく、メスは地味な色をしています。
また、カブトムシではオスにだけ立派な角があり、メスにはありません。この違いは、オスどうしがメスをめぐって競争する「性選択」や、オスやメスがそれぞれ特定の役割に特化することで進化したと考えられています。
オスが派手になると「相手に見つけてもらいやすい」「強さをアピールできる」というメリットがありますが、逆に「捕食者に目立ちやすくなる」などのデメリットもあります。一方で、猛禽類や深海魚などではメスのほうが大きくなる「逆転型」もあり、環境や生存戦略によって多様なパターンが見られます。


出典:WIKIMEDIA COMMONS – Peacock.displaying.better


出典:WIKIMEDIA COMMONS – FemalePeacock 001
ゴライアストリバネアゲハ Ornithoptera goliath


出典:iNaturalist – ゴライアストリバネアゲハ Ornithoptera goliath(shirdipam)


出典:iNaturalist – ゴライアストリバネアゲハ Ornithoptera goliath(karthikeyan_srinivasan)
和名:ゴライアストリバネアゲハ
学名:Ornithoptera goliath
分類:鱗翅目 アゲハチョウ科 アゲハチョウ亜科 アゲハチョウ族 トリバネアゲハ属
分布:インドネシア(マルク諸島・西パプア)・パプアニューギニア
保護状況:ワシントン条約(CITES)附属書II
世界最大級の大きさを誇るトリバネアゲハで、翅を広げた長さはおよそオスで20cm前後、メスで最大28cm以上です。標本ケースのガラス越しに見ても存在感があり、会場全体の雰囲気をぐっと華やかにしてくれます。
雄は黒地に鮮やかな黄緑色のステンドグラスのような斑紋を持ち、雌はやや落ち着いた黒〜茶褐色に黄色い斑紋を散りばめた姿で、雌雄の印象が大きく異なる「性的二型」がとても分かりやすい種類です。
英名は「Goliath birdwing」。聖書に登場する巨人・ゴリアテの名を冠したこのチョウは、その名にふさわしい迫力を備えています。



タヌ山先生はゴライアストリバネアゲハを「世界最大種」と呼ばれますが、私が図鑑で見た際には「アレキサンドラトリバネアゲハが世界最大種」と書いてありました。この真相は?



確かに翅を広げた長さではアレキサンドラトリバネアゲハのメスが世界最大とされますが、翅面積ではゴライアストリバネアゲハのメスが世界最大とされているのです。



なるほど、比べる基準によって「世界最大種」は変わるのですね〜!
ビクトリアトリバネアゲハ Ornithoptera victoriae


出典:iNaturalist – Ornithoptera victoriae(mjandersen)


出典:iNaturalist – Ornithoptera victoriae(oscarkokako)
和名:ビクトリアトリバネアゲハ
学名:Ornithoptera victoriae
分類:鱗翅目 アゲハチョウ科 トリバネアゲハ属
分布:ソロモン諸島・ブーゲンビル島
保護状況:CITES附属書II
イギリス女王ヴィクトリアに献名されたトリバネアゲハで、雄は黒地に金緑色の縁取りが美しい中型〜大型種。発見当時はニューギニアやソロモン諸島の密林の高い樹冠部を、鳥のように高い位置で滑空していたため、普通の網では届かず採集が非常に困難でした。



最初の発見者がショットガンで撃ち落とした、というエピソードが残っているそうです。



えっ、チョウを銃で撃ち落とすなんて…。海外版、「那須与一」ですか?!



現代では理解しがたい行動に感じますが、当時は軽くて丈夫な長い捕虫網はなく、高い樹冠を飛ぶ大型チョウを地上から網で捕ることはほぼ不可能だったのですよ。
ゴクラクトリバネアゲハ Ornithoptera paradisea


出典:iNaturalist – Ornithoptera paradisea ssp. chrysanthemum(arex)


出典:WIKIMEDIA COMMONS – 013605449 Ornithoptera paradisea ventral female
和名:ゴクラクトリバネアゲハ
学名:Ornithoptera paradisea
分類:鱗翅目 アゲハチョウ科 トリバネアゲハ属
分布:パプアニューギニア・インドネシア西パプア州
保護状況:CITES附属書II
オスの後翅に長い「尾状突起」がツバメのように伸びるトリバネアゲハで、極楽鳥(Bird of paradise)にちなんだ学名を持ちます。雄は黒・黄緑・金色の三色がベルベットのような質感で配置され、ニューギニア高地の限られた森でしか見られない希少種です。



チョウ翅の「スワローテール(ツバメのような「尾状突起」)」、素敵ですよね~



見た目は可愛いですけど、データ入力では、チョウのラベルは箱のままでは見えなくて大変です。取り出して確認するのですが、繊細な「尾状突起」のあるチョウは特に気を使います…。



確かに!標本箱開けるときもそっと開けないと、開けたときの空気の流れで翅がフワフワっと動いて、標本が壊れる可能性ありますよね!
メガネトリバネアゲハ Ornithoptera priamus


出典:iNaturalist – メガネトリバネアゲハ Ornithoptera priamus(naturalist67279)


出典:iNaturalist – Ornithoptera priamus ssp. bornemanni(tomvierus)
和名:メガネトリバネアゲハ
学名:Ornithoptera priamus
分類:鱗翅目 アゲハチョウ科 トリバネアゲハ属
分布:マルク諸島〜ニューギニア〜オーストラリア北部・ソロモン諸島
保護状況:CITES附属書II
トリバネアゲハ属の中でもっとも広い範囲にすむ種で、ニューギニアや周辺の島々、オーストラリア北部など、島ごと・地域ごとに少しずつ姿を変えながら暮らしています。これまでに15をこえる亜種が記載されており、同じ「メガネトリバネアゲハ」でも産地が違うと、翅の色や模様の印象ががらりと変わるのが大きな魅力です。



分類上、このあと紹介するアカメガネトリバネアゲハ(Ornithoptera croesus )は別種ですが、アオメガネトリバネアゲハ(Ornithoptera urvillianus )は、メガネトリバネアゲハ(O. priamus )の亜種です。
雄の翅は、黄緑色からエメラルドグリーン、さらには青みがかった色合いまで、地域によって微妙なグラデーションの違いが見られます。英名は「Common green birdwing(コモングリーンバードウィング)」で、「トリバネアゲハらしい姿を一番よく代表している種」として紹介されることも多いチョウです。
アカメガネトリバネアゲハ Ornithoptera croesus


出典:iNaturalist – アカメガネアゲハ Ornithoptera croesus(gancw1)


出典:iNaturalist – アカメガネアゲハ Ornithoptera croesus(nathanas)
和名:アカメガネトリバネアゲハ
学名:Ornithoptera croesus
分類:鱗翅目 アゲハチョウ科 トリバネアゲハ属
分布:インドネシア・マルク諸島(バチャン島・ハルマヘラ島・テルナテ島)
保護状況:CITES附属書II
雄の翅が金色からオレンジ色に輝く、トリバネアゲハ属の中でほぼ唯一といえる「暖色系」の種です。なかでもリディア型(O. c. lydius)は、鮮やかな金赤色の翅を持つテルナテ島固有の亜種として知られています。
1859年にアルフレッド・ラッセル・ウォレスがこのチョウを初めて捕獲したときの感動は、彼自身の手記に詳しく記されており、その文章は今でも生物地理学の古典として読み継がれています。チョウそのものの美しさだけでなく、進化や生物地理の歴史とも深く結びついた一種と言えるでしょう。



アルフレッド・ラッセル・ウォレスは手記の中で、長いあいだ探し続けてようやく出会えた“黄金のチョウ”への驚きと喜びを、「これまで見たどの蝶(昆虫)よりも豪華だ」という言葉で表現しています。



”It is one of the most magnificent insects in the world…”
当時の興奮と感動が伝わってきますね!
このエピソードは、ウォレスが島ごとの生き物の違いに気づき、生物地理学の考え方へとつながっていった象徴的な場面として、今でも生物学の歴史でよく紹介される一節です。
アオメガネトリバネアゲハ Ornithoptera urvillianus


出典:iNaturalist – Ornithoptera priamus ssp. urvillianus(pmaaskant)


出典:iNaturalist – Ornithoptera priamus ssp. urvillianus(guillaumecalcagni)
和名:アオメガネトリバネアゲハ
学名:Ornithoptera urvillianus(Ornithoptera priamus ssp. urvillianus )
分類:鱗翅目 アゲハチョウ科 トリバネアゲハ属
分布:ソロモン諸島・ブーゲンビル島
保護状況:CITES附属書II
雄の翅が深いコバルトブルーに輝く、とても美しいトリバネアゲハです。学名の「urvillianus」は、19世紀に太平洋地域を探検したフランス人探検家デュモン・デュルヴィルにちなむ名前です。
このチョウの青色は、絵の具のような「色のついた物質」ではなく、翅の表面の細かい構造によって生まれる「構造色」です。翅の鱗粉の中に、ごく薄い層が何重にも重なった“多層膜”のような構造があり、その隙間で光が反射し合うことで、見る角度によって青から紫へと色が変わって見えます。


出典:九州大学総合研究博物館 ‐ 烏山邦夫鱗翅類コレクション アオメガネトリバネアゲハ (アゲハチョウ科)



トリバネアゲハの美しい光沢は、多層膜による構造色※です。
構造色🦋🌈
構造色とは、物質の中にあるとても細かい“ならび方・形”が、特定の波長の光だけを強く反射して生まれる色です。
色素のように光を吸収して残りを返すのではなく、光が薄い膜や規則正しい微細構造で干渉・回折・散乱されることで、鮮やかな色や角度によって変わる色が現れます。


この構造は光の波長と同じくらいのサイズで秩序正しく並んでいるため、物質自体にほとんど色がなくても強い発色が可能で、構造がこわれない限り色あせにくいという特徴があります。
クジャクの羽やモルフォチョウの翅、玉虫色の昆虫、魚の銀色、シャボン玉やCDの虹色など、多様な生物・無生物で同じ物理原理が働いており、フォトニック結晶材料やインクを使わない印刷、環境応答センサーなどの応用研究も進んでいます。


