暗黒と高圧が支配する深海で、生き物たちはなぜ奇想天外な異形の姿へと進化したのでしょうか。マリンスノーを待つ静寂、巨大な死が数十年命を支えるホエールフォール、そして日周鉛直移動の躍動…。極限環境で見出された適応の最適解と多様な生存戦略を知ることは、変化の激しい現代を生き抜く私たちに、新たな視点と生命への豊かな気づきをもたらします。

記事のアイキャッチ画像はJAMSTECの深海映像・画像アーカイブスからのテヅルモヅル科(Gorgonocephalidae)のなかまです。
出典はこちら👉️JAMSTEC『深海映像・画像アーカイブス 画像ID :HPD0907OUT0031 テヅルモヅル科』(2008年9月29日)


深海の定義と探査手法 ― 未知の領域へのアプローチ
地球には「最後のフロンティア」と呼ばれる場所が残されています。それが、私たちの足元に広がる広大な「深海」です。
海面近くの青く輝く世界とは異なり、そこは永遠の闇と静寂、そして強烈な水圧が支配する異界です。しかし、そこは決して死の世界ではありません。これからご紹介する奇想天外な生き物たちが、なぜあのような異形の姿をしているのか。



奇想天外な深海の神秘を覗いていきましょう!
深海とはどのような世界か ― 光と温度が描く境界線
海洋学において、一般的に水深200mより深い海域を「深海」と呼びます。なぜ200mなのかというと、ここが「植物プランクトンが光合成できる限界」だからです。



つまり、この水深200mのラインを境に、それより下は「光合成する植物が育たない世界」が広がっているということですね!


出典:農林水産省 ‐ 実は身近な地球最後のフロンティア”深海”(2020年8月)
深海はさらに、光の届き具合によって大きく2つの世界に分けられます。
- 薄明層(トワイライトゾーン): 水深200m~1,000m付近。わずかに光は届きますが、光合成には足りません。夕暮れ時のような薄暗い世界で、多くの深海魚がここを拠点にしています。
- 無光層(ミッドナイトゾーン): 水深1,000m以深。太陽の光が完全に途絶えた漆黒の世界です。



深海には、「暗黒・低温・高圧」という三重苦が存在します。
特に無光層ともなると、水温は多くの海域で2℃~4℃と家庭用冷蔵庫の中と同じくらい冷たく一定です。さらに、水圧は水深10mごとに約1気圧ずつ増え、水深6,500mでは約660気圧にもなります。
これは、指先に力士が4人乗っているのと同じくらいの凄まじい力です。この過酷な環境条件こそが、独自の進化を生み出す要因なのです。



地球上の海の体積の約95%は深海です。つまり、私たちが普段目にし、海水浴などを楽しんでいる「海」は、実はほんの薄皮一枚の部分に過ぎないのです。
深海を調べるための最新手法 ― 砂漠から宝庫へ
かつて深海は、冷たく暗い、生物がほとんどいない「暗黒の砂漠」だと考えられていました。しかし、その常識を覆したのが、科学技術の進化と研究者たちの情熱です。


出典:Japan Prize ‐ 2013 Japan Prize受賞者
特に、アメリカの海洋生物学者J.F.グラッスル博士らは、1960~70年代にかけて深海の泥を丁寧に調べることで、そこには熱帯雨林にも匹敵するような高い生物多様性があることを突き止めました。この発見が、現代の深海生物学の大きな転換点となり、深海は「砂漠」から「宝庫」へと認識が一変したのです。
現在では、主に3つの手法で調査が行われています。
- 有人潜水調査船(しんかい6500など)
研究者が直接深海へ潜り、人間の目で観察し、ロボットアームで繊細な作業を行います。日本の「しんかい6500」は世界トップクラスの性能を誇り、数々の新種発見に貢献してきました。 - 無人探査機(ROV/AUV):
人が行けない危険な場所や、長時間の映像記録に活躍します。特に最新の「自律型無人探査機(AUV)」は、ケーブルなしで自由に泳ぎ回り、自動で地図を作ったりデータを集めたりする頼もしいロボットです。 - 環境DNA(eDNA)技術:
これは「バケツ一杯の水」から生物を探る最新技術です。海水に含まれる微量のDNAを分析するだけで、「そこにどのような生き物がいるか」を特定できます。姿を見せない臆病な生物や、ダイオウイカのような巨大生物の存在も、この技術で捉えられるようになっています。


