一匹の名前が分かったら、その場所にはほかにどんな動物がいるのでしょうか。ファウナは、ある地域や環境の動物の種類構成を指す言葉です。日本語では「動物相」といいます。
動物の一覧は、その土地の自然を知る入口になります。種名と一緒に、調べた場所や時期、対象、方法を確かめると、何が分かっている記録なのかが見えてきます。
八丈島周辺の海底から得られた標本の報告を手掛かりに、一覧の読み方と、身近な観察で残せる記録を考えてみましょう。

ファウナとは?――動物相という見方

ファウナを見るときの基本の問いは、その場所にどんな種類の動物がいるか、です。一匹の特徴から、地域の動物の顔ぶれへと視点を広げます。
ファウナと動物相は同じ意味
冒頭でも紹介したように、ファウナ(fauna)は、日本語の動物相にあたります。ある地域や環境にすむ動物の「種類構成」、つまり、どんな種類の動物がいるかを表す言葉です。鳥や魚だけでなく、昆虫や貝なども対象になります。
地域の広さは、大陸から島、公園、川まで、目的に応じて設定できます。森林動物相のように、環境を基準にする使い方もあります。また、昆虫を取り上げれば昆虫相、鳥を取り上げれば鳥類相として、対象を限定できます。
ファウナという言葉自体は、各種が何個体いるか、何を食べているかまでを示すものではありません。動物相の調査で個体数も数えることはありますが、種類の構成と、数や種どうしの関係は、分けて考えると整理しやすくなります。
フローラ・生物相・生物多様性との違い
ある地域や環境に生える植物の種類構成を、フローラ(フロラ)、日本語では植物相といいます。たとえば、公園の鳥や昆虫に目を向ければ動物相、草や木に目を向ければ植物相を調べることになります。さらに、動物・植物・微生物などを含め、その場所にどんな生物がいるかを表す言葉が「生物相」です。
メンフクロウ職員「生物相」はビオタ、またはバイオタ(biota)とも呼ばれます。
| 言葉 | 主に何を捉えるか |
|---|---|
| ファウナ/動物相 | 地域・環境の動物の種類構成 |
| フローラ/植物相 | 地域・環境の植物の種類構成 |
| ビオタ/生物相 | 動物・植物・微生物などの種類構成 |
| バイオダイバーシティ/生物多様性 | 種内・種間・生態系にわたる多様性 |
用語の対応は辞典、生物多様性の範囲は生物多様性条約第2条※に基づきます。
動物の種リストからは、その場所にどんな動物が知られているかを調べられます。しかし、その一覧だけで、同じ種の中の遺伝的な違いや、生態系の多様性まで把握できるわけではありません。ファウナと生物多様性は、重なる部分があっても同義ではないのです。
正式名称は「生物の多様性に関する条約」。生物多様性を守り、生物資源を将来にわたって利用するとともに、遺伝資源の利用から得られる利益を公正に分け合うことを目的とする国際条約です。
大きさや暮らす場所で変わる「ファウナ」の呼び名
ファウナという言葉は、体の大きさや暮らす場所に注目した呼び名にも使われます。大型動物を指す「メガファウナ」や、土壌中の小さな動物を扱う「メソファウナ」などです。ただし、これらは動物の系統に基づく分類名ではなく、研究する対象をまとめるための呼び名です。
大きさに注目した呼び分け
土の中の動物を調べる場合と、海底の動物を調べる場合では、使う用語や大きさの区切りが異なります。そのため、次の言葉を、すべての環境に共通する「大きさ順の階級」として覚える必要はありません。
| 呼び名 | 主にどんな対象を指すか | 動物の例・使われる場面 |
|---|---|---|
| メガファウナ(megafauna) | 研究対象の中で大型の動物。大型とする基準は分野によって異なる | ゾウなどの大型陸上動物や、大型の海の動物を扱う研究など |
| マクロファウナ(macrofauna) | 土壌や水底の動物のうち、比較的大きなもの | 土壌ではミミズや巻貝など |
| メソファウナ(mesofauna) | 主に土壌や落ち葉の中に暮らす、小型の動物 | トビムシやダニなど |
| メイオファウナ(meiofauna) | 主に水底の砂泥などに暮らす、小さな動物。調査では、ふるいの目の大きさで対象を区切ることが多い | 線虫や小型のカイアシ類など |
| ミクロファウナ(microfauna) | 顕微鏡で調べるような微小な動物など | 土壌では線虫やワムシなど |
メガファウナの用法は総説、土壌動物の区分と例はFAO、水底のメイオファウナはNOAAの解説に基づきます。
線虫の仲間は、土壌の研究ではミクロファウナ、水底の研究ではメイオファウナとして扱われることがあります。資料を読むときは、呼び名だけでなく、「どの環境で、どの大きさの動物を、どんな方法で調べたか」も確認しましょう。
※ ミクロファウナには、慣用的に原生生物を含める資料もあります。現在の分類でいう「動物」だけに範囲が一致するとは限りません。
暮らす位置に注目した呼び分け
海底の動物には、表面に暮らすものも、砂や泥の中に潜るものもいます。この違いに注目した言葉が、エピファウナとインファウナです。こちらは体の大きさではなく、底質に対してどこに暮らすかを表します。
| 呼び名 | 暮らす位置 |
|---|---|
| エピファウナ/表生動物(epifauna) | 海底の表面や、岩・他の生物の表面などに暮らす動物 |
| インファウナ/内生動物(infauna) | 海底の砂や泥など、堆積物の内部に暮らす動物 |
表面を見る調査と、砂泥を採って中を調べる調査では、対象にできる動物が違います。「海底の動物を調べた」という説明でも、表面と内部のどちらを調べたのかに注目すると、記録の範囲が具体的に見えてきます。
ファウナの基本は、ある地域や環境に「どんな動物がいるか」を捉えることです。
関連する用語も、何に注目して動物をまとめた言葉かを押さえると、調査資料を読みやすくなります。