出典:iNaturalist – タマムシ Chrysochroa fulgidissima(zongweijiang)
参考・引用文献
最近の研究では、この多層構造が左右の向きで性質の異な「キラル(ねじれ構造)」※になっていることが分かり、物理学・材料科学の分野からも注目されている発色の仕組みです。
キラル(キラリティー:ねじれ構造)🌀🔁
キラルとは、物体や分子が「鏡に映した姿」と重ね合わせても決してぴったり一致しない性質のことを指します。
左右の手のように形はよく似ていても、向きを変えても完全には重ならない場合、その物体はキラルであり、化学ではキラル中心(不斉中心)を持つ分子として扱います。
キラルな分子どうしは、においや味、薬としての効き方、光の偏光に対する応答などが異なるため、生体機能・医薬品設計・光学材料など多くの分野で重要な概念です。
さらに、結晶やナノ構造がキラルである場合には、円偏光に対して異なる応答を示す円二色性や、偏光変換を利用した光学デバイスなど、マクロな物質科学・フォトニクスのテーマとも深く結びついています。
「キラル」は日本語で「対掌性(たいしょうせい)」とも呼ばれ、「対掌」は右手と左手のような一組の手のひらを指します。「対称性」と似た言葉のように思われがちですが、「対掌性」の意味は「対称性」のほぼ逆で、対称性があるとは鏡に映した姿と重ねて一致することを言います。



これに対して「キラル(キラリティ・対掌性)」は、鏡に映した像とどう向きを変えても重ならない、つまり鏡像対称性が欠けている状態を指します。


出典:分子科学研究(Mol. Sci.) ‐ Chirality and its roles in molecular science(2021年)



上の画像は、「2次元の図形に厚みを持たせた“ねじれ構造”が、光の当たり方によってキラル(左右非対称)として振る舞う」ことを説明しています。
参考・引用文献



「アオメガネトリバネアゲハが、メガネトリバネアゲハの中で最もレア」と聞いたことがあるのですが、真実でしょうか?



青の美しさから「特別レア」と言われがちですが、「メガネの中で最も希少」とまでは言えません。生息地や亜種、さらには時代ごとに事情が違う、と考えたほうがいいでしょう。
アカエリトリバネアゲハ Trogonoptera brookiana


出典:iNaturalist – Trogonoptera brookiana ssp. albescens(budak)


出典:iNatralist – アカエリトリバネアゲハ Trogonoptera brookiana(rama-warrier)
和名:アカエリトリバネアゲハ
学名:Trogonoptera brookiana
分類:鱗翅目 アゲハチョウ科 アカエリトリバネアゲハ属
分布:マレー半島・スマトラ・ボルネオ・ナトゥナ諸島
保護状況:CITES附属書II
カエリトリバネアゲハ (Trogonoptera brookiana ) は、マレーシアの国蝶として知られる大型のチョウです。 英名の「Rajah Brooke’s Birdwing(ラジャ・ブルック・バードウィング)」は、ボルネオ島のサラワク王国で初代ラジャ(統治者)となったイギリス人、ジェームズ・ブルックへの献名に由来します。
雄は黒い翅に翡翠色の斜めの帯模様が鋭く入るのが特徴で、胸部から首元にかけて鮮やかな赤い「襟」をまとう姿が印象的です。



細く長い翅に、首元の真っ赤な毛がとてもエレガントですね。
キシタアゲハ属 Troides spp.


出典:iNaturalist – ミノスキシタアゲハ Troides minos(rajeevpr)
和名:キシタアゲハ
学名:Troides spp.
分類:鱗翅目 アゲハチョウ科 キシタアゲハ属
分布:南アジア〜東南アジア〜オセアニア
保護状況:CITES附属書II
トリバネアゲハの仲間のなかでも「黒×黄色」のコントラストが印象的なグループで、後翅の鮮やかな黄色が名前の由来です。多くの種(亜種)で、オスは黒い前翅と、クロムイエローのように明るい黄色の後翅を持ち、英名ではまとめて「Golden birdwing(黄金のバードウィング)」と呼ばれます。
トリバネアゲハ属(Ornithoptera )の金緑色の輝きに比べると、やや落ち着いた配色ですが、その分シルエットや飛び方の優雅さが際立ちます。いずれもワシントン条約(CITES)の規制対象で、商業取引には原産国の許可が必要な「守られながら観察・展示されているチョウ」です。
アンフリサスキシタアゲハ Troides amphrysus


出典:iNaturalist – アンフリサスキシタアゲハ Troides amphrysus(don54)


出典:iNauralist – アンフリサスキシタアゲハ Troides amphrysus(ecologyed)
和名:アンフリサスキシタアゲハ
学名:Troides amphrysus
分類:鱗翅目 アゲハチョウ科 キシタアゲハ属
分布:マレー半島〜スマトラ〜ボルネオ など東南アジア域
保護状況:CITES附属書II
キシタアゲハ属の代表種のひとつで、オスは黒い前翅に、後翅いっぱいに広がる明るい黄色が映える典型的な「キシタアゲハらしい」姿をしています。マレー半島やスマトラ、ボルネオなどの森の林縁や林床近くをゆったりと飛び、木漏れ日の中を滑るように行き来する様子は、現地でもひときわ目を引く存在です。


アゲハチョウ科 Papilionidae ― アゲハ亜科 Papilioninae


出典:iNaturalist – アオジャコウアゲハ Battus philenor(rlephoto)
アゲハ亜科 Papilioninae は、多くの人が「これぞチョウ」と聞いて思い浮かべる、典型的な大型アゲハたちが集まったグループです。トリバネアゲハと並んで、世界のチョウの中でもひときわ存在感のあるメンバーがそろい、「華やかさ」と「多様性」の両方を味わえる一大勢力と言えます。
トリバネアゲハが“鳥のようなシルエットとサイズ”で驚かせてくれるとすれば、アゲハ亜科は「優雅な尾状突起」「金属光沢の青や緑」「地域ごとに変化する模様」など、形や色彩のバリエーションで見る人を魅了するグループです。
身近なミヤマカラスアゲハから、ナガサキアゲハやアフリカの巨人たち、さらには高山を舞う繊細なパルナシウスまで、同じアゲハチョウ科の中でこれほど生活の舞台や姿かたちが変化するのか、と驚かされます。



この章では、身近な日本産アゲハから、熱帯雨林の宝石のような種、そして山岳地帯を主な舞台とする「高山のアゲハ」まで、アゲハ亜科の多彩なメンバーを見ていきましょう。
オオルリアゲハ Papilio ulysses


出典: iNaturalist – ウリッセスアゲハ Papilio ulysses(heathr)


出典:iNaturalist – ウリッセスアゲハ Papilio ulysses(tomfeild)
和名:オオルリアゲハ(ユリシスアゲハ、ウリッセスアゲハ )
学名:Papilio ulysses
分類:鱗翅目 アゲハチョウ科 アゲハチョウ属
分布:オーストラリア北東部・パプアニューギニア・ソロモン諸島・インドネシア東部
保護状況:種としては安全(地域亜種で議論あり)
開長が約10cmにもなる大型のアゲハで、雄の翅の表は息をのむようなウルトラマリンブルーに輝きます。オーストラリア・クイーンズランド州ケアンズでは観光のシンボルとして知られ、「Ulysses butterfly」「Blue Mountain butterfly」という英名で案内パンフレットやお土産にもよく登場します。



種小名 ulysses は、ギリシャ神話の英雄「オデュッセウス」のラテン語名 Ulysses(ユリシス) に由来すると考えられています。
雌は全体に黒い縁取りが太く、青い部分の面積が雄より小さいため、じっくり見ると雌雄の違いが分かりやすい種類です。森の緑を背景に電気のような青がフラッシュのように走るので、現地では「見られると幸せになれる蝶」とも言われています。
オオルリオビアゲハ Papilio blumei


出典:iNaturalist – オオルリオビアゲハ Papilio blumei(kaithefishguy)
和名:オオルリオビアゲハ
学名:Papilio blumei
分類:鱗翅目 アゲハチョウ科 アゲハチョウ属
分布:インドネシア・マルク諸島(セラム島・バチャン島ほか)
保護状況:特記なし
オオルリアゲハと近縁の中型アゲハで、翅の青い帯がより細く、くっきりと帯状に並ぶのが特徴です。この青帯にちなみ、英名では “Blue-banded swallowtail” とも呼ばれます。
インドネシア東部のマルク諸島に固有の種で、島ごとに青の色味や帯の幅が少しずつ異なっており、地域ごとの環境に応じた微妙な違いを比較できる「島嶼変異のよい教材」としても興味深い存在です。
ミヤマカラスアゲハ Papilio maackii


出典:iNaturalist – ミヤマカラスアゲハ Papilio maackii(anna-solisia)
和名:ミヤマカラスアゲハ
学名:Papilio maackii
分類:鱗翅目 アゲハチョウ科 アゲハチョウ属
分布:日本(北海道〜九州)、朝鮮半島、中国東北部、ロシア極東
保護状況:普通種
日本の山地で見られるアゲハの中では最も光沢の鮮やかな種で、雄の翅表は緑〜青の金属光沢で覆われます。マツノキやキハダなどのミカン科を食草とし、夏型と春型で大きさ・色彩が異なる季節型を示します。
一般的に、厳しい冬を蛹(さなぎ)で乗り越えて春(4月〜5月頃)に現れる「春型」は、小ぶりな体つきながらも、翅の表面を覆う緑色や青色の金属光沢が極めて鮮烈に輝く特徴を持っています。これに対して、豊かな夏の緑の中で育ち、7月〜8月頃に現れる「夏型」は、春型よりもひと回り以上大きく成長する反面、全体的に黒みが強くなり、落ち着いた深みのある色調に変化します。


出典:蝶一日 ‐ ミヤマカラスアゲハ(field24k)


出典:蝶一日 ‐ ミヤマカラスアゲハ(field24k)



ざっくり言うと、
春型:
・小さめ
・青緑の輝きが強く派手
・後翅裏の黄色い帯や赤斑がはっきり
夏型:
・大きめ
・黒っぽく落ち着いた色合い
・黄帯や赤斑が薄くなることが多い
という違いがあります。