出典:有人潜水調査船 しんかい6500 システム
かつては「不毛の地」と考えられていましたが、潜水船やDNA解析などの技術革新により、深海には実は豊かな生態系が広がっていることが分かってきたのです。
深海探査のテクノロジーに興味がある人には、こちらもおすすめ👇️


化学合成生態系を支える生き物たち ― 熱と毒に適応した変異者
1977年、アメリカの潜水調査船「アルヴィン」がガラパゴス沖の水深約2500メートルの海底で、予想だにしなかった光景を目撃しました。そこには猛毒である硫化水素を含む熱水が噴き出す「熱水噴出孔」とその周辺に、チューブワームや巨大な二枚貝が群がる豊かな生態系が広がっていたのです。
この発見は、海洋科学における20世紀最大の発見の一つとされています。


出典:JAMSTEC ‐ スケーリーフットがいっぱい!深海のふしぎな巻貝の大群集
発見!(2009年11月30日)
ここで食物連鎖の土台を支えるのは、目に見えないほど小さな「化学合成細菌(バクテリア)」たちです。



深海の「熱水噴出孔」の周りには、地球内部から吹き出る化学物質(硫化水素、メタン、水素、鉄、マンガンなど)から有機物を合成する、つまりはそれらをエネルギー源として利用できる細菌(バクテリア)がいるのです。
深海の生き物たちは、このバクテリアと体を合体させたり、体表で飼育したりすることで、太陽のない世界での繁栄を手にしました。この不思議な楽園「化学合成生態系」の代表的な生き物を見ていきましょう。
チューブワーム(ガラパゴスハオリムシ / Riftia pachyptila)


出典:WIKIMEDIA COMMONS – Expl6563 (9664056402) (expl6563)
チューブワームは、熱水噴出孔の象徴とも言える、白い筒から赤い花が咲いたような巨大な筒状の生き物です。



チューブワームは「環形動物門(Annelida)」の生き物です。ミミズやゴカイもここに分類されます。
チューブワームの最大の特徴は、「口も消化管も持っていない」ことです。体内の大半を占める「栄養体」という臓器に数億もの化学合成細菌を住まわせ、先端の赤いエラから取り込んだ硫化水素を与えて養ってもらう、完全な共生生活を送っています。
特に、ガラパゴスハオリムシ(Riftia pachyptila )の成長速度は極めて速く、何も食べないまま2年足らずで1.5メートル以上に達します。



他のチューブワームは1年で1cm未満しか伸びないことも珍しくありません。
リミカリス(オハラエビの仲間 / Rimicaris 属)


出典:JAMSTEC ‐ 熱水・湧水域にいる特異な生物
リミカリス(オハラエビの仲間 / Rimicaris 属)は深海の熱水噴出孔周辺で、足の踏み場もないほど密集して暮らすエビです。



リミカリス属の代表的な主として以下の4種が知られています。
- フクレツノナシオハラエビ(Rimicaris exoculata ):大西洋中央海嶺
- カイレイツノナシオハラエビ(カイレイオハラエビ Rimicaris kairei ):インド洋(中央海嶺など)
- リミカリス・ハイビサエ(Rimicaris hybisae ):カリブ海(ケイマン海溝など)
- リミカリス・チェイセイ(Rimicaris chacei ):大西洋中央海嶺


