カバー画像:WIKIMEDIA COMMONS – File:Fkeysmacro.jpg(Chris Hind)
動かない生き物を見ても、それだけでは眠っていると判断できません。研究者は、刺激への反応や、休息を妨げた後の変化まで調べます。
まぶたを閉じない魚や、集中した脳をもたないクラゲ、ヒドラでは、何を手がかりにすればよいのでしょうか。小さなハエから順に実験をたどると、眠りに共通する特徴だけでなく、動物ごとの調べ方の違いも見えてきます。
さらに、冬眠や植物の「眠り」との境界まで、観察を進めましょう。

動かないだけでは、眠りとは分からない

出典:iNaturalist – カエルアンコウ Antennarius striatus(kateahmad)
夜の水槽で魚がじっとしていても、その姿だけでは眠っていると決められません。小さな昆虫や魚を相手に、研究者はどんな方法で「ただ休んでいるだけではない」と確かめてきたのでしょうか。
研究者は「眠り」をどう調べる?
まずは、いつ、どのくらい動きが減るかを記録します。ハエなら細い管に一匹ずつ入れ、歩き回る時間と静止する時間を追えます。ただし、動かない時間だけでは睡眠の証拠になりません。休んでいる個体に刺激を与え、活動中より反応しにくいかを比べます。
さらに、刺激を受けて速やかに活動へ戻れるかも確かめます。これは昏睡や麻酔のように、簡単には活動へ戻れない状態と区別する手がかりです。動かなくなった理由を外見だけで決めず、「どう刺激すると、どう動き出すか」を調べるわけです。
休息を妨げた後の行動も大切です。後で休む時間が増えるなど、不足分を補う方向の変化があれば、睡眠の恒常性を考える手がかりになります。ただし、静止、姿勢、反応、反動を順番に採点し、全項目を満たせば「睡眠」と決まるわけではありません。動物によって調べられる反応は異なり、必要なら神経活動などの記録も合わせます。
シロフクロウ職員眠っているか調べるのに、まず起こすんですね。ちょっと申し訳ない気もしますが、動かない姿だけでは分からないですものね。
昆虫や魚にも、眠りはある?


出典:iNaturalist – キイロショウジョウバエ Drosophila melanogaster(glmory)
キイロショウジョウバエ Drosophila melanogaster では、一定時間の静止を睡眠時間を数えるための目印にします。細い管に入れたハエの移動を記録すれば、活動が減る時刻と長さが分かります。ただし、その記録だけで睡眠と決めたわけではありません。研究者は静止したハエと活動中のハエに刺激を与え、反応を比べました。
静止中のハエは反応しにくく、休息を妨げられると、その後に休む時間が増えます。ここで見ているのは「動かないハエ」だけではありません。「刺激にどう反応するか」と「妨げた後にどう変わるか」まで、同じ問いの中で追っています。
魚でも、目を閉じることを睡眠の条件にはできません。ゼブラフィッシュ Danio rerio の幼生を使った研究では、脳全体の神経活動を光学的に記録し、目や筋肉の動き、心拍も調べました。その結果、神経活動の現れ方が異なる「徐バースト型睡眠」と「伝搬波型睡眠」が報告されています。前者は哺乳類の徐波睡眠、後者は逆説睡眠(REM睡眠)と、それぞれ共通する特徴を示します。ただし、共通点があることと、人間のREM睡眠・非REM睡眠にそのまま置き換えられることは別です。



『まぶたがないから眠らない』とは、ずいぶん人間に都合のよい判定ですね。せめてハエを起こし、魚の神経活動を見てから決めてください。その実験を飛ばすなんて!



人間でも、まぶた開けたまま寝てる人って、居ますしね…


クラゲとヒドラは、どうやって眠りを示した?