山育ちの筆者にとっては、もっとも「身近な美しい大型アゲハ」と言える存在です~
ナガサキアゲハ Papilio agenor


出典:iNaturalist – ナガサキアゲハ Papilio agenor ssp. thunbergii(dnerii)


出典:iNaturalist – ナガサキアゲハ Papilio agenor ssp. thunbergii(grechan)
和名:ナガサキアゲハ
学名:Papilio agenor ssp. thunbergii(従来体系では Papilio memnon thunbergii)
分類:鱗翅目 アゲハチョウ科 アゲハチョウ属
分布:南アジア〜東南アジア、日本では九州〜現在は関東まで北上
保護状況:日本では普通種、ただし温暖化指標として注目
開長10cmをこえる、日本でも最大級のアゲハのひとつです。もともとは九州以南でしか見られない南方系のチョウでしたが、近年の気温上昇とともに分布が北へ広がり、現在では関東地方でもごく普通に観察できるようになりました。
分布拡大の様子は国立環境研究所などが継続的に記録しており、「気候変動とともに暮らし方を変えつつある身近なチョウ」として、生態学的にも重要な存在です。



ナガサキアゲハは雌雄で模様が大きく異なります(性的二型)。オスは全身がつやのある黒一色に見えるのに対し、メスは後翅に大きな白い斑紋と赤い斑点を持ち、同じ種類とは思えないほど印象が変わります。
テンジクアゲハ(Papilio agenor 本来型)の仲間


出典:iNaturalist – テンジクアゲハ Papilio agenor ssp. polymnestor(adityaramakrishnan13)
和名:テンジクアゲハ(一般に Papilio agenor の名で紹介される種群)
学名:Papilio agenor(広義)
分類:鱗翅目 アゲハチョウ科 アゲハチョウ属
分布:インド〜東南アジア一帯(インド亜大陸から中国南部・インドシナ半島など)
保護状況:地域によっては減少傾向が指摘されるが、全体としては広域分布種
テンジクアゲハは、インドや東南アジアの平地〜丘陵部でよく見られる黒い大型アゲハで、日本のナガサキアゲハと近縁の「本家」グループにあたります。いずれも黒地に白や赤の斑紋を持ちますが、地域ごとに模様の入り方が少しずつ違っており、インドの個体群と東南アジアの個体群では「同じ種でも雰囲気が変わる」面白さがあります。
近年の分子系統解析では、日本のナガサキアゲハを含む一連のグループを Papilio agenor 側にまとめる新しい見解が提案されており、「日本のナガサキアゲハは、インド〜東南アジアに広く分布するテンジクアゲハの仲間」として位置づけ直されつつあります。
アフリカ産アゲハ類



アジアや中南米の熱帯雨林とはまた異なる、独自の進化を遂げた昆虫たちが息づく場所がアフリカ大陸!



アフリカの昆虫は一際強い存在感を放つものが多いですね。



アフリカのチョウも独特なものが多い印象です。
ドルーリーオオアゲハ(Papilio antimachus ssp. parva)


出典:iNaturalist – Papilio antimachus ssp. parva(michelemenegon)
和名:ドルーリーオオアゲハ
学名:Papilio antimachus ssp. parva
分類:鱗翅目 アゲハチョウ科 アゲハチョウ属
分布:中央〜西アフリカの熱帯雨林地帯(コンゴ盆地周辺が中心とされる)
保護状況:地域により個体数減少が懸念されるが、正式なレッドリスト評価は資料で要確認
開長20cm前後にもなる、世界最大級のアゲハとして知られるアフリカの巨人です。細長い前翅と、茶色〜オレンジ色の網目模様が特徴で、日本のアゲハとはまったく違うシルエットに見えます。



成虫は高い樹冠近くをゆっくり滑空することが多く、実際に出会うのは現地の研究者でも一苦労という“幻のチョウ”です。
ドルーリーオオアゲハは「サイズの記録」でしばしば名前が挙がる存在です。世界最大のチョウを紹介する本では、アレクサンドラトリバネアゲハなどと並んで取り上げられることが多い、大型種の代表格です。



「アフリカにはこんなスケールのアゲハがいるのか!」と、地球の広さを実感させてくれますね~
ザルモクシスオオアゲハ(Papilio zalmoxis )


出典:iNaturalist – ザルモクシスオオアゲハ Papilio zalmoxis(stefaneakame)
和名:ザルモクシスオオアゲハ
学名:Papilio zalmoxis
分類:鱗翅目 アゲハチョウ科 アゲハチョウ属
分布:西〜中央アフリカの熱帯雨林(ギニア湾沿岸からコンゴ盆地周辺)
保護状況:広域分布だが、森林伐採に伴う生息地の減少が懸念される地域あり
ザルモクシスオオアゲハは、大型で雄の翅は淡い水色〜青緑色を帯びた明るい色合いをしており、アフリカの森の中でひときわ目立つ存在です。翅の形はアフリカの他のオオアゲハよりも丸みがあります。
体もがっしりしていて、標本箱で見ると「アフリカらしい力強さ」が伝わってくる種類です。
ルリアゲハ(Papilio nireus )


出典:iNaturalist – ルリアゲハ Papilio nireus(glennstockil)
和名:ルリアゲハ
学名:Papilio nireus
分類:鱗翅目 アゲハチョウ科 アゲハチョウ属
分布:サハラ以南アフリカ全域に広く分布
保護状況:広域の普通種とされるが、地域によって個体数の増減あり
黒地に青緑色の太い帯模様が走る、美しいコントラストのアゲハです。多くの地域で比較的普通に見られる種で、森の縁や農地の周りを素早く飛び回り、花の蜜を吸う姿が観察されています。
ルリアゲハは「アフリカの代表的な“身近なアゲハ”」の一つです。日本のアオスジアゲハに少し雰囲気が似ていて、「アフリカ版アオスジアゲハ」と表現されることもあります。



しかし、分類上はアオスジアゲハ属 Graphium ではなく、アゲハチョウ属 Papilio に属する別系統のアゲハです。



日本人にとってのナミアゲハのように、現地では日常の風景の中で目にするチョウでありながら、黒と青のはっきりした模様のおかげで、標本箱に入れても十分に見映えがよいですね~。
高山のアゲハ「パルナシウス」の仲間
アゲハチョウ科の中には、里山や畑ではなく、山の稜線や高山のお花畑を主な舞台に選んだグループも知られています。その代表が「ウスバアゲハ」「アポロウスバシロチョウ」といった名前でも呼ばれる、パルナシウス属 Parnassius の仲間です。
ぱっと見には、次の章で紹介するシロチョウ科のチョウによく似た白い翅をしていますが、分類上はしっかりとアゲハチョウ科に属する「高山のアゲハ」の一系統であり、同じアゲハチョウ科でも街路樹の上を元気に飛び回るアゲハたちとはずいぶん雰囲気が異なる存在です。



パルナシウスの仲間は、アゲハチョウ科の中でも比較的早い段階で枝分かれしたグループと考えられており、「アゲハの系統の中に残された、少し昔かたぎの姿」として紹介されることもあります。



すりガラスのような繊細な色といい、控えめな姿といい、素敵ですね~!
アポロウスバ(Parnassius apollo )


出典:iNaturalist – アポロウスバ Parnassius apollo(poerli)
和名:アポロウスバ(アポロウスバシロチョウ)
学名:Parnassius apollo
分類:鱗翅目 アゲハチョウ科 パルナシウス属
分布:ヨーロッパ〜西アジアの山岳地帯
保護状況:各国で地域個体群ごとに保護指定・レッドリスト掲載
白い翅に黒い斑点と赤い眼状紋をちりばめた姿から、ギリシア神話の太陽神「アポロン」の名をとって「アポロ」と呼ばれてきた高山性のアゲハです。アルプスなどの高地の草原を、ふわりと浮かぶように飛ぶ姿は、ヨーロッパの人々にとって夏山の象徴のひとつでもあります。
環境の変化や乱獲によって数を減らした地域も多く、国や地域ごとに保護種・レッドリスト種として扱われることが増えており、「山の蝶の宝石」として自然保護の象徴的な存在になっています。
クロホシウスバシロチョウ(Parnassius mnemosyne )


出典: iNaturalist – クロホシウスバシロチョウ Parnassius mnemosyne(cerocomactif)
和名:クロホシウスバシロチョウ
学名:Parnassius mnemosyne
分類:鱗翅目 アゲハチョウ科 パルナシウス属
分布:ヨーロッパ〜西アジアの山地・丘陵
保護状況:多くの地域で準絶滅危惧〜絶滅危惧相当の評価
アポロに比べると、赤い模様を持たず、白い翅に黒い斑点だけを控えめに配した、落ち着いた印象のパルナシウスです。ギリシア神話の記憶の女神「ムネモシュネー」に由来する学名を持ち、冷涼な林縁や草地にひっそりと現れる姿は、どこか「森の記憶」のような雰囲気さえ感じさせます。
生息地となる草地や林の減少にともない、多くの国や地域で保護対象となっており、アポロより控えめな姿の、「静かな高山・冷温帯の象徴」として守られています。
ウスバキチョウ(Parnassius eversmanni )


出典:iNaturalist – ウスバキチョウ Parnassius eversmanni(komarov)
和名:ウスバキチョウ
学名:Parnassius eversmanni
分類:鱗翅目 アゲハチョウ科 パルナシウス属
分布:シベリア〜極東アジアの山岳地帯(日本では北海道の高山)
保護状況:日本では国指定天然記念物・各地で厳重に保護
半透明の薄い翅と、うっすら黄色がかった地色が名前の由来になった、高山にくらすパルナシウスです。日本では北海道の大雪山系など、ごく限られた高山帯にしか見られず、国の天然記念物として長く保護されてきました。
夏の短いあいだだけ、高山植物の花畑の上を静かに舞う姿は、「天空のチョウ」として登山者のあいだでも特別な存在です。