一つの個体から、その場所の動物たちにも目を向けよう


出典:iNaturalist – ムラサキシジミ Arhopala japonica(yajapin)
目の前の動物の名前を調べることは、その地域の動物を知るきっかけになります。自分で周囲を観察したり、地域の調査資料を読んだりすると、その場所で知られている動物の種類が見えてきます。



「ここには、ほかにどんな動物がいるのだろう」と思うと、周りも探してみたくなりますね。



地域の調査資料と見比べるのも楽しいですよ。まだ出会っていない動物を知る、良い機会にもなります。
名前が分かると、次に何を聞ける?
「この動物は何か」という問いを1つ解決したら、「この場所には、ほかに何が記録されているか」という問いへ進むことができます。
たとえば、公園で一種の鳥を確認したとします。地域の調査資料を開けば、ほかにどんな鳥が記録されているか、いつ調査されたかを確かめてみます。自分の一回の観察と、これまでの複数の調査で蓄積された記録を比較するのです。
ここは、「何がいるか」と「なぜいるか」の違いを、具体例で示すと伝わりやすくなります。混同しやすいのは、動物を見つけた場所が、そのまま「そこにいる理由」にも見えるからです。しかし、ある場所で確認しただけでは、餌を探していたのか、繁殖しているのか、移動の途中だったのかまでは分かりません。
書き直し案
こうした記録を地域ごとに見比べると、共通して見つかる動物や、一方だけで記録されている動物が分かります。これは、「どこに、どんな動物がいるか」を知る手掛かりになります。



ただし、「そこにいることが分かった」と「そこにいる理由が分かった」は同じではありません。
たとえば、池で鳥を見つけると、「この池が暮らしに適しているからだ」と考えたくなります。しかし、その記録だけでは、餌を取りに来たのか、繁殖のために利用しているのか、移動の途中で立ち寄ったのかは判断できません。
理由を探るには、種名や場所の記録に加えて、その動物が何をしていたか、餌や繁殖場所があるかなども調べます。動物の顔ぶれを確かめることは、「なぜこの場所にいるのか」を考える出発点なのです。
公園全体と、歩いた園路は同じ範囲ではない
園路を歩いて見つけた動物をまとめると、「その公園にいる動物の一覧」のように見えます。しかし、この場合は実際に調べたのは公園のうち園路から観察できた部分で、観察した範囲と、公園全体は同じではありません。
たとえば、池の周りを歩いて鳥やトンボを記録しても、池の底や木の幹の内部まで調べたわけではありません。「公園で見つけた」という場所の情報だけでは、どこまで探したのかが分からなくなるのです。
そのため、記録には公園名だけでなく、「池の周囲の園路から、見える範囲を観察した」のように、実際に調べた範囲も添えます。そうすれば、その一覧が公園のどの部分を調べた記録なのか、後から読む人にも伝わります。
一覧を読むときは、まず次の四つを確かめます。
| 条件 | 確かめること |
|---|---|
| 地域 | どの場所を調べたか。全域か、一部の地点や経路か |
| 期間 | いつの記録か。一日、季節、複数年のどれか |
| 対象 | どの動物群を調べたか |
| 方法 | 目で見たか、声を聞いたか、標本を採集したか |
生物多様性データを扱うGBIF※は、種の出現記録に、日時・場所だけでなく、調査方法や調査に費やした労力を伴わせる重要性を説明しています。
この四条件は、一覧を読むための入口です。観察者、調べた時間、回数、同定の根拠も分かれば、さらに読み取りやすくなります。ただし、条件が書かれているだけで、調査の質のすべてが分かるわけではありません。
GBIFは、Global Biodiversity Information Facility(地球規模生物多様性情報機構)の略。世界各地の標本や観察に基づく「いつ、どこで、どんな生物が記録されたか」というデータを、誰でも利用できるようにする国際的なネットワークです。