出典:WIKIMEDIA COMMONS – Rimicaris exoculata (MNHN-IU-2014-22822)(Muséum national d’histoire naturelle)
通常の目は退化していますが、背中に巨大な光センサー(背上眼)を持ち、熱水から出る微弱な光を感じ取ることができます。頭の甲羅の内側には化学合成細菌をびっしりと「栽培」しており、熱水と海水を行き来して細菌に栄養を与え、育った細菌を食べるという「背中に農園を持つエビ」です。
ゴエモンコシオリエビ( Shinkaia crosnieri )


出典:JAMSTEC ‐ ゴエモンコシオリエビは、毛の細菌を食べて栄養分をもらう!世界で初めて実験で実証!(2014年10月14日)
ゴエモンコシオリエビ(Shinkaia crosnieri )は、日本の沖縄トラフで発見されました。「ゴエモン…」という和名からは、ぐらぐら釜茹でにされているかのような熱水環境に居ることが想像できます。
目は退化して見えませんが、胸に生えたフサフサの剛毛でバクテリアを大量に「栽培」しています。その菌を脚でかき集めて口に運ぶ姿は、まるで踊っているようです。
リミカリス同様、自らの体の毛で共生細菌を生育する「深海の農夫」として、自給自足の生活を送っています。


出典:JAMSTEC ‐ ゴエモンコシオリエビは、毛の細菌を食べて栄養分をもらう!世界で初めて実験で実証!(2014年10月14日)



ゴエモンコシオリエビは大泥棒ではなくて、農家なのですね!
ユノハナガニ( Gandalfus yunohana )


出典:JAMSTEC ‐ 熱水・湧水域にいる特異な生物
ユノハナガニ( Gandalfus yunohana )は、ゴエモンコシオリエビと同じ熱水域に生息しますが、こちらは農夫ではなく「ハンター」です。
和名の由来は温泉の「湯の花」で、その名の通り全身が真っ白です。目は退化していますが、優れた化学センサー(嗅覚)で獲物を探知し、他のエビや貝類を襲って食べます。


出典:東京大学 ‐ ユノハナガニAustinograea yunohana
農耕生活を選んだゴエモンコシオリエビと、捕食生活を選んだユノハナガニ…。同じ環境でも異なる進化の道があることを示しています。



分類上、ゴエモンコシオリエビは名前に反してヤドカリの仲間であり、一番後ろの脚が小さく隠れているため、歩く脚は3対しか見えません。 一方、ユノハナガニは分類学的にも正真正銘のカニで、ハサミ脚の他に4対の歩行脚がしっかり確認できるという違いがあります。
分類学に興味がある人には、こちらもおすすめ👇️
ポンペイワーム( Alvinella pompejana )


出典:MBARI ‐ Pompeii worm
「世界で最も熱い場所に住む動物」として知られ、80℃近い熱水のすぐそばに巣を作ります。
背中を覆うフサフサした毛のようなものは共生バクテリアのコロニーであり、さらにこれが断熱コートの役割を果たして極熱から身を守っています。頭を外の冷水に出し、尻尾を熱水側に向けて暮らす、まさに極限環境の適応者です。


出典: PLOS ‐ Characterization and Function of the First Antibiotic Isolated from a Vent Organism: The Extremophile Metazoan Alvinella pompejana(2014年4月28日)



ポンペイワーム( Alvinella pompejana )の属名「Alvinella」は初めて深海の化学合成生態系を発見したアメリカの有人潜水艦アルビン号に因んだもの、種名「pompejana」は西暦79年のヴェスヴィオ火山の噴火によって、火山灰の下に埋もれた古代ローマの都市「ポンペイ(Pompeii)」に由来します。
スケーリーフット(ウロコフネタマガイ / Chrysomallon squamiferum)