シロチョウ科 Pieridae


出典:iNaturalist – エゾシロチョウ Aporia crataegi(markus_dumke)
シロチョウ科 Pieridae は、「白いチョウ」「黄色いチョウ」のイメージをつくっているグループで、世界中の草原や畑、公園などで身近に出会える仲間たちです。モンシロチョウのような素朴な姿から、ツマベニチョウやカザリシロチョウのような鮮烈な色彩までそろっており、「地味そうに見えてじつは奥が深い」チョウたちと言えます。
多くの種は幼虫がアブラナ科やマメ科など、人間の暮らしと関わりの深い植物を食草として利用してきました。そのため、農村景観や里山とともに歩んできた“人間の暮らしと共にあるチョウ”である一方、熱帯の山地や島々では、カザリシロチョウ属やマルバネシロチョウ属のように、地域ごとに多様な模様へと分かれていったグループも知られています。



ここでは、ツマベニチョウのような大型種から、裏面の警告色が鮮やかなカザリシロチョウの仲間、やわらかな色彩が魅力的なマルバネシロチョウ属まで、シロチョウ科の幅広い表情をのぞいてみましょう。
ツマベニチョウ Hebomoia glaucippe


出典:iNaturalist – ツマベニチョウ Hebomoia glaucippe(heiheiupig)


出典:iNaturalist – ツマベニチョウ Hebomoia glaucippe (drnamgyal04)
和名:ツマベニチョウ
学名:Hebomoia glaucippe
分類:鱗翅目 シロチョウ科 モンシロチョウ亜科 ツマベニチョウ属
分布:南アジア〜東南アジア、日本では南西諸島〜九州南部
保護状況:日本では北上傾向あり、地域RDB指定
シロチョウ科の中でも世界最大級の種で、開長は8〜10cmほどに達します。翅は白〜淡黄色で、雄の前翅の先端に入る鮮やかな朱色〜橙色のパッチがよく目立ち、遠くからでもひと目でそれと分かる存在感です。
フィリピン産亜種をはじめ、産地ごとにオレンジ色の濃さや大きさが少しずつ違う「地理的変異」が豊富にあります。日本では九州南部以南ではふつうに見られる一方、本州ではほとんど出会えないため、本州以北の蝶愛好家にとっては「南の島へ行ったら一度は見てみたい憧れのチョウ」です。
カザリシロチョウ属 Delias spp.


出典:iNaturalist – ウスベニモンシロチョウ Delias eucharis(aswathishibu)


出典:iNaturalist – アカネシロチョウ Delias pasithoe(goofyko)


出典:iNaturalist – Delias aganippe(lizardview)
和名:カザリシロチョウ
学名:Delias spp.
分類:鱗翅目 シロチョウ科 シロチョウ亜科 カザリシロチョウ属
分布:南アジア〜オセアニア、特にニューギニア島で多様化
保護状況:種により特記なし
カザリシロチョウの仲間(Delias )は、裏面に黒地と鮮やかな赤・黄色を組み合わせた、アポセマティック(警告色)の代表例として知られるシロチョウのグループです。世界でおよそ250種が知られ、とくにニューギニアの高地では、山ごと・谷ごとに少しずつ模様の違う種が暮らしており、それぞれの地域のユニフォームが並んでいるかのように多様化しています。
この派手な姿から、英語圏では「Jezebel butterflies(イゼベル・バタフライ)」という印象的な呼び名で親しまれてきました。


出典:九州大学総合研究博物館 ‐ 烏山邦夫鱗翅類コレクション カザリシロチョウ属
マルバネシロチョウ属 Cepora spp.


出典:iNaturalist – キシタシロチョウ Cepora aspasia(gancw1)


出典:iNaturalist – ウスムラサキシロチョウ Cepora nadina(wkcheng71)


出典:iNaturalist – タイワンスジグロシロチョウ Cepora nerissa(kishorenath)
和名:マルバネシロチョウ
学名:Cepora spp.
分類:鱗翅目 シロチョウ科 シロチョウ亜科 マルバネシロチョウ属
分布:東南アジア〜南アジアの森林や二次林
保護状況:種により地域的なレッドリスト指定あり
マルバネシロチョウ属の仲間は、丸みを帯びた翅に白・黄色・橙色と黒い筋模様を組み合わせた、やわらかな雰囲気のシロチョウの仲間です。見た目はどこか日本のスジグロシロチョウに似ています。
種によっては翅の黄色味が強かったり、うっすら紫がかって見えたりと色合いに幅があり、産地ごとに少しずつ表情が違うのも魅力です。派手さでいえばカザリシロチョウ属にゆずるものの、写真を並べて見比べると、「同じ属ならではの共通点」と「土地ごとの個性」がじわりと感じられる、通好みのシロチョウと言えるでしょう。


タテハチョウ科 Nymphalidae


出典:iNaturalist – ルリタテハ 日本本土亜種 Kaniska canace ssp. nojaponicum(takuya_iwasawa)
タテハチョウ科(Nymphalidae)は、世界の森や草地、公園などに広く適応した大きなグループで、「森のチョウ」のイメージをかたちづくっている仲間たちです。ジャノメチョウやヒメアカタテハのような身近な種類から、オオムラサキやミイロタテハ、モルフォチョウのような美麗種まで含まれ、色や模様、暮らし方のバリエーションはたいへん豊かです。



タテハチョウ科に共通する主な特徴と生態をまとめると、次のようになります。
- 前脚のつくり:成虫のうち前脚(前ばら脚)が短くブラシ状に退化しており、歩くときは主に残りの4本を使うため、静止していると「4本脚のチョウ」のように見える。
- 食べ物の幅広さ:花の蜜だけでなく、樹液、熟して発酵した果実の汁、時には動物の排泄物など、森の中のさまざまな栄養源を利用する種が多い。
- 防御とデザイン:鳥を驚かせる目玉模様(眼状紋)、体内の有毒成分を示す派手な警告色、毒チョウや枯葉・樹皮そっくりの擬態など、視覚的な防衛手段が発達している。



引退されたチョウの先生が「美しいチョウほど悪食※が多い」とおっしゃっていたのを思い出しました。



人間の感覚では「悪食」という印象を受けてしまうかもしれませんが、これらはとても効率的な栄養補給の方法なんですよ。花の蜜だけでは取りにくい大切な塩分やアミノ酸などを確実に補うために、自然界のさまざまな資源を上手に使っている証拠だと言えます。
※悪食(あくじき):タテハチョウ科の一部の特徴として、花の蜜ではなく、樹木から染み出る樹液や熟して発酵した果実の汁、動物の排泄物などを好んで吸う食性を指します。私たちから見ると「こんなものまで?」と思うような資源も、森の中では貴重な栄養源であり、それを効率よく利用するために発達した生き残り戦略の一つです。
このように、前脚の独特な構造という共通の「型」をもちながら、地域ごとの気候や植物、天敵に合わせて、本当にさまざまな暮らし方や模様が生まれていることが、タテハチョウ科ならではの面白さです。



それでは、昆虫展などでよく展示される顔ぶれを中心に、タテハチョウの代表的な種類を属ごとに整理して見ていきましょう。
モルフォチョウ属 Morpho spp.


出典:iNaturalist – キプリスモルフォ Morpho cypris(edgarabel)
モルフォチョウは、中南米の熱帯雨林を象徴する「青く光るチョウ」として知られ、世界でおよそ30種が知られています。森林の上空や林縁を、大きな翅をゆったり打ちながら飛ぶ姿は、遠くからでも青い光の点滅のように見え、現地の人々にとっても特別な存在です。
その青色は色素ではなく、翅の鱗粉がつくるナノレベルの多層構造による「構造色」によるもので、1940年代の電子顕微鏡観察をきっかけに、現在まで物理学・材料科学の分野で精力的に研究されています。この精巧な構造をまねた技術は、ディスプレイや光学センサー、偽造防止技術など、バイオミメティクス(バイオミミクリー)の代表例としても注目を集めています。


アドニスモルフォチョウ Morpho adonis(Morpho marcus )


出典:iNaturalist – Morpho marcus(vincentvosriberalta)


出典:iNaturalist – Morpho marcus(chao7)
和名:アドニスモルフォチョウ
学名:Morpho adonis (Cramer, 1775)(文献によっては Morpho marcus Schaller, 1785 のシノニムとして扱われる)
分類:鱗翅目 タテハチョウ科 モルフォチョウ属
分布:ペルー〜エクアドル〜コロンビア
保護状況:国際的なレッドリスト上で目立った指定はないものの、生息環境となる低地林の減少が懸念されている
アドニスモルフォチョウは、数あるモルフォの中でもひときわ深く澄んだ青をまとう種類で、英名 “Adonis morpho” の名のとおり、ギリシア神話の美少年アドニスになぞらえられてきました。雄の翅表は金属光沢のように強く輝き、光の当たり方によって青から紫がかった色へと滑らかに変化します。



翅をひらめかせながら森の中を横切るとき、その青いフラッシュは遠く離れた場所からでもはっきり分かり、標本だけでなく、生きた姿を一度は見てみたいと憧れるファンも多いモルフォです。



ジャングルでこんなに目立ってしまって、大丈夫なのでしょうか…?