ファウナを調べる①:八丈島の海で同定された31種


出典:WIKIMEDIA COMMONS – File:Hachijojima.JPG(Matryokeshi)
ある場所のファウナを知る手掛かりの一つが、そこからどんな動物が見つかったかをまとめた調査報告です。種名だけでなく、標本をいつ、どこで、どのように採集したかにも注目してみましょう。ここでは、国立科学博物館の並河洋氏が2011年に公表した、八丈島周辺海域のヒドロ虫類※の報告を読んでいきます。
クラゲやイソギンチャクと同じ刺胞動物の仲間。ここで扱うのは、岩や他の生物の表面に付着し、小さな個体がつながった「群体」をつくるものです。
何を、いつ、どう採集したのか
報告の元になったのは、2007~2009年に八丈島周辺海域で行われたドレッジ調査※です。調査船「たくなん」が海底から試料を採集し、岩礁性の海底から多数のヒドロ虫類の標本が得られました。
船から海底へ下ろした採集器を引きずり、海底の生物や岩石、堆積物などを採集して調べる方法です。
対象は、刺胞動物に含まれるヒドロ虫類のうち、有鞘類と呼ばれる一群です。報告には、別のヒドロ虫の茎の上に生きていた群体の記載もあり、名前だけでなく、標本がどのように得られたかを読むことができます。
ヒドロ虫類の一群。触手で餌をとる小さな個体の体を、「ヒドロ莢(きょう)」と呼ばれるカップ状の鞘が包んでいます。


参照:Richard Fox・Lander University ‐ Obelia(2006年6月30日)
| 条件 | この報告の内容 |
|---|---|
| 地域 | 八丈島周辺海域の採集地点 |
| 期間 | 2007~2009年に採集、2011年に報告 |
| 対象 | 有鞘類のヒドロ虫類 |
| 方法 | ドレッジ採集と標本の同定 |
| 成果 | 報告時点で31種を同定 |
以上は、原報告の本文・採集地点表・種リストを要約したものです。
31種は、対象を絞って標本を調べた成果です。八丈島の魚、鳥、昆虫まで合わせた動物の総種数でも、周辺海域のヒドロ虫類をすべて把握した数でもありません。また、現在の分類で数え直した値ではなく、報告時点の同定結果として読みます。
種名の横に、採集地点と水深がある
報告の種リストには、種名に加え、標本が得られた採集地点の番号と水深が記されています。地点表には、その番号に対応する採集日と位置が示されています。
たとえば、リストに「地点1、水深111~112m」とあれば、地点表へ戻ることで、2007年7月25日の採集に結び付けられます。同じ種が複数の地点から報告されている場合、水深はその種が得られた地点をまとめた範囲で示されています。各地点の水深は、地点表で確かめます。
| 種名(原報告の学名) | 採集地点番号 | 種リストに記された水深 | 生き物について |
|---|---|---|---|
| Lafoea benthophila | 1 | 111~112m | 有鞘類のヒドロ虫の一種。この報告では地点1から記録されています。 |
| Campanularia chinensis | 1・5 | 111~236m | 有鞘類のヒドロ虫の一種。この報告では二つの地点から記録されています。 |
この資料から分かるのは、その調査で得られた複数地点の標本に、その種が認められたことです。記載された地点の外にもいるか、どの水深で最も多いかは、別に確かめる必要があります。
名前の列だけを読むと、一つの地域の顔ぶれに見えます。地点表と行き来すると、どこから得られた標本に基づく顔ぶれなのかが見えてくるのです。
観察・標本・文献は、どうつながる?
動物の記録には、その場での観察、保存された標本、結果を公表した文献などがあります。これらは別々の箱ではなく、一つの調査を支える形でつながることがあります。
| 記録・資料 | 確かめたい情報 |
|---|---|
| 観察記録 | 日時、場所、見聞きした内容、写真や音声などの根拠 |
| 標本記録 | 保存された実物、採集情報、同定結果 |
| 文献記録 | 報告の対象と方法、引用元、標本や観察との対応 |
八丈島の例では、採集した標本を調べ、その結果を論文として公表しています。種名、採集地点、水深をたどることで、調査から公表までのつながりを読めます。
複数の資料を合わせる場合には、元の記録も確かめたいところです。同じ標本が別の文献に引用されても、採集がもう一度行われたことにはなりません。資料の件数と、独立した観察・採集の回数を分けて読む必要があります。