出典:JAMSTEC ‐ スケーリーフット研究小史(2020年4月8日)
スケーリーフットは、足(腹足)が黒い硫化鉄のウロコで覆われた、世界で唯一「体の一部が本物の金属でできている」多細胞生物です。この鉄の鎧は、捕食者からの防御だけでなく、体内の有毒な硫黄を排出する「デトックス」の過程で、海水中の鉄と反応して自然にできたものだと考えられています。



スケーリーフットの色は、住んでいる熱水に含まれる鉄分の量で決まります。鉄分が豊富な場所では、体から出る硫黄と鉄が反応して黒い鉄の鎧になりますが、鉄が少ない場所では反応が起きず、本来の白い姿のままになります。
環境に適応するため、環境そのものを身にまとうかのような進化を遂げた奇跡の巻貝です。
シンカイヒバリガイ( Bathymodiolus )


出典:Semantic Scholar ‐ A new species of Bathymodiolus (Bivalvia: Mytilidae) from hydrothermal vent communities in the Manus Basin, Papua New Guinea
シンカイヒバリガイは、熱水噴出孔や冷水湧出帯に生息する二枚貝で、エラの細胞内に細菌を住まわせています。


出典:JAMSTEC ‐ 二枚貝類が鰓(エラ)からマイクロプラスチックを取り込むことを確認~貪食作用により細胞へ取り込む新たな汚染経路~(2022年10月26日)
シンカイヒバリガイの凄いところは、環境に合わせて共生関係をコントロールする「管理能力」です。栄養(ガス)が豊富な時は菌を維持し、不足すると菌を消化して自分の栄養にしてしまうという、柔軟でしたたかな生存戦略を持っています。
J2022年のJAMSTECの研究では、共生細菌に頼り餌をほとんど食べない深海性のシンカイヒバリガイ(および浅海性のミドリイガイ)が、体表(鰓)からの貪食作用※によってマイクロプラスチック※を細胞内に取り込んでしまうことが初めて証明されました。これにより、摂食を行わない生物や深海の生態系でも、従来の想定以上にプラスチック汚染のリスクがあることが示されました。
※貪食作用(食作用 phagocytosis):細胞が、細菌や異物を自分の膜で包み込んで体内に取り込むこと。「細胞が食べる」という意味で、アメーバの食事や、白血球が病原菌を退治する時などに見られる基本的な機能。
※マイクロプラスチック:直径5mm以下の微細なプラスチックごみのこと。海に流れ出たプラ製品が波や紫外線で砕けて発生し、自然界では半永久的に分解されずに残り続ける。



マイクロプラスチック汚染が、深海にまで…


出典:JAMSTEC ‐ 「プラスチックをさらに知ること」と「協力の環」を広げること
深海の化学合成生態系についてもっと知りたい人には、こちらもおすすめ👇️


マリンスノー基盤の生態系 ― 表層から降り注ぐ「生命の雨」


出典:WIKIMEDIA COMMONS – Marine snow
前の章でご紹介した「熱水噴出孔」は、深海における賑やかなオアシスでしたが、実は深海の99%以上は、そのようなエネルギー源を持たない広大な泥の平原です。ここに住む生き物たちの命を繋いでいるのは、はるか上空、太陽の光が降り注ぐ海面近くから落ちてくる「マリンスノー(海雪)」と呼ばれる白い粒子です。
植物プランクトンや動物プランクトンの死骸、魚の排泄物などが集まって沈んでいくこの粒子。深海底に届く量は、年間で1平方メートルあたりわずか0.5~2グラム程度(スプーン一杯分ほど)と言われています。このわずかな「天からの贈り物」が、暗黒の世界のほぼ全ての生物を支える、命の綱なのです。
それでは、マリンスノーに頼る極限の省エネ生活を送る生き物たちをご紹介しましょう。
マリンスノーとは ― 深海を支える「有機物の雪」
マリンスノーには、表層の炭素(二酸化炭素を取り込んだプランクトンの体など)を深海へ運び、閉じ込めるという「生物ポンプ」※の役割を果たしています。つまり、マリンスノーは深海の生き物を養うだけでなく、地球温暖化を抑制する壮大なシステムの一部でもあるのです。