「派手=不利」とは一概に言えないのかもしれません。構造色で作られる強烈な青が、繁殖や縄張り維持、防御などでトータルとして生存上の利益をもたらした結果、オスであの目立つ色が進化・維持されている、という意見もあります。
標本の中には、かつてアドニスモルフォ(Morpho adonis )と呼ばれていた系統が現在ではマルクスモルフォ(Morpho marcus)の一亜種とみなされるなど、分類の見直しが行われたものもあり、学名ラベルに目を向けると、研究の進歩の痕跡が垣間見えるのもモルフォ標本の面白さです。
アドニスモルフォの学名のゆれについて🦋
アドニスモルフォと呼ばれてきたモルフォには、Morpho adonis と Morpho marcus という二つの学名が関係しており、どこまでをどちらの種とみなすかについて、研究者のあいだで議論が続いています。 現在の文献の中には、かつて「アドニスモルフォ」と呼ばれていた系統の多くを Morpho marcus の一部(あるいはシノニム)として整理し、M. marcus を有効な学名として扱う立場もあります。
一方で、Morpho adonis と Morpho marcus を別種として並べて挙げるリストも存在し、すべての資料で結論がそろっているわけではありません。 このように、命名規約の原則(先に発表された名前を優先すること、同じ種に名前を増やしすぎないこと)と、実際の形態・分布の違いをどう評価するかのバランスを取る作業が、今も続いているグループの一つと言えます。
一部の総説・解説では、「Morpho marcus は Morpho adonis と同種である可能性が高く、もしそうなら有効名(優先される学名)は M. marcus になる」という記述も見られますが、両者の遺伝子配列を直接比較して違いを示した公表データは、現時点では十分とは言えません。
そのためここでは、伝統的な和名「アドニスモルフォ」を用いつつ、学名ラベルでは最新の研究動向を踏まえてこのように注記を添える、といった形で両方の側面に配慮しています。
参考・引用文献
エガモルフォチョウ Morpho aega


出典:iNaturalist – Morpho aega ssp. aega(elsielaura)


出典:iNaturalist – エガモルフォ Morpho aega(miguelmagro)
和名:エガモルフォチョウ
学名:Morpho aega(しばしば Morpho epistrophus aega として扱われる系統を含む)
分類:鱗翅目 タテハチョウ科 モルフォチョウ属
分布:ブラジル南部〜アルゼンチン北部〜パラグアイの森林地帯
保護状況:国際的な絶滅危惧指定は特に知られておらず、地域レベルでの扱いにとどまる
雌雄差が大きいモルフォで、雄は明るいシアン色の翅を持ち、典型的な「青いモルフォ」のイメージに近い姿をしています。一方、雌の翅は白〜淡褐色を基調とし、模様の入り方もまったく異なるため、同じ種とは思えないくらい印象が変わるモルフォです。
比較的低地から中標高の森林に生息し、とくにブラジル南部のアトランティック・フォレスト(大西洋岸林)のチョウ相を代表する種類のひとつとして、地域の自然を語る上でも重要な存在になっています。
メラネウスモルフォ Morpho menelaus


出典:iNaturalist – メネラウスモルフォ Morpho menelaus(pedromariposa)


出典:iNaturalist – メネラウスモルフォ Morpho menelaus(blobb)
和名:メラネウスモルフォ
学名:Morpho menelaus
分類:鱗翅目 タテハチョウ科 モルフォチョウ属
分布:ベネズエラ・ガイアナ・スリナム・ブラジル・ペルー
保護状況:特記なし
モルフォチョウ属の代表種であり、最もよく知られた「青いモルフォ」として、世界中の図鑑や標本展で主役を務めてきた種類です。開長は 12〜15cm 程度の大型で、雄の翅表は鮮烈な瑠璃色の構造色で輝き、光の角度によって青からやや緑がかった色合いへと変化します。
英語では “Menelaus blue morpho” と呼ばれ、18世紀にリンネが記載した古典的なモルフォでもあり、「熱帯雨林を横切る青いチョウ」のイメージを形づくってきた代表的な存在と言えるでしょう。
シロモルフォ Morpho catenarius / M. laertes


出典:iNaturalist – Morpho polyphemus ssp. polyphemus(juanmaguey)


出典:iNaturalist – Morpho epistrophus ssp. catenaria/catenarius(amoner_maristela)
和名:シロモルフォ
学名:Morpho catenarius / Morpho laertes
分類:鱗翅目 タテハチョウ科 モルフォチョウ属
分布:ブラジル南東部・パラグアイ・アルゼンチン北部
保護状況:特記なし
青く輝くモルフォが有名な中で、シロモルフォは真珠のような白〜ごく淡い青の翅を持つ珍しいタイプのモルフォです。一見するとほかの仲間より地味に見えますが、このパールのような白い発色も鱗粉の微細な構造によって光を反射・散乱させる「構造色」が関わっています。
英語では “White morpho” や “Polar morpho” と呼ばれ、青いモルフォに比べて枚数は少ないものの、標本箱の中では青と白のモルフォを並べて入れることで、構造色が生み出す色の幅を実感できる存在として重宝されてきました。
森の中で舞う姿も、強烈な青いフラッシュというよりは、淡い光の帯がそっと横切るような清楚な印象で、「モルフォ=青」という固定観念を広げてくれる種類と言えるでしょう。
ミイロタテハ属(ルリオビタテハ属)Agrias spp.


出典:iNaturalist – クラウディナミイロタテハ Prepona claudina(jackieriley)


出典:iNaturalist – クラウディナミイロタテハ Prepona claudina(tomhorton)
和名:ミイロタテハ(ルリオビタテハ)
学名:Agrias spp.(近年の研究では Prepona 属に含める見解もあり)
分類:鱗翅目 タテハチョウ科 タテハチョウ亜科
分布:中南米(アマゾン流域・ペルー・コロンビア・エクアドル)
保護状況:種によって異なるが、多くは一般に流通する標本もある普通種グループとされる
ミイロタテハは、「世界で最も美しいタテハチョウ」と称されることもある、中南米産の極彩色のタテハです。翅にはベルベットのような黒地に、燃えるような赤、深い青、黄色などがくっきりと入り、昆虫展の中でもその強いコントラストで視線をさらいます。
野外では森の高い木の梢近くを素早く飛び回り、地上にはめったに降りてこないため、熟れたバナナや発酵果実、動物の排泄物などを利用した誘引トラップでようやく姿を見ることができます。



かつては独立した Agrias 属として扱われてきましたが、近年の分子系統解析では近縁の Prepona 属にまとめる説も提案されており、「美しいだけでなく、分類学の世界でも注目され続けているチョウ」と言える存在です。
フタオチョウ属


出典:iNaturalist – Polyura eudamippus ssp. eudamippus(milind_bhakare)


出典:iNaturalist – Polyura nepenthes(fabriciodo)


出典:iNaturalist – チビフタオチョウ Polyura athamas(wai2)
和名:フタオチョウ
学名:Charaxes spp.(日本産は Charaxes eudamippus)
分類:鱗翅目 タテハチョウ科 フタオチョウ亜科
分布:アフリカ〜アジア(日本では沖縄本島北部に局所的に分布)
保護状況:日本産フタオチョウは生息地の減少などにより沖縄県の指定に基づく希少種として保護対象
後翅の縁から二本の長い尾状突起が伸びる、堂々とした姿のタテハチョウで、木の梢のまわりを素早く力強く飛び回る様子がよく知られています。日本では沖縄本島北部の限られた森林にしか生息せず、開発や森林環境の変化による生息地の減少から、地域的な保護の対象になっています。
一方、アフリカには 100種を超える多様なフタオチョウの仲間が分布しており、世界的には「Two-tailed pasha」や「Emperor butterfly」などの英名で親しまれる、タテハチョウ科を代表するグループのひとつです。
イナズマチョウ属 Polyura / Euthalia


出典:iNaturalist – Euthalia monina(ytw)


出典:iNaturalist – Euthalia telchinia(jiangyou)


出典:iNaturalist – Euthalia duda(tarun_karmakar)
和名:イナズマチョウ
学名:Polyura spp.(旧 Euthalia 含む)
分類:鱗翅目 タテハチョウ科 フタオチョウ亜科
分布:南アジア〜東南アジア〜オセアニア
保護状況:種により特記なし
フタオチョウに近縁なグループで、翅の中央を稲妻のような銀白色の太い筋が走ることが名前の由来です。後翅には短い尾状突起を持ち、樹液や腐った果実に集まって吸汁する姿がよく観察されます。
林内ではスピード感のある力強い飛び方をし、木々の間をさっと駆け抜けるように移動するため、標本写真だけでなく、実際に飛ぶ姿を目にすると印象に残りやすいタテハチョウです。
ドクチョウ属 Heliconius spp.


出典:iNaturalist – Heliconius melpomene ssp. ecuadorensis(jeanne153)


出典:iNaturalist – Heliconius ismenius ssp. telchinia(barbs_iea)


出典:iNaturalist – Heliconius sara ssp. sprucei(kaivictor)
和名:ドクチョウ
学名:Heliconius spp.
分類:鱗翅目 タテハチョウ科 ドクチョウ亜科
分布:中南米〜カリブ海沿岸の熱帯林
保護状況:種により地域レベルの指定例はあるが、属として特記なし
幼虫の時期にトケイソウ科の有毒植物を食べて体内に毒をため込み、そのまま成虫になっても鳥にとって「まずい」「危ない」存在であり続ける、化学防衛の代表的なチョウです。細長い翅を持つ姿から英語では “Longwings” と呼ばれ、種によっては “Postman butterflies” の名前でも知られています。
互いによく似た赤・黒・黄の警告色パターンを種間で共有し合う「ミュラー型擬態」の典型例で、複数種が同じ危険な見た目を採用することで、捕食者に「この模様は危険だ」と強く覚えさせる仕組みが進化生物学の重要な題材になっています。



ミュラー型擬態については、こちらの記事でも解説しています👇️


ウズマキタテハ属 Callicore spp.


出典:iNaturalist – ベニオビウズマキタテハ Callicore cynosura(rogerritt)


出典:iNaturalist – ハガタウズマキタテハ Callicore sorana(rodrigoconte)


出典:iNatralist – ハガタウズマキタテハ Callicore sorana(hachmann96)
和名:ウズマキタテハ
学名:Callicore spp.
分類:鱗翅目 タテハチョウ科 ウズマキタテハ属
分布:中南米の熱帯〜亜熱帯地域
保護状況:種により地域レベルの指定例はあるが、属として特記なし
樹の幹や枝にとまり、翅をぶつけ合うように素早く開閉して「カチカチ」という音を出す行動で知られ、英語ではその音から「Cracker butterflies」とも呼ばれます。翅の表側は青や黒の渦巻き模様が入り、樹皮にとけ込む保護色として働いています。
一方、裏側には数字や記号のようにも見えるはっきりした模様を持つ種類もあり、近縁のミイロタテハの仲間とともに、中南米の森で「見た目も行動も特別なタテハチョウ」としてコレクターや研究者の注目を集める存在です。



ときに、この渦巻きが「80」や「86」などの数字に見えることもあって一時期話題になりました。
メダマチョウ属 Taenaris spp.