出典:iNaturalist – サカサクラゲ属 属 Cassiopea(blogie)
ハエや魚には脳があります。では、集中した脳をもたない動物はどうでしょう。サカサクラゲ属とヒドラの研究では、体の動きと刺激への反応を時間を追って調べました。どちらにも神経系はありますが、人間のような中枢化した脳はありません。
サカサクラゲは、夜に拍動が遅くなる


出典:iNaturalist – Cassiopea andromeda(nrosner31)
サカサクラゲ属 Cassiopea spp. は、浅い海の底で傘を下に向けて過ごします。傘は止まっておらず、縮めては広げる拍動を繰り返しています。研究者が調べた個体では、夜間の拍動回数が昼間より平均約32%少なくなりました。ただし、その数字だけなら「夜は動きが遅い」としか言えません。
そこで研究者は、クラゲを水槽内の網底の台に載せ、台ごと持ち上げました。しばらく置いてから台を下げると、クラゲは水中に浮きます。底へ戻ろうとして最初の拍動を始めるまでに、どのくらいかかるでしょうか。
昼にはすぐに拍動を始める個体も、夜の休息状態では反応が遅れました。同じ操作を短時間で繰り返すと、夜でも反応は速くなります。餌を与えても夜の拍動は一時的に増えました。単に動けないのではなく、刺激を受けて状態を切り替えられるのです。
さらに、夜間に水流で休息を繰り返し妨げると、翌日は拍動が減り、刺激への反応も遅くなりました。研究チームは、夜の活動低下、反応の遅れと可逆性、妨害後の変化を合わせて、睡眠様状態があると結論づけています。2017年の主な実験には複数の Cassiopea 種が含まれるため、すべてを特定の一種の結果として紹介することはできません。



クラゲの写真を一枚見ても、眠っているかは分かりません。研究者は傘の動きを記録して、昼と夜の拍動を比べたんですね。
ヒドラにも睡眠様状態はある?


出典:iNaturalist – Hydra vulgaris(jose_rasero)
ヒドラ Hydra vulgaris は、淡水にすむ筒状の小さな動物です。触手を広げて餌をとり、体を伸び縮みさせます。私たちのような中枢化した脳はありませんが、体には神経細胞からなる神経系が広がっています。研究者はその動きを動画で追い、活動の少ない状態がどのくらい続くかを調べました。
休息状態が続いたヒドラでは、光や摂食に関わる刺激への反応が遅れました。夜間の休息を妨げた後には、翌日に休む時間が増えています。動きが減ったことに加え、反応の鈍さと妨害後の変化も確認されたため、睡眠様状態と判断されました。
ただし、クラゲと時間の刻み方まで同じとは限りません。この研究では、明暗の切り替えをなくした条件で、自由継続する約24時間の行動リズムは検出されず、約4時間の周期的な変化が報告されました。これは実験条件下の結果であり、すべてのヒドラが常に4時間ごとに眠るという意味ではありません。「脳をもたなくても似た状態が見つかる」と「調節の仕組みが同じ」は、別の話です。



『脳がない』と『神経系がない』は違います。ヒドラの体にも神経細胞があります。



脳がなくても、刺激への反応まで変わるんですね。『眠るには脳が必要』と思い込むと、見落としてしまいそうです。


「眠り」に似た状態を分けると、次の謎が見える


出典:iNaturalist – トビイロホオヒゲコウモリ Myotis lucifugus(tmurray74)
動きが少ない状態は、睡眠以外にもあります。違いを見つけるには、「どのくらい静かか」だけでなく、体温、発育、葉の向きなど、何が変わっているかを見ます。
冬眠・休眠・植物の「眠り」は何が違う?


