カバー画像:Photograph by Simone Dinoia
眠ることは、食べることも移動することも、周囲を警戒することも難しくなる時間です。それでも人間を含む多くの動物には、睡眠や、眠りに近い状態が見つかっています。
ミミズク先生睡眠には記憶や体の調整に関わる働きがあると考えられています。それでも、生き物がなぜ眠るのかは、まだ完全には分かっていません。
2026年、柳沢正史教授とEmmanuel Mignot教授は、覚醒を保つ脳内ペプチド・オレキシンの発見と、ナルコレプシーとの関係を明らかにした研究でラスカー賞を受賞しました。眠りを知るには、眠る仕組みだけでなく、起き続ける仕組みも大切です。
長く起きているとなぜ眠くなるのでしょう。そして、海や空で暮らす動物、クラゲのように中枢化した脳を持たない生き物は、どんな時間を「眠り」に使っているのでしょうか。人間の睡眠研究を入口に、生命が使うもう一つの時間を、少し広い視野から眺めてみます。


オレキシン研究は、「起き続ける」仕組みを見つけた


出典:iNaturalist – メンフクロウ Tyto alba(robcorv)
睡眠を考えるとき、私たちは「どうやって眠るのか」に目を向けがちです。オレキシン研究が明らかにしたのは、その反対側にある「どうやって目覚めた状態を保つのか」という仕組みでした。
起きていることも、ただ眠っていないだけではありません。周りの様子に気づき、体を動かして行動できる状態を、脳と体が保っています。
睡眠研究から始まらなかった発見
オレキシンは、最初から睡眠を調べていて見つかった脳内物質ではありません。1998年、柳沢正史教授らは、脳の視床下部で働く未知の受容体に合う物質を探していました。そこで見つかった新しい神経ペプチドが、のちに睡眠と覚醒の研究を大きく進めるオレキシンでした。
神経ペプチドとは、神経細胞どうしの情報伝達に関わる小さなタンパク質の仲間です。柳沢教授らはこの物質を、ギリシャ語で食欲を意味する orexis にちなんで、オレキシンと名付けました。発見当初は、オレキシンを投与したラットで摂食行動が増えたことなどから、食欲との関係が注目されていました。
オレキシンをつくる神経細胞は、脳の視床下部の限られた領域にあります。ところが、その後の研究では、食べることだけでなく、眠りと覚醒の切り替えにも深く関わることが見えてきました。
研究の出発点は、睡眠の物質を探すことではありませんでした。オレキシンの発見は、まだ働きの分からない脳の仕組みを丁寧に調べる基礎研究※が、後になって睡眠やナルコレプシーの理解を大きく進めることがある、と教えてくれます。
基礎研究とは、すぐに薬や製品をつくることを目的にせず、生命や自然がどのように働くのか、その基本の仕組みを調べる研究です。発見の価値は最初から予測できるとは限りませんが、後になって病気の理解や新しい技術の土台になることがあります。
マウス、イヌ、ヒトの研究が集まった
オレキシンと睡眠の関係が一気に見えてきたのは、マウス、イヌ、ヒトを対象にした別々の研究が、同じ仕組みにたどり着いたからです。
1999年、オレキシンをつくれないマウスでは、本来は活動する時間帯にも覚醒が不安定になり、ナルコレプシーに似た表現型が現れることが報告されました。ほぼ同じ時期に、Mignot教授らは、遺伝性ナルコレプシーを示すイヌで、オレキシン受容体2をつくる遺伝子に変異があることを示しました。(ナルコレプシー注釈)
ヒトでも、とくに情動脱力発作を伴うナルコレプシーでは、脳脊髄液中のオレキシンが低いことが報告されています。情動脱力発作とは、笑い、驚き、喜びなどをきっかけに、意識を保ったまま筋肉の力が急に抜ける症状です。
マウスではオレキシンそのもの、イヌではその受容体、そしてヒトではオレキシン系の異常が見つかりました。別々の動物を、異なる方法で調べていた研究が、オレキシン系という同じ仕組みに集まってきたのです。
オレキシンは「眠らせない物質」という単純なスイッチではありません。さまざまな神経系と関わりながら、覚醒した状態を安定して維持するための重要な仕組みの一つとして働いています。
日中に強い眠気が繰り返し起こる睡眠障害です。笑いや驚きなどをきっかけに、意識を保ったまま筋肉の力が急に抜ける「情動脱力発作」を伴うこともあります。とくにこの病型では、覚醒を保つオレキシンの仕組みとの深い関係が知られています。