出典:iNaturalist – ウスイロメダマチョウ Taenaris catops(marcel-silvius)


出典:iNaturalist – Taenaris bioculatus(catalinatong)


出典:iNaturalist – Taenaris schoenbergi(matthias-taufkirchen)
和名:メダマチョウ
学名:Taenaris spp.
分類:鱗翅目 タテハチョウ科 Amathusiinae 亜科(ワモンチョウ族 Amathusiini)
分布:ニューギニア・モルッカ諸島・オーストラリア北部など
保護状況:特記なし
メダマチョウ属のチョウは、後翅(うしろはね)に配置された同心円状の目玉模様によって、捕食者への抑止効果を発揮すると考えられています。薄暗い熱帯雨林の環境では、この鮮明な模様が鳥類などの捕食者を一時的にひるませたり、視線や攻撃の焦点を生命維持に直結しにくい翅の外側へそらしたりする役割を果たすと考えられています。
さらに、この仲間の多くは幼虫期に食草から防衛に役立つ化学物質を取り込んで体内に蓄え、捕食者にとって「おいしくない」存在になっているとされます。そのような性質をもつチョウやガの中には、同じ地域で生活する他種が似た目玉模様や色彩をまねることで、安全性を高めていると解釈される例も知られており、地域全体で複雑な擬態の関係網が形づくられている可能性が指摘されています。
周囲の生きものたちの「お手本」となりうるほど、熱帯の生態系において印象的な存在であり、自然界における意匠と防御機能の結びつきの一端を、私たちにわかりやすく示してくれるグループだと言えるでしょう。
フクロウチョウ属 Caligo spp.


出典:iNaturalist – メキシコフクロウチョウ Caligo uranus(susanblayney)


出典:iNaturalist – メキシコフクロウチョウ Caligo uranus(jmeerman)


出典:iNaturalist – Caligo oberthurii(wimduran)
和名:フクロウチョウ
学名:Caligo spp.
分類:鱗翅目 タテハチョウ科 モルフォチョウ亜科
分布:中南米の熱帯〜亜熱帯地域
保護状況:特記なし
後翅の裏側に、大きなフクロウの目のような眼状紋をそなえたタテハチョウで、英語では「Owl butterfly」と呼ばれています。幹やバナナの葉にとまると、この目玉模様だけが目立ち、鳥などの捕食者に「自分より大きな鳥がこちらを見ている」ような印象を与えて、攻撃をためらわせる効果があると考えられています。
幼虫はバナナなどバショウ科の植物を好み、ラテンアメリカではバナナ園で大発生して葉を食い荒らす、農業害虫という一面も持っています。一方で、成虫は夕暮れどきに活動が盛んになり、樹液や腐った果実に集まってゆっくり吸汁する姿がよく見られます。
昼間の森ではモルフォチョウが「青い光の主役」だとしたら、フクロウチョウは薄暗くなったジャングルを見守る「宵の番人」のような存在で、時間帯によって森のチョウの顔ぶれが変わることを教えてくれる仲間です。


ガ類(Heterocera)


出典:iNaturalist – Sarracena chlamydaria(mothman52-edjschmitt)
ガ類(Heterocera)は、「鱗翅目(チョウ目)の中でチョウ以外のもの」を大きくまとめた呼び方で、世界の鱗翅目のうち大部分を占める、とても種類の多い仲間です。夜の灯りに集まる“これぞ、ガ”の姿から、昼間に花のまわりを飛ぶもの、森の中でひっそり葉にとけ込むものまで、その姿と暮らし方は実に多彩です。



ガ類に共通する主な特徴や生態を、わかりやすく整理すると次のようになります。
- 触角のかたちの多様さ:チョウの触角が先が丸くなった棍棒状であることが多いのに対し、ガの触角は、鳥の羽のような櫛歯(くしば)状、細い糸のような形、ふさふさとしたブラシ状など、さまざまな形に分かれています。これらは、暗い中でも仲間の出す匂い(フェロモンなど)を敏感に受け取るために発達したしくみだと考えられています。
- 体と翅のつくり:多くのガは、夜の涼しい時間帯でも飛べるように、筋肉のよく発達したやや太めの胴体と、前翅と後翅を連結して安定して飛ぶための仕組みを備えています。そのおかげで、長い距離を移動したり、風のある夜でもしなやかに飛び回ることができます。
- とまり方と姿勢:休むときに翅をたたんで背中に立てることが多いチョウにくらべ、ガは翅を水平に広げて地面や樹皮にぴったりつけたり、屋根形に折りたたんで体を覆ったりする種類が多く、枯葉や木の幹にまぎれるための工夫がよく発達しています。
このように、ガ類は夜の世界を主な舞台にしながらも、昼間に活動してチョウにも負けない鮮やかな色を見せるものや、天敵のコウモリの超音波を感じ取って身をひるがえすものなど、暮らし方の幅がとても広いグループです。



一般的に昆虫展では華やかなチョウに主役を譲りがちですが、ガの世界も魅力がいっぱいです!



また、農業など人間の暮らしに深い関わりのある種も多く、常に研究されている分野でもあります。
スカシバガ科 Sesiidae


出典:iNaturalist – Paranthrene diaphana(paulcools)


出典:iNaturalist – Paranthrenella chrysophanes(tjeales)


出典:iNaturalist – アカオビコスカシバ Synanthedon formicaeformis(mirko_tomasi)
和名:スカシバガ科の仲間
学名:Sesiidae
分類:鱗翅目 スカシバガ科
分布:世界各地の温帯〜熱帯域
保護状況:種により地域的な保護指定例があるが、科全体として特記なし
スカシバガ科は、翅の一部または大部分に透明な“ガラス窓”を持つ、小型〜中型のガの仲間です。「スカシバガ(透かし羽蛾)」の名のとおり、鱗粉が欠けて透けて見える独特の翅をしています。
多くの種がハチやスズメバチ、ハナアブなどに姿や飛び方を似せる「ハチ型擬態」をしており、昼間に花のまわりや茎の近くを素早く飛び回る様子だけを見ると、とてもガとは思えないほどです。
幼虫は木の幹や根、草本の茎の中を食べる「潜り込み型」の生活をする種が多く、果樹や庭木の“中身”を静かに食べ進める害虫として知られている一方で、成虫の姿は昆虫写真の世界では人気が高く、「花に来たハチだと思ったら、じつはガだった」というのもスカシバガならではの面白さです。



可愛い昆虫としてよく挙げられるオオスカシバは名前に「スカシバ」とつきますが、分類上はスカシバガ科ではなくスズメガ科(ホシホウジャクの仲間などが属するグループ)に含まれます。



和名には、時々こうした「分類を考えるうえで少しややこしい」ものがありますよね〜!



オオスカシバも翅が透明ですから、形態的特徴から付けられた名前であって、分類がまだ未整理だったころに「スカシバガ科として誤って扱われていた」というわけではないと理解されていますよ。
オオモモブトスカシバ(Melittia sangaica )


出典:青森の蝶たち::Web図鑑 ‐ オオモモブトスカシバ


出典:iNaturalist – オオモモブトスカシバ Melittia sangaica(kooooozu)
和名:オオモモブトスカシバ
学名:Melittia sangaica
分類:鱗翅目 スカシバガ科 オオモモブトスカシバ属
分布:東アジアの一部(温暖な地域の畑や草地)
保護状況:特記なし
オオモモブトスカシバは、後脚が太くがっしりと発達した「足の立派な」スカシバです。花のまわりをホバリングしながら蜜を吸う姿は、まるで小さなハチかハナアブのように見えます。
翅の一部は透明で、残りの部分に黒やオレンジの模様が入り、緑の草むらの中ではハチ型擬態としてよくなじみます。幼虫はウリ科やヒルガオ科などの茎や根を食害することがあり、農家の方にとっては困った一面もあります。
トリバガ科 Pterophoridae


出典:iNaturalist – ブドウトリバ Nippoptilia vitis(mengjinxia)


出典:iNaturalist – ブドウオオトリバ Platyptilia ignifera(t_uemura)


出典:iNaturalist – シロトリバ Pterophorus albidus(alisonpearson)
和名:トリバガ科の仲間
学名:Pterophoridae
分類:鱗翅目 トリバガ科
分布:世界各地の温帯〜熱帯域
保護状況:科全体として特筆すべき指定は少ないが、一部の種で地域的な保護例あり
トリバガ科は、細く裂けた翅を「T字」や「く」の字に折りたたんでとまる、独特のシルエットをもつガの仲間です。羽を数本の棒に分けたような形から、英語では「plume moth(羽飾りのガ)」とも呼ばれます。
成虫は夜間から薄明の時間帯に、草木の周りで静かにとまっていることが多く、よく見ると脚を揃えて細長い翅をまっすぐ伸ばした姿が、まるで記号の「T」や小さなカギのように見えてきます。幼虫は草本の葉やつぼみを食べる種が多く、ヒルガオやブドウなど身近な植物と結びついて暮らしている種類が多く存在します。



翅を広げたときの「開張」でいうと、だいたい 1〜2cm 前後の小型種が中心のグループですが、ルーペなどでじっくり覗いてみると、羽が細く分かれた不思議な形がよく分かります。
シャクガ科 Geometridae


出典:iNaturalist – キオビエダシャク 日本亜種 Milionia zonea ssp. pryeri(papilioshih)


出典:iNaturalist – Opisthoxia amabilis(holgersanchez)


出典:iNaturalist – トラシャク Dysphania militaris(sunnetchan)
和名:シャクガ科の仲間
学名:Geometridae
分類:鱗翅目 シャクガ科
分布:世界各地の温帯〜熱帯域
保護状況:種や地域によって保護指定の例はあるが、科全体として一律の指定はない
シャクガ科はチョウ目のなかで2番目に多くの種類が含まれる、極めて多様性に富んだ大所帯です。成虫の多くは細身の体に大きな翅(はね)を持ち、静止するときに翅を平らに広げて樹皮や葉にぴったりと身を寄せる特徴があります。
幼虫はいわゆる「シャクトリムシ(尺取虫)」として広く親しまれており、前足と後ろ足を使って歩く愛らしい姿が印象的です。しかしこの仲間の本領は、驚異的な「擬態の術」にあります。
幼虫は体をピンと伸ばして植物の小さな枝に成りすまし、成虫は翅の複雑な斑紋(はんもん)を周囲の苔(こけ)や樹皮に同化させます。この親子二代にわたる見事な隠蔽擬態(いんぺいぎたい・カモフラージュ型擬態)は、自然界の厳しい生存競争を生き抜くために磨かれた生命の知恵であり、私たちのすぐ身近な森や庭園にも、シャクガの仲間による精巧なデザインの世界が静かに広がっています。