出典:北杜市オオムラサキセンター ‐ オオムラサキの一生
冬眠は、夜ごとの睡眠を何週間も引き延ばした状態ではありません。冬眠する哺乳類の一部は、代謝や体温を下げるトーパーに入ります。その合間には、体温を戻して覚醒することもあります。睡眠とトーパーの関係は研究されていますが、同じ状態だと考えると、体内で起きている変化を見落とします。種によって体温低下の程度も違うため、「冬眠する動物は必ず数度まで下がる」とは言えません。
昆虫の休眠、diapause も、寒くなって動けなくなるだけの現象ではありません。日長などの変化が、厳しい季節の到来をあらかじめ知らせます。昆虫は種によって異なる発育段階で、発育や繁殖などを抑えます。休眠に入った後は、気温などの条件が一時的によくなっても、すぐには解除されない場合があります。ひと晩の睡眠とは、時間の単位も調節されるものも異なります。


出典:iNaturalist – ネムノキ Albizia julibrissin(jtsutek)
植物には、さらに別の「眠り」という言葉があります。ネムノキ Albizia julibrissin の小葉は、昼夜に合わせて位置を変えます。夜には向かい合う小葉が閉じるように動き、昼には再び広がります。同じ木を明るい時間と暗くなってから見比べれば、その違いに気づけるでしょう。これは就眠運動であり、動物の睡眠を植物に当てはめた証拠ではありません。
種子休眠はまた別です。生きた種子が、発芽に適した条件でも発芽しない状態を指します。葉の開閉とは、観察する対象も、確かめる方法も違います。
| 現象 | 主に確かめること | 見た目だけで判断できない理由 |
|---|---|---|
| 動物の睡眠 | 活動、刺激への反応、休息妨害後の変化 | 静止だけでは、起きたまま休んでいる状態と区別できない |
| 冬眠中のトーパー | 代謝、体温、覚醒を挟む経過 | 動かない姿だけでは体内の大きな変化が見えない |
| 昆虫の休眠 | 発育・繁殖と季節による変化 | その場でじっとしているだけでは休眠と判定できない |
| 植物の就眠運動 | 昼夜に伴う葉の向き | 葉が閉じても、動物の睡眠の証拠にはならない |
| 種子休眠 | 適した条件下で発芽するか | 見た目だけで、生きていて発芽を抑えているかは分からない |
野外で生き物を見かけたら、まずは時刻、場所、姿勢や動きを記録できます。ただし、休息を妨げる実験や体温の測定まで、観察者が行う必要はありません。この表は野外で睡眠を判定するための一覧ではなく、「研究者は何を確かめるか」を整理したものです。
脳がなくても眠るなら、何がまだ謎なのか


出典:iNaturalist – Cassiopea xamachana(acjci)
サカサクラゲ属とヒドラには、集中した脳がなくても睡眠様状態を支持する証拠があります。では、異なる動物に見られる似た状態は、共通の祖先から受け継がれたのでしょうか。それとも、それぞれの系統で異なる仕組みが生まれたのでしょうか。行動が似ているだけでは、どちらかに決められません。
現在では、行動だけでなく、体内で何が起きるかも調べられています。2025年には、サカサクラゲの一種 Cassiopea xamachana で、休息を妨げた後に働き方が変わる遺伝子を調べ、ある受容体に似た遺伝子の働きを弱めると昼間の睡眠が増えると報告されました。傘の拍動を数える研究から、睡眠と覚醒を調節する分子を探す研究へ進んでいます。ただし、一種の研究だけで睡眠の起源は決まりません。
第1回では、オレキシン研究から眠りと覚醒を支える仕組みを見ました。第2回では、海・空・草原の動物たちが、それぞれの暮らしの中で睡眠をどうとるかを追いました。そして第3回では、「眠っている」と何を根拠に判断するのかを考えました。
昆虫が葉の裏でじっとしていても、すぐに「眠っている」とは決めず、時刻や場所、再び動き出す様子を記録してみる。小さな観察を重ねるほど、「眠り」は単なる静止よりずっと奥行きのある現象に見えてきます。



