カバー画像:WIKIMEDIA COMMONS – File:Harmonia axyridis IT.jpg(IvanHabiprot)
生き物の種類が多いことは、生物多様性の一部です。しかし、生物多様性には、同じ種の中の遺伝的な違いや、生き物と環境が組み合わさった生態系の違いなども含まれます。
林の縁から水辺を眺めると、木々や草、水面が一つの風景に見えます。その景色に、「何種いるか」「同じ種の中にどんな違いがあるか」「生き物と環境がどう関わっているか」という三つの問いを重ねてみましょう。
比較する対象を変えると、同じ自然にも別の面が見えてきます。数の比較、ナミテントウの模様、林と水辺の対照を手掛かりに、生物多様性を自然を見るための視点として考えていきます。

生物多様性は、種類の多さだけではない

「たくさんの種類がいる」は、生物多様性を知る大切な入口です。ただし、その数だけでは、それぞれの種が何個体いるかも、同じ種の中にどんな違いがあるかも分かりません。
生物多様性条約は、生物多様性に種内・種間・生態系の多様性が含まれると定義しています。条約事務局の解説では、同じ種の中の遺伝的な違いも、生物多様性の一つとして説明されています。
| 尺度 | 何を比べる? | 確かめる入口 |
|---|---|---|
| 種の多様性 | どんな種がいて、それぞれがどれほどいるか | 種を見分け、数や分布を調べる |
| 遺伝的多様性 | 同じ種の中にどんな遺伝的な違いがあるか | 遺伝の調査やDNAの比較 |
| 生態系の多様性 | 生き物と環境の組み合わせがどう違うか | 生き物と水・土・光などを一緒に調べる |
三つは、同じものを別の呼び方で表しているのではありません。自然のどこに注目するかが異なる尺度です。
種類を数えると、何が分かる?
公園の林に、何種類の木が生えているか調べるとしましょう。まず、調べる場所を「遊歩道に囲まれた林の一角」と決め、その中にある木を種ごとに見分けます。
仮に、確認できたのがコナラ、クヌギ、ヤマザクラの3種だったとします。コナラが何本あっても、種類としては1種です。このように、決めた範囲に何種類の生き物がいるかを表す値が「種数」です。「種の豊富さ」とも呼ばれます。
ただし、「3種」という数字だけでは、どの種がいたのか、それぞれが何本あったのかまでは分かりません。また、今回は樹木だけを調べたので、草や昆虫は数に含めていません。「いつ、どこで、何を、どう調べたか」を添えると、その種数が何を表す数字なのかがはっきりします。
同じ種数でも、個体数の内訳は違う
二つの林で、同じ広さの区画にある木を調べたとしましょう。どちらにもA・B・C・Dの4種があり、木は合計20本でした。しかし、種ごとの本数には違いがありました。
生き物を一つずつ数えるとき、その一つを「個体」、その数を「個体数」と呼びます。ここでは、木の本数が個体数に当たります。
| 木の種類 | 林Ⅰ | 林Ⅱ |
|---|---|---|
| A | 5本 | 17本 |
| B | 5本 | 1本 |
| C | 5本 | 1本 |
| D | 5本 | 1本 |
| 合計 | 4種・20本 | 4種・20本 |
※説明用の仮想例です。実際の調査結果ではありません。
林Ⅰでは、4種が5本ずつあります。一方、林Ⅱでは、20本のうち17本がAです。種の顔ぶれも、種数も、合計本数も同じですが、林Ⅱは一つの種に偏っています。「4種いる」という数字だけでは、この内訳の違いは分かりません。
種ごとの個体数がどれほどそろっているかを表す考え方が、均等度です。この例では、各種の本数が同じ林Ⅰの方が、均等度は高くなります。種の多様性を調べる方法には、種類の多さに加えて、こうした個体数の偏りも考慮するものがあります。
ただし、「均等度が高いから、林Ⅰの方が守る価値が高い」とは判断できません。何の種が生えているのか、どんな環境なのか、過去からどう変化してきたのかなど、表にない情報も必要です。個体数の内訳を調べることと、保全の優先順位を決めることは、分けて考える必要があります。
ミミズク先生均等度を比べるときは、調べた範囲や時期、方法をそろえる必要があります。個体数は、調べ方によって変わるためです。また、均等度の求め方は一つではないので、比べる数値は、同じ計算方法で求めたものを使います。