「シャクトリムシ」という名前は、動き方が「尺を取る」ように見えることからきています。「尺を取る」とは、親指と人差し指を交互に前へ進めて、物の長さを少しずつ測っていく昔ながらの測り方のことです。
カギバガ科 Drepanidae


出典:iNaturalist – アヤトガリバ Habrosyne pyritoides(brzozam)


出典:iNaturalist – サキシマカギバ Nordstromia duplicata(jeyan)


出典:Naturalist – モンウスギヌカギバ Macrocilix maia(sparkn)
和名:カギバガ科の仲間
学名:Drepanidae
分類:鱗翅目 カギバガ科
分布:世界各地の温帯〜熱帯域
保護状況:一部の種で地域的に保護指定の例はあるが、科全体として一律の指定はない
カギバガ科は、前翅の先がカギ(鉤)のように曲がる独特の形から名付けられたグループで、細身の体に「く」の字型の翅を組み合わせた、印象的なシルエットをもつガの仲間です。開張はおおむね 2〜5cm 程度の小型〜中型種が中心ですが、翅の色と模様のバリエーションは豊かで、銀色の筋をもつものや、鳥の糞のような模様で敵の目を欺くものまで、自然界の“だまし絵”のようなデザインが集まっています。
幼虫は木の葉を食べる種が多く、体を曲げたり反らしたりして葉の縁に溶け込む姿も見どころです。「きれいな翅に、よく見ると汚れのような斑紋が描かれていて、それが擬態になっている」といった不思議さを味わえるのも、カギバガ科ならではの楽しさと言えるでしょう。
スズメガ科 Sphingidae


出典: iNaturalist – エビガラスズメ Agrius convolvuli(yury_kopylov-guskov)


出典:iNaturalist – ホウジャク Macroglossum stellatarum(martingrimm)


出典:iNaturalist – アケビコノハ Eudocima tyrannus(coleoreteh)
和名:スズメガ科の仲間
学名:Sphingidae
分類:鱗翅目 スズメガ科
分布:世界各地の温帯〜熱帯域
保護状況:一部の種で地域的な保護指定例はあるが、科全体として一律の指定はない
スズメガ科は、ずんぐりした流線型の体と三角形の大きな翅をもち、素早く力強く飛ぶことで知られるガのグループです。開張は 3〜12cm 程度の中型〜大型種が多く、日本だけでも数十種、世界では 1,000 種以上が知られており、形や色、暮らし方のバリエーションが非常に豊かです。
夜行性の種類は夜空をすばやく飛び、昼行性のホウジャク類はハチドリのようにホバリングしながら花の蜜を吸うため、「夜の空を駆けるジェット機」と「昼の庭を舞う小さなハチドリ」の両方を連想させてくれます。幼虫は太い体に眼状紋や尾状突起をもつものが多く、成虫とのギャップも含めて、「見た目も動きもドラマ性のあるガ」として観察すると、とても楽しい科です。
オオスカシバ Cephonodes hylas


出典:iNaturalist – オオスカシバ 日本亜種 Cephonodes hylas ssp. hylasオオスカシバ 日本亜種 Cephonodes hylas ssp. hylas(hiroki_shudo)
和名:オオスカシバ
学名:Cephonodes hylas
分類:鱗翅目 スズメガ科 オオスカシバ属
分布:本州〜沖縄を中心に、アジアの温帯〜亜熱帯域
保護状況:日本では広く見られる普通種で、特別な保護指定はなし
オオスカシバは、翅に鱗粉がほとんどなく透明な“窓”を持つ、スズメガ科でもひときわ個性的な種です。「オオスカシバ(大透翅)」という和名は、その大きく透き通った翅の見た目から付けられたもので、「スカシバ」という名前ですが、分類上はスカシバガ科ではなくスズメガ科に属します。
かわいらしい黄緑色の体で、昼間に花のまわりをハチドリのようにホバリングしながら蜜を吸う姿は、昆虫写真の世界でも人気者です。幼虫はクチナシやホシホウジャクの仲間と同じような植物を好み、太い体に尾状突起をもつ典型的なスズメガ型の姿をしています。
ヒトリガ科 Arctiidae


出典:iNaturalist – ヒトリガ Arctia caja(lappuggla)


出典:iNaturalist – ジョウザンヒトリ Arctia matronula(stanley_77)


出典:iNaturalist – ヒメキシタヒトリ Arctia plantaginis(mike48100)
和名:ヒトリガ科の仲間
学名:Arctiidae(現在はヤガ科 Erebidae のヒトリガ亜科とされることも多い)
分類:鱗翅目 ヒトリガ科(広義)
分布:世界各地の温帯〜熱帯域
保護状況:地域によって希少種や保護指定種があるが、科全体として一律の指定は少ない
ヒトリガ科( Arctiidae)は、体に毛の多いがっしりした姿と、派手な色や模様を持つ種類が多いガのグループです。大きさは開張2〜5cmほどの小型〜中型が中心ですが、白・黒・赤・黄色などの警告色を組み合わせたものから、ミツバチやスズメバチに似たもの、レース模様のような翅を持つものまで、配色とデザインのバリエーションは非常に豊かです。
幼虫はいわゆる「毛虫」タイプが多く、全身がふさふさした毛で覆われており、一部は毒針毛を持つため、見た目のかわいさとは裏腹に注意が必要な種も含まれます。
ヒトリガ科の中には、夜にコウモリが発する超音波を感知し、翅を震わせて細かな超音波を出し返すことで、コウモリの「エコーロケーション(反響定位)」をかく乱すると考えられている種も知られています。この「超音波ジャミング」は、捕食者と獲物のせめぎ合いがどこまで進んでいるのかを示す好例で、「地味なガ」というイメージからは想像できない高度な攻防の世界が、ヒトリガ科の仲間たちの暮らしの中に広がっていることを教えてくれます。
ヤママユガ科 Saturniidae


出典:iNaturalist – アンドロメダヤママユ Polythysana cinerascens(denissedelcampo)


出典:iNaturalist – オナガミズアオ 本州・九州亜種 Actias gnoma ssp. gnoma(coleoreteh)


出典:iNaturalist – マダガスカルオナガヤママユ Argema mittrei(imbeaul)
和名:ヤママユガ科の仲間
学名:Saturniidae
分類:鱗翅目 ヤママユガ科
分布:世界各地の温帯〜熱帯域
保護状況:日本ではヤママユガ類の一部が地域的に保護対象となる例があり、世界的にも大型種を中心に保護・規制の議論が行われている
ヤママユガ科は、チョウ目の中でもとくに大型のガが多いグループで、開張が 5cm 程度のものから 20cm を超えるものまで、多様なサイズと模様を誇ります。厚みのあるベルベットのような翅に、月のような半透明の「目玉模様(マユ斑)」や帯模様を持つ種が多く、ガのなかでも世界各地で人気の高い科です。
成虫の多くは口器が退化してほとんど餌をとらず、エネルギーは幼虫時代に蓄えたものでまかなう「短期決戦型」の暮らしをしている点も、チョウや他のガとの大きな違いです。幼虫は太くて存在感のあるイモムシで、色鮮やかな棘状突起や「まるでビーズ細工のような」突起を持つ種類も多く、成虫と幼虫の両方の姿から「生命の変身劇」を感じ取れるグループと言えるでしょう。
ヨナグニサン(Attacus atlas )


出典:iNaturalist – ヨナグニサン Attacus atlas(o-o2002)
和名:ヨナグニサン
学名:Attacus atlas
分類:鱗翅目 ヤママユガ科 アタクス属
分布:東南アジア〜南アジアの熱帯地域、日本では与那国島など南西諸島に分布
保護状況:日本では希少な南方系昆虫として注目され、一部地域で保護の対象とされることがある
ヨナグニサンは、世界最大級のガとして知られるヤママユガ科の代表種で、雌では開張 25cm に達することもある、まさに「熱帯の翼の巨人」です。英名の「アトラスモス」は、ギリシア神話で天空を支える巨人アトラスにちなみ、その巨大さと存在感を物語っています。
翅には複雑な茶色〜橙色の帯模様と半透明の窓が配置され、とくに前翅の先端はヘビの頭のような形と模様をしており、捕食者を威嚇する擬態としても語られてきました。幼虫は樹木の葉を大量に食べて成長し、蚕に似た繭をつくることから、地域によっては繊維資源として利用された歴史もあります。


カイコ(Bombyx mori )


出典:iNaturalist – カイコ Bombyx mori(gd6)
和名:カイコ
学名:Bombyx mori
分類:鱗翅目 カイコガ科
分布:野外の原産地は中国周辺とされるが、現在は家畜化された家虫として世界各地で飼育される
保護状況:野外の絶滅リスクというより、養蚕業や遺伝資源としての保全が重視される
カイコは、人の手によって完全に家畜化されたガの仲間で、野外では自力で生き残ることがほとんどできないという点で、他のチョウやガとは大きく性質が異なります。幼虫はクワの葉を大量に食べて成長し、やがて口から細い糸を吐き出して繭(まゆ)をつくりますが、この一本の糸をほどくと数百メートルから1キロメートル以上にもなることがあり、古くから絹糸の原料として利用されてきました。
成虫は口器が退化していてほとんど餌をとらず、白くふわふわした体で短い一生を終えますが、これは人間が長い年月をかけて「たくさん糸を出す性質」や「おとなしく扱いやすい性質」を選び続けた結果だと考えられています。
ツバメガ科 Uraniidae


出典:iNaturalist – フトスジギンツバメ Urapteroides astheniata(noopur_borawake)


出典:iNaturalist – ウラニアツバメガ Urania leilus(raymirgc)