この記事の内容について、簡潔にわかっていること・わかっていないことを整理しておきましょう。
これまでに分かっていること
- 動物の睡眠は、静止だけでなく刺激への反応や休息妨害後の変化も手がかりに調べる。
- サカサクラゲ属とヒドラには、中枢化した脳がなくても睡眠様状態を支持する証拠がある。
- 冬眠中のトーパー、昆虫の休眠、植物の就眠運動、種子休眠は、同じ「眠り」ではない。
まだ分からないこと
- 異なる動物の睡眠様状態は、どこまで同じ起源や調節機構を共有するのか。
- 動物の進化のどの段階で、現在観察される睡眠の特徴が生まれたのか。


眠りを知ることは、生き物の時間を知ること


出典:iNaturalist – Bubo bubo ssp. hispanus(marsupiladri)



3回も眠りを追いかけたのに、『なぜ眠るのか』の問いには、現在もわかっていないことがたくさんあるのですね〜



ええ。もし『脳を休めるためです』の一言ですべて説明できるなら、クラゲまで調べなくてもよかったでしょう。ところが、調べてしまいました。面白いので、まだまだ追いかけますよ!
第1回では、オレキシンの研究から、起き続けることにも仕組みがあると知りました。第2回では、海を泳ぐ動物や空を飛ぶ鳥たちが、食べること、移動すること、危険を避けることと折り合いをつけながら眠る姿を見ました。そして第3回では、ハエへの刺激、クラゲの拍動、ヒドラの反応から、「眠っている」と判断する根拠を考えました。
眠りの長さや姿が違っても、活動や周囲への反応が変わる状態が、さまざまな動物で調べられています。ただし、似た行動が見つかっただけでは、同じ理由で眠り、同じ仕組みを受け継いだとは言えません。これからは野外での行動記録と、神経活動や遺伝子の研究を重ね、共通する部分と、それぞれの暮らしの中で変わった部分を見分けていくことが大切です。



睡眠を知るには、眠っていない時間にも目を向けることが重要です。
いつ餌を探し、どこで身を守り、何をきっかけに再び動き出すのか。その一日をたどると、「なぜ眠るのか」という問いは、どう生きているのかという問いにつながります。



観察を続ける楽しみは、明日にも残しておきましょう。ここまで読んでくださった皆さんに、今夜、心地よい眠りが訪れますように。






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ブログ記事より少し踏み込んだ内容も追加されていますよ




参考・引用文献
動かないだけでは、眠りとは分からない
- Lakhiani・Shanavas・Melnattur ‐ Comparative biology of sleep in diverse animals(2023年・7月)
- Shawほか ‐ Correlates of sleep and waking in Drosophila melanogaster(2000年・3月・10日)
- Shafer ‐ 25 years of Drosophila “Sleep genes”(2025年・5月・6日)
- Leungほか ‐ Neural signatures of sleep in zebrafish(2019年・7月・10日)
クラゲとヒドラは、どうやって眠りを示した?
- Nathほか ‐ The Jellyfish Cassiopea Exhibits a Sleep-like State(2017年・10月・9日)
- Kanayaほか ‐ A sleep-like state in Hydra unravels conserved sleep mechanisms during the evolutionary development of the central nervous system(2020年・10月・7日)
「眠り」に似た状態を分けると、次の謎が見える
- Amblerほか ‐ Turn it off and on again: characteristics and control of torpor(2022年・3月・29日)
- Tougeron ‐ Diapause research in insects: historical review and recent work perspectives(2019年・1月・25日)
- University of Cambridge Botanic Garden ‐ Persian Silk Tree (Albizia julibrissin)(2024年・6月・24日)
- Minorsky ‐ The functions of foliar nyctinasty: a review and hypothesis(2018年・7月・11日)
- Soppe・Bentsink ‐ Seed dormancy back on track; its definition and regulation by DOG1(2020年・4月・29日)
- Abramsほか ‐ Sleeping upside-down: Knockdown of a sleep-associated gene induces daytime sleep in the jellyfish Cassiopea(2025年・7月・14日)

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