展示のキャプションでも、種名だけでなく採集地や日付も読めると、その標本がどんな記録なのか伝わりますね。



はい。整理するときも、確認できる情報は省かずに残したいです。将来この標本が研究に使われるときのために…。


ファウナを調べる②:海岸の海藻の下から見つかったハネカクシ


出典:WIKIMEDIA COMMONS – File:Futamigaura Beach from observation deck of Futamigaura Cemetery 5.JPG(そらみみ )
海岸に打ち上がった海藻の下にも、動物たちが暮らしています。川原恵子氏らが2018年に公表した報告では、福岡県宗像市・福津市・糸島市の玄界灘に面した海岸で、潮上帯付近のハネカクシ類13種※を確認しています。当時、福岡県の海岸ではハネカクシの記録が少なく、特に潮上帯の専門的な調査が行われていなかったことが、この調査の背景にありました。
ハネカクシ科に属する甲虫の仲間。多くの種は硬い前翅が短く、腹部が露出しています。飛ぶための後翅は、その下に小さく折り畳まれています。


出典:iNaturalist – 属 Homalolinus(merav)



調査方法と結果を読みながら、どこを探し、何を記録すると、その場所の動物相が見えてくるのかを考えてみましょう。
海岸のどこを、どう調べたのか
この調査では、潮上帯付近の砂地で、特に湿った漂着海藻に注目しました。海藻をシャベルで砂ごとすくい、網かごに入れて、下のバットに落ちた甲虫を採集しています。周辺環境も調べるため、潮上帯より陸側の砂地では、植物の根際の砂も同じ方法で調べました。
| 項目 | この報告の内容 |
|---|---|
| 地域 | 福岡県宗像市・福津市・糸島市の玄界灘に面した海岸 |
| 期間 | 2017年4~9月 |
| 主な対象 | 潮上帯付近のハネカクシ類 |
| 方法 | 漂着海藻と砂を網かごに入れ、落下した甲虫を採集。周辺の植物の根際も調査 |
| 記録 | 種名、採集地、採集日、個体数、調査に費やした時間など |
| 標本 | 九州大学総合研究博物館に保管すると記載 |
※ 調査全体の期間は2017年4~9月ですが、原論文の表1に掲載されている採集日は4~6月です。
方法まで読むと、「海岸で13種が確認された」という結果が、海岸のどこを、どう探して得られたものなのか分かります。13種は原論文の表1にまとめられたハネカクシ類の数であり、海岸にいる昆虫すべての種数ではありません。論文には、別枠で他の甲虫や、偶然得られたと考えられる種の記録もあります。
個体数は、調べた時間と合わせて読む
原論文の表1には、海岸ごとの種数と個体数に加えて、調査に費やした延べ時間も記されています。二見ヶ浦海岸では190分で30個体、神湊海岸では100分で176個体が得られました。また、60分当たりに換算した採集個体数も示されています。
| 海岸 | 調査日(2017年) | ハネカクシ類の採集個体数 | 調査に費やした延べ時間 | 60分当たりの採集個体数 |
|---|---|---|---|---|
| 二見ヶ浦海岸 | 5月3・11・16・22・30日、6月15日 | 30個体 | 190分 | 9.5個体 |
| 神湊海岸 | 4月21日、6月9日 | 176個体 | 100分 | 105.6個体 |
調べた時間が違う場合、採れた個体数だけでは比べにくくなります。60分当たりの値に直すと、調査時間の違いを考慮して採集結果を比べられます。ただし、これは海岸の面積当たりの個体密度を示す値ではありません。
表を見ると、調査した日や回数も異なっています。時間当たりの値だけで、どちらの海岸に多くのハネカクシが暮らしているかを決めず、漂着海藻の量や状態、調査時期なども合わせて考慮する必要があります。
見つかった状況と、そこから考えた理由を分ける
調査では、表面が少し乾いていても内部に水分が残る、適度に湿った海藻の下から、多くの種と個体が確認されました。一方、水がしたたるほど湿った海藻や、乾燥しすぎた海藻の下では、ほとんど確認されなかったと報告されています。
二見ヶ浦海岸で、調査時間に対して採集個体数が少なかった理由について、著者らは、漂着海藻が少なかったことや、礫浜で乾燥しやすいことを可能性として挙げています。また、清掃によって漂着物が取り除かれることもあったと記されています。ただし、これらがそれぞれどの程度影響したかを、この調査だけで切り分けたわけではありません。
| 論文で報告されたこと | 読み取るときの区別 |
|---|---|
| 二見ヶ浦海岸では、調査時間に対する採集個体数が少なかった | 調査で得られた結果 |
| 漂着海藻の少なさや、礫浜で乾燥しやすいことが、理由の候補として挙げられた | 結果を説明するための著者らの考察 |
「何が分かったか」と「なぜそうなったと考えるか」は、分けて考えます。