眠気は、起きていた時間の記録かもしれない


出典:iNaturalist – ノドチャミユビナマケモノ Bradypus variegatus(jauregui)
夜になると眠くなり、長く起きていれば睡眠への欲求は高まります。眠気は一つの原因で生まれるのではなく、時刻を知る体内時計と、起きていた時間を反映する仕組みが重なって生まれる現象です。
夜だから眠いだけではない:概日リズムと睡眠恒常性
眠りやすさには、概日リズムと睡眠恒常性という二つの大きな仕組みが関係しています。
概日リズムは、体内時計によっておよそ24時間の周期をつくり、眠りやすさや目覚めやすさを整える働きです。一方の睡眠恒常性は、長く起きているほど睡眠への要求が高まり、眠ることでその要求が下がる性質を指します。
たとえば、夜更かしや徹夜の翌日には、昼間でも強い眠気を感じることがあります。体内時計が昼の覚醒しやすい時間帯をつくっていても、長く起きていたことによる睡眠要求が強くなるためです。
二過程モデルは、体内時計のリズムと、起きていた時間によって高まる睡眠への要求が重なり、そのときの眠りやすさを決めると考える説明です。



では、起きていた時間の長さを、体はどのように感じ取っているのでしょうか?
睡眠恒常性を分子のレベルから調べる研究では、アデノシンという物質が手がかりの一つになっています。アデノシンは、起きている時間が長くなるほど脳内で働きやすくなり、眠気に関わると考えられている物質です。たとえばカフェインは、アデノシンが受容体に結び付くのを妨げるため、一時的に眠気を感じにくくします。
ただし、アデノシンだけで眠気全体を説明することはできません。睡眠への要求には、複数の細胞、神経回路、体内時計の仕組みが関わっています。



コーヒーを飲んでも、もうあまり目が覚めないんですよね……。



カフェインへの反応には個人差もありますし、習慣的に飲んでいると感じ方が変わることもありますよ。
Sleepyマウスが開いた、「眠気」を測る研究
眠気は、気分だけの問題ではなく、脳の中で起きる変化として捉えられるのでしょうか。研究者たちは、この問いに近づくため、別の理由で眠気が強くなった二種類のマウスを比べました。
一つは、眠らせてもらえず、起きている時間が長くなった普通のマウスです。もう一つは、遺伝子の変化によって、もともと強い睡眠要求を示すSleepyマウスでした。Sleepyマウスは、多数のランダム変異マウスの睡眠を、脳波や筋肉の活動とともに調べる研究から見つかりました。
Sleepyマウスでは、SIK3という酵素に関わる遺伝子に変化があります。SIK3は、細胞内のタンパク質の働きを調節する酵素です。Sleepyマウスは睡眠量が増えているにもかかわらず、脳にはなお強い睡眠への要求が表れると考えられています。
研究者たちは次に、「眠らせてもらえなかった普通のマウス」と「遺伝子の変化で眠気が強いSleepyマウス」の脳を比べました。眠気が強くなった理由は違っていても、もし脳の中に共通する変化が見つかれば、それは睡眠要求を知る手がかりになるはずです。
実際に、二つのマウスで共通して変化するタンパク質群が見つかりました。これらのタンパク質には、眠気が強いほど「リン酸化」という小さな化学的変化が増えていました。リン酸化は、タンパク質に目印を付けて、その働き方を変える細胞のしくみの一つです。
研究グループは、このタンパク質群をSNIPPsと名付けました。この名前は「睡眠への要求を示すリン酸化タンパク質群」という意味です。SNIPPsが眠気そのものだと分かったわけではありません。それでも、睡眠への要求が高まるとき、脳の中で共通して変化する分子の目印が見つかったことは大きな一歩でした。
眠気は、ただ「眠いと感じる」だけの現象ではなく、起きていた時間や脳の状態が細胞に残した記録と結び付いているのかもしれません。こうした研究を通して、眠気を分子のレベルから読み解こうとする試みが続いています。