大切なのは、本数がそろっているかだけでなく、「なぜ、その場所ではこの種が多いのか、少ないのか」と、内訳が生まれた理由にも目を向けることです。


同じ種の中にも、違いがある


出典:iNaturalist – ナミテントウ Harmonia axyridis(dedete)
一つの種名で呼ばれる生き物にも、個体や集団による違いがあります。その違いが目に見える特徴に表れることもあれば、外から見ただけでは分からないこともあります。
身近なナミテントウは、見た目の違いと遺伝的な仕組みの両方が研究されている例です。
模様が違っても、同じナミテントウ


出典:iNaturalist – ナミテントウ Harmonia axyridis(nihadkudo)
ここまでは、異なる種の数や、それぞれの個体数を比べてきました。次は、一つの種の中を見てみましょう。同じ種の生き物は、どの個体も同じ姿をしているのでしょうか。
ナミテントウ(Harmonia axyridis)には、赤い地に黒い斑点をもつ個体や、黒い地に赤い斑点をもつ個体がいます。模様が大きく違っていても、どちらも同じナミテントウです。
模様があるのは、背中を覆う硬い前翅(ぜんし)です。このような斑点や色の配置を「斑紋(はんもん)」と呼びます。斑点の数や位置、赤と黒の広がりを比べると、同じ種の中にも違いがあることが分かります。
同じ種の個体や集団の間に見られる違いを「種内変異」といいます。その違いを生む原因の一つが、親から子へ受け継がれる遺伝情報の違いです。同じ種の中にある、こうした遺伝情報の多様さを「遺伝的多様性」と呼びます。
ただし、見た目の違いには、育った環境などが関わる場合もあります。外見を比べるだけでは、その原因が遺伝にあるかどうかまでは確かめられません。
ナミテントウの斑紋は、遺伝的な違いが模様に結びつくことが研究されています。それでも、模様が同じ個体どうしで、ほかの遺伝情報まで同じとは限りません。斑紋を見比べることは遺伝的多様性を知る入口ですが、その全体を測ることとは別なのです。次の節では、研究者が模様と遺伝の関係をどう確かめたのかを見ていきます。



名前が分かったら観察は終わり、ではないんですね。



ええ。図鑑でも、一つの種に複数の写真が載っていることがあります。名前が分かった後も、どうぞページを閉じずに。見比べる楽しみがありますよ。
遺伝的な違いは、どう確かめる?
ナミテントウの模様と遺伝の関係は、どうすれば確かめられるのでしょうか。模様の違う個体を眺めるだけでは、その原因までは分かりません。2018年、安藤俊哉さんらの研究チームは、pannier(パニア)という遺伝子に注目し、実験とDNAの比較によって調べました。



パニア遺伝子は、色素そのものではなく、ほかの遺伝子の働きを調節するタンパク質をつくります。ナミテントウでは、前翅のどこが黒くなるかに関わっています。
まず試したのは、「この遺伝子の働きを抑えたら、模様はどう変わるか」です。RNA干渉という方法で、幼虫のときに pannier の働きを抑え、成虫になったときの前翅を観察しました。
すると、調べた主要な四つの斑紋型すべてで、黒い部分が失われ、代わりに赤い部分が現れました。黒くなるはずの場所が、赤くなったのです。この結果から、pannier は黒色の形成に必要で、赤色の形成を抑える働きもあると分かりました。
では、同じ遺伝子が関わっているのに、なぜ個体によって黒い部分の位置や広がりが違うのでしょうか。
次の手掛かりは、DNAの比較です。DNAには、タンパク質をつくる情報だけでなく、遺伝子がいつ、どこで働くかを調節する情報もあります。研究チームが斑紋型の異なる個体を比べると、pannier 遺伝子の内部にある、タンパク質の設計図としては使われない領域に、大きな配列の違いが見つかりました。
研究者は、この領域にある調節配列の違いが、前翅のどこで pannier が働くかを変え、模様の違いを生む主因だと示唆しています。
働きを抑える実験で「色づくりに必要な遺伝子」を確かめ、DNAの比較で「模様の違いに関わる配列」を探る。異なる方法を組み合わせることで、目に見える斑紋の背後にある仕組みへ近づいたのです。
ただし、この研究が調べたのは、斑紋という一つの特徴の遺伝的な背景です。この結果だけで、集団全体の遺伝的多様性や、絶滅のおそれまで判断することはできません。