理由をさらに確かめるなら、海藻の湿り具合や量、調査時期など、何をそろえて比べればよいでしょうか。調査報告は、動物の名前を知る資料であると同時に、次の問いを見つける手掛かりにもなります。
名前を確かめた標本も、記録を支えている
採集した甲虫は、外見だけですべての種を判別できたわけではありません。この調査では、一部のハネカクシについて、解剖して雄の交尾器や雌の受精嚢を確認し、種を同定しています。また、アバタウミベハネカクシ属については、別の専門家に同定を依頼しました。この研究に使われた標本は、九州大学総合研究博物館に保管されています。
採集地や日付の情報と、同定に使った実物の標本が結び付くことで、報告された種名の根拠をたどれます。身近な海岸の動物相についての知識も、こうした採集・同定・記録の積み重ねによってつくられています。


「見つからなかった」は、何を意味する?


一覧に名前がないときは、その理由を確かめます。調べていないのか、探したけれど確認できなかったのか、名前がまだ決まっていないのかで、「見つからなかった」記録の意味が違います。
調べていない・見つからない・名前が決まらない
対象として探したものを確認できなかった場合は、「未検出」です。標本や写真を得たものの種まで決められなければ、「同定未確定」として扱います。名前のない記録と、動物そのものを確認していない記録は、分けて残します。
動物がいても、調査で毎回見つかるとは限りません。MacKenzieらの2002年の研究は、複数の地点をそれぞれ繰り返し調べた記録から、検出の不完全さを考慮しながら、生息地点の割合を推定する方法を示しました。
未検出の記録も、条件が明確なら分析に使えます。ただし、この方法には、各地点で調査期間中に生息の有無が変わらないことや、対象種がいない地点で「いた」と誤って記録しないことなどの仮定があります。繰り返し観察するだけで、不在を判断できるわけではありません。



一覧に空欄があるときも、全部「いない」を意味するわけではありませんね。



ええ。理由が分からない空欄は、分からないまま残しましょう。確かめていないことを結論に変えない、それも丁寧な整理です。
昔より記録が増えても、動物が増えたとは限らない
八丈島の報告は、今回の調査によって、周辺海域で知られるヒドロ虫類の記録が増えたと述べています。これは知見が増えたという成果です。その種が最近この海域へ入ってきたことを、記録の増加だけで示すものではありません。
過去と現在の一覧を比べる前には、調べた範囲、季節、方法、時間、回数を確認します。調べ方による見つけやすさの違いと、生息状況の変化を区別するためです。



八丈島の調査成果と、不検出の解釈を分けて整理した表です。
| 記録・状況 | 言えること | この記録だけでは言えないこと |
|---|---|---|
| 標本から31種を同定 | 対象群について、当時31種が同定された | 地域の動物は全部で31種 |
| 報告に種名がない | その報告には掲載されていない | 地域に存在しない |
| 過去より知られる種が増えた | 記録・知見が増えた | 生息する種が同じだけ増えた |
| 一回の観察で見つからない | その条件では確認できなかった | 地域から消失した |
一覧の差は、自然の変化を考える出発点になります。結論を出す前に、確かめ方の差も読む必要があります。