出典:iNaturalist – マサキオオツバメ Lyssa zampa(songkranth)
和名:ツバメガ科の仲間
学名:Uraniidae
分類:鱗翅目 ツバメガ科
分布:主に熱帯〜亜熱帯域(南米、アフリカ、アジアなど)、一部は温帯域にも分布
保護状況:地域ごと・種ごとに保護指定の例はあるが、科全体として一律の指定はない
ツバメガ科は、アゲハチョウのような姿で日中に活動する極彩色の種から、夜行性で地味な色合いの種までを含む、多様性豊かなガのグループです。開張はおよそ 3〜8cm 程度の中型種が多く、前翅・後翅から伸びる「ツバメの尾」のような細長い突起が名前の由来になっています。
とくに熱帯域に分布する仲間は、金属光沢を帯びた緑や紫の帯模様をもち、群れで飛ぶ姿が「熱帯の宝石」とも呼ばれるほど華やかです。一方、日本に分布するギンツバメやフタオ類は、淡い色と控えめな尾を持つ落ち着いた雰囲気で、同じ科の中でも「南のきらびやかなツバメガ」と「温帯の静かなツバメガ」を見比べる楽しさがあります。チョウとガの境界を考えるうえでも、興味深いグループと言えるでしょう。
ニシキオオツバメ Chrysiridia rhipheus


出典:iNaturalist – ニシキオオツバメ Chrysiridia rhipheus(malafish)
和名:ニシキオオツバメ
学名:Chrysiridia rhipheus
分類:鱗翅目 ツバメガ科 ニシキオオツバメ属
分布:マダガスカル島固有
保護状況:主な分布域が限定されている希少な種であり、採集や生息地の保全が各国・各機関で議論されている
ニシキオオツバメは、「世界でもっとも美しいガ(あるいは鱗翅類)の一つ」と称されることが多い、マダガスカル島固有のツバメガです。翅は金属光沢を帯びた緑・青・紫・橙などの帯模様が重なり合い、見る角度によって色合いが変わる虹色のような輝きを見せます。
開張は 7cm 前後の中型サイズですが、その色彩の派手さと、後翅から伸びる長い尾状突起のおかげで、標本箱の中でもひときわ目を引く存在です。日中にチョウのように活発に飛び回るスタイルも特徴で、「見た目はアゲハチョウ、分類はガ」というツバメガ科ならではの立ち位置を象徴する種と言えます。
ヤガ科 Noctuidae


出典:iNaturalist – Abrostola tripartita(nakarb)


出典:iNaturalist – タナバタユカタヤガ Baorisa hieroglyphica(dhfischer)


出典:iNaturalist – ソメワケアオイガ Ramadasa pavo(gernotkunz)
和名:ヤガ科の仲間
学名:Noctuidae
分類:鱗翅目 ヤガ科
分布:世界各地の温帯〜熱帯域
保護状況:一部の希少種や島嶼個体群で保護指定の例があるが、科全体として一律の指定はない
ヤガ科は、チョウ目の中でもとくに種類数が多い大グループで、世界で1万種を超えるともいわれる「夜のガ」の代表的な仲間です。多くは夜行性で、前翅が三角形の「瓦ぶき」のような形、ずんぐりした体つきという典型的な“ガらしい”シルエットをしています。
開張は2〜5cm程度の小型〜中型種が中心ですが、中にはそれを大きく超える巨大種や、赤・紫・黄色など派手な色をまとった種も含まれ、多様性は非常に豊かです。幼虫は畑や草地で葉を食べる「ヨトウムシ」型が多く、農業害虫として知られる一方で、成虫は夜の光に集まる身近な存在として観察されてきました。
ナンベイオオヤガ(Thysania agrippina )


出典:iNaturalist – ナンベイオオヤガ Thysania agrippina(phcochev)
和名:ナンベイオオヤガ
学名:Thysania agrippina
分類:鱗翅目 ヤガ科
分布:中南米(メキシコ〜ブラジルなど)
保護状況:世界的にも記録が限られる巨大種で、生息域の森林減少などとの関係から、保全上も注目されている
ナンベイオオヤガは、「世界最大級のガ」としてしばしば名前が挙がる大型のガで、開張が30cm前後に達するとされる、まさに“夜の翼の怪物”のような存在です。 翅は全体に白〜灰色を基調とした複雑な波模様で、遠目には樹皮や岩肌のようにも見え、巨体でありながらも背景に溶け込む迷彩効果を発揮します。
夜行性で、薄暗い森の中を静かに飛び回るといわれ、その白っぽい地に黒い波状の模様が幾重にも走る姿から、英語圏では「White witch(ホワイト・ウィッチ)」や「ghost moth(ゴースト・モス)」といった神秘的な名で呼ばれてきました。


まとめ:翅の向こうに広がる世界


出典:iNaturalist – Cithaerias bandusia(diegoferreira)
チョウとガをまとめた「鱗翅目」は、華やかなチョウだけでなく、その何倍もの数のガたちによって支えられている世界です。博物館や各地の昆虫展などの展示ケースには、アゲハチョウやモルフォチョウのような看板選手が並びがちですが、その背後には、夜の森で静かに葉を食べる幼虫たち、樹皮にとけ込む地味なガたち、農地や都市公園にもひっそり暮らす身近な仲間たちの膨大な世界が広がっています。
どうしてもぱっと目立つチョウの存在に目が行きやすいものの、「鱗翅目の大多数はガである」という視点を一つ頭に入れておくと、展示や野外観察の風景が少し違って見えてきます。目の前の標本の奥に、まだ名前も知られていない無数の仲間たちや、バックヤードに眠る膨大なコレクション、日々研究を重ねる人びとを想像すると、博物館という場所が、過去と未来の自然をつなぐタイムカプセルのようにも感じられるでしょう。
「チョウ」「ガ」という、人間の都合で引いた境界線をいったん外し、学名ラベルの裏側に隠れた発見の歴史や、環境の移り変わりに合わせて生き方を変えてきた彼らの適応の歩みに目を向けると、目の前に並ぶ展翅された翅は、平面的な標本ではなく、時間と空間を行き来する鍵のような存在なのかもしれません。華やかな看板役としてのチョウを愛でながら、その背後を静かに、しかし膨大な数で支えているガの仲間にもそっと思いを向けてみると、自然界が保っている調和と奥行きが、より豊かに伝わってくるのではないでしょうか。



ここで出会った新たな発見や「好き」と思う気持ちが、皆さんの次の自然観察や昆虫展を、これまでよりも一歩深く楽しむための道しるべになれば嬉しく思います。



「もっと知りたい」「もっと見たい」を大切に、気になったらすぐに調べる習慣をつけましょう。



ぜひ、昆虫展や博物館に足を運んでくださいね~!



チョウやガの鱗翅目に続き、甲虫目編、その他の昆虫編も執筆予定です!




書籍の紹介



eco-life-planetのKindle書籍「森の博物館シリーズ」もよろしくお願いします!


New!! 春の自然観察ハンドブック:子供から大人まで生き物たちと出会うフィールドワーク入門


はじめての分類学入門: 世界を整理する科学の基本 Lv.1


一科一属一種の生き物 【分類学編】: 生命の系統樹で最も細い枝



ブログ記事より少し踏み込んだ内容も追加されていますよ




参考・引用文献
鱗翅目(Lepidoptera)の昆虫とは
- 徳島県立博物館 ‐ チョウとガ―ウロコをもった昆虫たち:鱗翅目の語源(Lepidoptera)、鱗粉の構造と色彩、チョウとガの基本的特徴(企画展解説)
- 京都大学OCW ‐ 昆虫成虫の構造と機能(カイコ成虫):鱗翅目成虫の体構造・鱗粉で覆われた翅・櫛状触角などの形態的特徴(2012年)
- 株式会社科学技術研究所 ‐ 構造色のメカニズムと電磁波解析の事例
- テクノシナジー ‐ 構造色とは 6:モルフォチョウの鱗粉構造と干渉による青色発色の仕組みの解説(2010年)
アゲハチョウ科 Papilionidae ― トリバネアゲハ族 Troidini
- CITES Trade Database ‐ Ornithoptera, Troides, Trogonoptera
- IUCN Red List ‐ Birdwing butterflies
- Swallowtail and Birdwing Butterfly Trust (UK)
- Australian Government Department of Climate Change ‐ Wildlife Trade (CITES)
- Sarawak Forestry Corporation ‐ National butterfly
- Royal Society B ‐ Birdwing structural coloration (2015)
- Smithsonian National Museum of Natural History ‐ Papilionidae collections
- 香川大学 ‐ alexandrae(アレキサンドラトリバネアゲハ)
- Wikipedia ‐ キラリティー
- 岡本 裕巳 ‐ ナノ物質のキラル光学効果(2025年3月)
アゲハチョウ科 Papilionidae ― アゲハ亜科 Papilioninae
- 国立環境研究所 ‐ ナガサキアゲハ分布北上モニタリング
- 日本鱗翅学会 ‐ Lepidoptera Science
- The Australian Butterfly Sanctuary ‐ Ulysses butterfly
- Lepidoptera and their Ecology ‐ Papilio memnon
- Africa Museum (Royal Museum for Central Africa) ‐ African Papilionidae
- Cambridge University Press ‐ Tropical Lepidoptera Research
- 森林研究・整備機構 ‐ ミヤマカラスアゲハ(7月)
シロチョウ科 Pieridae
- 日本蝶類学会 Butterfly Society of Japan
- Royal Belgian Institute of Natural Sciences ‐ Delias monographs
- GBIF Global Biodiversity Information Facility ‐ Hebomoia glaucippe
- Lepidoptera Genus index ‐ Delias
- Australian National Insect Collection ‐ Pieridae
- Wikipedia ‐ シロチョウ科
タテハチョウ科 Nymphalidae
- NIH PMC ‐ Mechanisms of structural colour in the Morpho butterfly
- 大阪大学 / Science and Technology of Advanced Materials ‐ Morpho biomimetic structural color
- Smithsonian Tropical Research Institute (Panama) ‐ Heliconius Genome Project
- University of Cambridge ‐ Heliconius mimicry research
- 沖縄県 ‐ フタオチョウ保護
- Royal Society Open Science ‐ Hamadryas wing sound
- The Field Museum (Chicago) ‐ Neotropical butterflies

コメント