集団全体の遺伝的多様性を調べるには、多くの個体からDNAを集め、配列の違いを広く比べる方法が使われます。一つの遺伝子の研究とは、調べる範囲が異なります。


生き物と環境の組み合わせまで見る


出典:iNaturalist – シロムネオオハシ Ramphastos tucanus(kdbishop69)
ここまでは、種の数や個体数、同じ種の中にある違いを見てきました。今度は、生き物が暮らす場所にも目を向けてみましょう。
生き物は、水や土、光の影響を受けながら暮らしています。同時に、木が枝葉を広げて地面に日陰をつくるように、生き物も周囲の環境を変えています。こうした生物の集まりと、生物以外の環境が、互いに影響し合うまとまりが「生態系」です。
生物多様性には、この生き物と環境の組み合わせの違いも含まれます。
林と水辺では、何が組み合わさっている?
公園の林を抜けて、池のほとりまで歩く場面を思い浮かべてください。木の下、水際、水の中では、生き物の顔ぶれだけでなく、暮らしを取り巻く条件も違います。
林に入ったら、頭の上から足元まで視線を動かしてみましょう。高い木の枝葉、その下の低い木、地面に近い草。植物が高さの違う場所に葉を広げています。枝葉が重なる木の下と、開けた場所では、地面に届く光も違います。土の中には菌類や微生物なども暮らしており、目立つ木々だけが林を構成しているわけではありません。
池では、岸から水面、そして水中へと目を向けてみます。水中の藻類も、陸上の植物と同じように、光を使って光合成をしています。水があるかどうかに加え、光が届く条件も、生き物の暮らしを考える手掛かりになります。
林と池を比べるなら、次のように見る項目をそろえると、違いを整理しやすくなります。
| 見る対象 | 林で確かめること | 池やその岸で確かめること |
|---|---|---|
| 水 | 土が湿っている場所、水がたまる場所 | 水の深さ、水際の位置 |
| 地面・底 | 土、石、落ち葉がある場所 | 泥、砂、石がある場所 |
| 光 | 木の下と開けた場所の日当たり | 水面や岸の日なたと日陰 |
| 生物 | 木、草、動物、菌類などがいる位置 | 水中や岸のどこに、どんな生物がいるか |
※現地で比べるための観察項目です。特定の場所の調査結果ではありません。
記録した項目は、つなげて考えてみましょう。「枝葉が重なる場所の下は、どれくらい暗いだろう」「水草は、どの深さの場所に生えているだろう」。生物の名前と周囲の条件を一緒に見ると、単なる一覧から、両者の関わりへと観察を進められます。ただし、一緒に見つかっただけで、その条件が生物の分布を決めたとは断定できません。
生態系の多様性を見るとは、「林も池もある」と風景の名前を並べることだけではありません。どんな生物がいて、環境とどう関わっているか、その組み合わせを比べることです。
なお、日なたと日陰のように条件が違っても、それだけで別の生態系と決まるわけではありません。「林全体」「池とその岸」など、どこまでを一つのまとまりとして見るかも明確にしておきましょう。
次の観察で、三つの問いを持ってみる
次に公園や身近な自然を歩くときは、ここまでの三つの見方から、一つ選んでみてください。
- どんな種がいて、それぞれがどれくらいいるだろう?
- 同じ種の個体を見比べると、どんな違いがあるだろう?
- その生き物がいる場所の、水・土・光はどんな状態だろう?
一度にすべてを調べる必要はありません。まずは比べたい対象と、観察する範囲を決めてみましょう。
記録の基本は、「いつ、どこで、何を、どう調べたか」です。名前が分からない生き物も、見えた特徴と発見した状況を残せます。
| 項目 | 記録例 |
|---|---|
| 日時 | 10月12日、午前10時 |
| 場所 | 公園の林の縁。日が当たる草の葉の上 |
| 対象 | 赤い地に黒い点がある昆虫を1個体。種名は未確認 |
| 調べ方 | 歩いて見つけた個体を写真撮影 |
※観察記録の記入例です。実際の観察記録ではありません。
写真だけでは種を確定できない場合もあります。それでも、体の特徴や見つけた場所を残しておけば、後から図鑑や資料と照らし合わせる手掛かりになります。分からない名前は無理に埋めず、「未確認」として残しておきましょう。
種類を数える。同じ種の個体を見比べる。生き物のいる場所を調べる。見慣れた公園でも、問いを一つ変えると、これまで気づかなかった違いやつながりが見えてきます。