身近な動物を観察して、日時や場所を記録しよう


出典: iNaturalist – ニホンアマガエル Dryophytes japonicus(hyunkim969)
海底の標本調査と身近な公園での観察では、方法も対象も違います。それでも、結果とともに確かめ方を残すという考え方は、身近な記録にも使えます。
場所・対象・観察時間を先に決める
最初は、立入り可能な園路の一部や庭の一角など、小さな範囲を選ぶことをおすすめします。対象も「園路から見える鳥」「花に来た昆虫」のように絞ってみましょう。
10~15分ほどを一回の目安にしてもよいでしょう。これは始めやすさのための提案で、その時間で動物相を十分に調べられるという意味ではありません。開始・終了時刻と、歩いた範囲を残します。
施設の利用規則に従い、通行できる場所から観察します。動物を追い回したり、水辺へ降りたりする必要はありません。採集をせず、見聞きしたことを残すところから始めます。
分からなかったことも、次の観察につながる
種名が決まらなくても、写真や特徴のメモを残せます。体の色や模様、動き、いた場所などを書き、名前の欄には「鳥類・種未同定」のように記入します。推測で種名を埋める必要はありません。
| 観察記録の項目 | 記入欄 |
|---|---|
| 日付・開始時刻・終了時刻 | |
| 場所の範囲・観察ルート | |
| 対象にした動物群 | |
| 方法・天候・観察者 | |
| 確認したもの | |
| 写真・音声・メモの番号 | |
| 同定未確定事項 | |
| 事前に探すと決めた対象と、確認できたか | |
| 調べなかった範囲・対象 |
日時・場所に加えて方法や調査時間を残す考え方は、調査条件を伴うデータの整理に沿っています。
「確認できなかったもの」には、あらかじめ探すと決めた対象の結果を残します。そもそも対象にしなかったものは未調査です。この二つを分けておくと、次に読み返したとき、何を確かめたのかが分かります。
小さな記録でも、条件が残っていれば、前回と何が違ったかを考えられます。名前が分からなかったものも、次に見るべき点を残せば、観察はそこで終わりません。
種名の向こうにある、観察や調査の記録
ファウナを知る入口は、その場所の動物の種類を確かめ、記録を集めることです。一覧に地域・期間・対象・方法が添えられていれば、調査で何が分かり、何をまだ調べていないのかも読み取れます。



一匹の名前を知ることと、土地の動物たちを知ることは、記録を通してつながっています。同じ場所を別の季節に、同じ方法で見たらどうなるでしょう。次に調べた名前の隣には、見つけた場所と時刻も残しておきましょう。


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ブログ記事より少し踏み込んだ内容も追加されていますよ




参考・引用文献
ファウナとは?――動物相という見方
- 小学館『デジタル大辞泉』 ‐ 動物相[コトバンク掲載]
- 小学館『日本大百科全書(ニッポニカ)』・谷田一三 ‐ ファウナ[コトバンク掲載]
- 小学館『日本大百科全書(ニッポニカ)』・谷田一三 ‐ 生物相[コトバンク掲載]
- 生物多様性条約事務局 ‐ Article 2. Use of Terms
- MarLIN ‐ Identifying species and ecosystem sensitivities:Appendix 4, General glossary(2001年)
一つの個体から、その場所の動物たちにも目を向けよう
ファウナを調べる①:八丈島の海で同定された31種
- 並河洋(2011)「Preliminary Report on Marine Thecate Hydrozoans Collected in 2007–2009 around Hachijōjima Island during Dredge Surveys by R/V Takunan」『国立科学博物館専報』47:21–24
- GBIF「Introduction to sampling-event data」
ファウナを調べる②:海岸の海藻の下から見つかったハネカクシ
九州大学総合研究博物館・川原恵子・城戸克弥・丸山宗利 ‐ 福岡県玄界灘海岸で採集されたハネカクシ科甲虫『九州大学総合研究博物館研究報告』15–16:17–30(2018年)
「見つからなかった」は、何を意味する?
- MacKenzie, D. I.ほか(2002)「Estimating Site Occupancy Rates When Detection Probabilities Are Less Than One」Ecology 83(8):2248–2255
- 並河洋(2011)「Preliminary Report on Marine Thecate Hydrozoans Collected in 2007–2009 around Hachijōjima Island during Dredge Surveys by R/V Takunan」『国立科学博物館専報』47:21–24
- GBIF「Introduction to sampling-event data」

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