睡眠中、脳と体は何をしているのか


出典:iNaturalist – ヨタカ Caprimulgus jotaka(hamsambly)
睡眠中には、記憶の定着、神経回路の調整、代謝や免疫に関わる変化など、いくつもの働きが同時に進んでいると考えられています。睡眠は、一つの目的だけのためにある時間ではなさそうです。
眠っている間も、脳と体は別の仕方で働いている
眠っている間も、脳は静止しているわけではありません。よく研究されている例の一つが、記憶です。日中に得た経験を整理し、長期的な記憶として安定させる過程に、睡眠が関わることが分かってきました。
では、私たちが眠っている間には、何が起きているのでしょうか。
起きている間に見聞きしたことや覚えたことは、脳の神経細胞どうしのつながりにも変化を残します。そのつなぎ目をシナプスといいます。睡眠中には、日中の経験によって変化したシナプスを整え、脳全体のつながりを調節しているのではないか、と考える研究もあります。
さらに睡眠は、脳だけの現象ではありません。代謝、免疫、体温調節など、全身の生理機能との結び付きも調べられています。眠りは一つの仕事のためではなく、脳と体の異なる階層で、複数の変化が重なる時間なのかもしれません。
眠りの仕組みと、眠る理由は別の問い
睡眠について考えるときには、二つの問いを分けておくと分かりやすくなります。
一つ目は、眠りと目覚めが、体の中でどのように切り替わるのかという問いです。オレキシンの研究は、起きている状態を保つ仕組みを示しました。Sleepyマウスの研究は、起きている時間が長いときに高まる睡眠への要求を、分子の変化から調べる手がかりになりました。
二つ目は、生き物がなぜ眠るのかという問いです。眠っている間には、記憶、神経回路、代謝、免疫などに関わる変化が起こると考えられています。けれど、こうした働きが見つかっても、「なぜ外の世界への反応が弱くなる睡眠という状態が必要なのか」までは、まだ説明しきれません。
眠っている動物は、食べ物を探したり、移動したり、危険にすばやく気づいたりしにくくなります。それでも、多くの動物で睡眠や睡眠に似た状態が報告されています。



この謎を考えるには、人間の例を見ただけでは足りません。海で呼吸しながら眠る動物、空を飛びながら短い眠りを取る鳥、中枢化した脳を持たないクラゲまで比べてみると、「眠る」という現象の共通点と違いが少しずつ見えてきます。



この章の内容について、簡潔にわかっていること・わかっていないことを整理しておきましょう。
これまでに、分かっていること
- オレキシン系は、覚醒を維持するために重要な仕組みです。
- 眠りやすさには、概日リズムと睡眠恒常性を含む複数の仕組みが関わります。
- 睡眠または睡眠様状態は、脊椎動物に加え、昆虫、線虫、刺胞動物などでも報告されています。
まだ分からないこと
- 生き物が睡眠、または睡眠様状態を必要とする根本的な理由。
- 種によって睡眠の長さ、時刻、脳の使い方が大きく異なる理由。
- 多様な動物に共通して使える睡眠の定義をつくれるか。


動物の眠りを見ると、問いはさらに大きくなる


出典:iNaturalist – マイルカ Delphinus delphis(grahamgerdeman)
生き物は、人間と同じように、夜に横になって脳全体を休ませるとは限りません。海で暮らす動物は呼吸を続けながら眠り、長い距離を飛ぶ鳥は移動の途中で短い眠りを取ることがあります。
いつ、どこで、どのように眠るかは、食べ物を探す時間、敵に見つかる危険、呼吸や移動の方法、季節の変化など、その生き物の暮らしと深く関わっています。
海、空、そしてクラゲまで


出典:iNaturalist – オオグンカンドリ Fregata minor(diego_valverde)
海で暮らすイルカは、眠っている間も水面に出て呼吸しなければなりません。そのため一部の海棲哺乳類では、左右の大脳半球を同時に深く眠らせず、片方を休ませながら、もう片方を比較的覚醒に近い状態に保つ半球睡眠が知られています。眠りながら呼吸し、周囲にも反応するための眠り方です。
空を長く飛び続ける鳥にも、独特の眠り方があります。オオグンカンドリ Fregata minor を野外で調べた研究では、海上を飛んでいる間にも短い睡眠が記録されました。飛行中の睡眠は、陸上にいるときよりずっと少量でした。眠る時間や眠り方は、その鳥が何をしている最中かによっても変わるのです。



飛びながら眠れるなんて、移動と睡眠を同時にこなすのですね!
さらに意外なのは、サカサクラゲ属 Cassiopea です。このクラゲには、人間のように情報を一か所に集める中枢化した脳がありません。それでも夜になると活動が下がり、刺激への反応も鈍くなります。その状態を妨げると、後から活動が下がる時間が増えることも確かめられました。研究者たちは、この状態を睡眠様状態と呼んでいます。


出典:iNaturalist – Cassiopea andromeda(jonigr)
科学的には、じっとしているだけで「眠っている」と決まるわけではありません。活動が下がること、刺激への反応が鈍くなること、刺激があれば元の活動へ戻れること、眠りを妨げられた後に反動が見られることを確かめます。こうした手がかりを重ねながら、それぞれの生き物にとっての睡眠や睡眠様状態が調べられています。