写真を撮るなら、生き物のアップに加えて、周りの様子も一枚残しておきたいですね。どんな場所にいたか、後から見返せます。



ええ。次に訪れたときも同じ場所を写しておくと、生き物だけでなく、水や日当たりの様子を比べる手掛かりになりますね。


種類を数えた先に、見えてくる自然


出典:iNaturalist – ペレイデスモルフォ Morpho helenor ssp. peleides(rafi1)
生物多様性は、生き物の種類の多さだけでは捉えきれません。どんな種が、それぞれ何個体いるのか。同じ種の中に、どんな遺伝的な違いがあるのか。そして、生き物が水や土、光とどう関わっているのか。種・遺伝子・生態系という三つの見方を行き来すると、一つの数字や写真だけでは分からなかった自然の姿が見えてきます。
同じ4種・20本の木がある林でも、種ごとの本数が違えば、その内訳は異なります。同じナミテントウでも斑紋は異なり、その違いを生む遺伝的な仕組みが調べられてきました。さらに、林から池へと視野を広げると、生き物の顔ぶれだけでなく、周囲の環境との関わりも比較できます。
大切なのは、何を比べ、どこまで分かったのかを確かめることです。種数は種類の多さを示しますが、それだけで保全の優先順位は決まりません。斑紋は遺伝的な違いを知る入口になりますが、模様だけで遺伝情報の違いをすべて読み取れるわけではありません。分かったことと、まだ確かめていないことを分ける姿勢が、自然をより深く知ることにつながります。
そして、違いに気づくほど、反対の疑問も生まれます。「別の仲間なのに、なぜこんなに似ているのだろう?」。一つの特徴が似ていても、体のつくりや進化の歴史まで同じとは限りません。次は、異なる系統で似た特徴が進化する「収斂進化」を手掛かりに、生き物の違いと共通点を見比べていきます。



収斂進化については、以下の記事でも解説しています👇️




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ブログ記事より少し踏み込んだ内容も追加されていますよ




参考・引用文献
生物多様性は、種類の多さだけではない
生物多様性条約事務局 ‐ Article 2. Use of Terms
生物多様性条約事務局 ‐ Sustaining Life on Earth(2009年9月16日)
U.S. Geological Survey ‐ NAWQA Glossary
国立環境研究所 ‐ 生物多様性ビッグデータで日本全土の木本植物の個体数を推定(2020年5月14日)
同じ種の中にも、違いがある
Nature Communications ‐ Repeated inversions within a pannier intron drive diversification of intraspecific colour patterns of ladybird beetles(2018年9月21日)
基礎生物学研究所・国立遺伝学研究所 ‐ テントウムシの多様な斑紋を決定する遺伝子の特定に成功(2018年9月21日)
生き物と環境の組み合わせまで見る
生物多様性条約事務局 ‐ Article 2. Use of Terms
国立環境研究所 環境展望台 ‐ さまざまな生態系
国立環境研究所 ‐ 微生物の世界がすごい! NIESコレクション&ツイッターをご紹介します
国立環境研究所 ‐ 生物多様性ビッグデータで日本全土の木本植物の個体数を推定(2020年5月14日)

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