イルカ、鳥、クラゲを並べてみると、「眠る」と一言でいっても、その形は一つではないと分かりますね。次の回では、動物たちがどこで、いつ、どのように眠り、その眠り方が暮らしとどう結び付いているのかを見ていきます。
用語メモ
- オレキシン
視床下部の一部の神経細胞がつくる神経ペプチドです。覚醒状態を維持するうえで重要な働きを持ちます。 - 概日リズム
約24時間の周期で、眠りやすさや目覚めやすさなどを調節する体内のリズムです。 - 睡眠恒常性
起きている時間が長いほど高まり、眠ることで下がる睡眠への要求です。 - 半球睡眠
左右の大脳半球で異なる睡眠状態を示す眠り方です。海棲哺乳類や鳥類の一部で知られています。 - 睡眠様状態
人間と同じ脳波測定が難しい生物で、活動低下、刺激への反応低下、活動を妨げた後の反動などから、睡眠に近いと判断される状態です。


眠りは、生き物が使うもう一つの時間


出典:iNaturalist – チシマラッコ Enhydra lutris ssp. lutris(rajanrao)
オレキシン研究は、私たちが「起きている」ことも、体が積極的に保っている状態だと教えてくれました。Sleepyマウスの研究は、「眠い」という感覚の奥に、分子の変化があることを示しました。
けれど、生き物がなぜ睡眠という状態そのものを必要とするのか、その全体像はまだ分かっていません。分からないからこそ、海の生き物も、空の生き物も、森の生き物も、それぞれの眠り方に注目する意味があります。眠る時間は、生き物が生きていく時間の一部として、進化のなかで形づくられてきたのでしょう。生き物は、食べること、逃げること、呼吸すること、移動することと折り合いをつけながら、睡眠に時間を使っています。



眠るの大好きです!!



それに、気持ちよく眠りたいですよね~
次回は、海、空、草原、森へ視野を広げます。動物たちはどこで、いつ、どのように眠り、その眠り方はどんな生き方を語っているのでしょうか。
第3回ではさらに、クラゲ、魚、昆虫まで視野を広げ、「眠る」とは何を意味するのかを問い直します。


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ブログ記事より少し踏み込んだ内容も追加されていますよ




参考・引用文献
オレキシン研究は、「起き続ける」仕組みを見つけた
- Lasker Foundation ‐ Orexin—a brain peptide that maintains wakefulness(2026年9月)
- 筑波大学 ‐ 2026年アルバート・ラスカー基礎医学研究賞(2026年9月)
- Sakurai et al. ‐ Orexins and orexin receptors: a family of hypothalamic neuropeptides and G protein-coupled receptors that regulate feeding behavior(1998年2月)
- Chemelli et al. ‐ Narcolepsy in orexin knockout mice: molecular genetics of sleep regulation(1999年8月)
- Lin et al. ‐ The sleep disorder canine narcolepsy is caused by a mutation in the hypocretin receptor 2 gene(1999年8月)
- Nishino et al. ‐ Hypocretin (orexin) deficiency in human narcolepsy(2000年1月)
眠気は、起きていた時間の記録かもしれない
- Borbély et al. ‐ The two-process model of sleep regulation: a reappraisal(2016年4月)
- Funato et al. ‐ Forward-genetics analysis of sleep in randomly mutagenized mice(2016年11月)
- Wang et al. ‐ Quantitative phosphoproteomic analysis of the molecular substrates of sleep need(2018年6月)
- 筑波大学 ‐ 「眠気」の生化学的な実体に迫る~睡眠要求を規定するリン酸化蛋白質群の同定~(2018年6月)
睡眠中、脳と体は何をしているのか
- Krueger et al. ‐ Sleep function: Toward elucidating an enigma(2016年8月)
- Sharon et al. ‐ The new science of sleep: From cells to large-scale societies(2024年7月)
- Joiner ‐ Unraveling the Evolutionary Determinants of Sleep(2016年10月)
動物の眠りを見ると、問いはさらに大きくなる
- Mascetti ‐ Unihemispheric sleep and asymmetrical sleep: behavioral, neurophysiological, and functional perspectives(2016年7月)
- Rattenborg et al. ‐ Evidence that birds sleep in mid-flight(2016年8月)
- Nath et al. ‐ The Jellyfish Cassiopea Exhibits a Sleep-like State(2017年10月)
- Deboer ‐ Behavioral and electrophysiological correlates of sleep and sleep homeostasis(2015年)

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