出典:JAMSTEC ‐ マリンスノーの浮遊・沈降に影響する細胞外ポリマー物質の役割(2024年4月22日)
生物ポンプ(Biological Pump)🌊 ♻️
海の表層で植物プランクトンが光合成によって二酸化炭素を取り込み、食物連鎖を通じて糞や死骸(マリンスノー)となって深海へ沈んでいく一連の流れを「生物ポンプ」と呼びます。単に物が沈むだけでなく、動物が深く潜って排泄したり、海水の循環が関わったりと、複数のプロセスが複雑に連携しています。
この仕組みによって、毎年膨大な量の炭素が深海へ運ばれて数百年以上閉じ込められるため、地球温暖化を和らげる「巨大な緩衝材」として働いています。同時に、光の届かない深海に貴重な栄養を「マリンスノー」として降り注がせることで、深海の生態系を支える生命線としての役割も担っています。


出典:JAMSTEC ‐ 海中の“酸素の動き”から“炭素の動き”を解き明かす―生物による海洋二酸化炭素吸収量の新たな評価―(2024年12月16日)
参考・引用
Woods Hole Oceanographic Institution ‐ Ocean Topic: Biological Carbon Pump
NASA ‐ Quantifying the Ocean’s Biological Pump and Its Carbon Cycle Impacts on Global Scales
UNESCO ‐ The state of the science for Marine Carbon Dioxide Removal
ユメナマコ (Enypniastes eximia )


出典:NOAA ‐ A swimming translucent purple holothurian – Enypniastes eximia or perhaps Benthodytes sp.
ユメナマコは水深500~6,000mの深海に分布するクラゲナマコ科の生き物(浮遊性のナマコ)です。全長は最大25cm程度で、背面の鰭を羽ばたかせて海中を遊泳する「半遊泳生活」を送ります。
食事の時だけ海底に短時間着地してマリンスノーや砂泥を取り込み、捕食者からの圧力に対応した独特の摂食戦略を持ちます。体表には多数の発光器があり、機械的刺激で青~青緑色に強く発光する能力を持っており、暗闇で捕食者を驚かせると考えられています。
さらに襲われた際には、光る皮膚を粘液と共に剥がして敵に押し付けながら自分は透明になって逃げるという、高度な「捨て身の防御」を行います。このように浮遊と着底を使い分けることで、深海の物質循環や捕食網に重要な役割を果たしています。



優雅な和名とは裏腹に、英語圏では「Headless Chicken Monster(首なしニワトリの怪物)」という、ちょっとホラーな名前で呼ばれることもあります。
オオグソクムシ (Bathynomus doederleinii )


出典:WIKIMEDIA COMMONS – Bathynomus doederleinii ( Daiju Azuma )
ダンゴムシを巨大化させたような姿で、水族館でも人気のオオグソクムシ。「深海の掃除屋(スカベンジャー)」としても知られ、落ちてくる魚の死骸やマリンスノーの塊をひたすら待ち続けています。
最大の特徴は、驚異的な「省エネ戦略」で、いつありつけるか分からない食事のときまで生き延びるため、代謝を極限まで落としています。2023年の長崎大学の研究により、オオグソクムシは1度の食事で自身の体重の45%もの食料を摂取でき、一回の食事から約6年分のエネルギーを獲得できることが解明されました。
三重県の鳥羽水族館では、飼育されていた個体(通称No.1)が、なんと5年と43日もの間、何も食べずに生き続けたという伝説的な記録が残っています。



オオグソクムシは機会があれば落下してくる死骸(魚や海洋哺乳類の脂肪など)を丸ごと大量に摂取することが観察され、一度の大食で長期間のエネルギーを蓄える「一撃必食」型の摂餌戦略が明らかになっています。
オオグチボヤ(Megalodicopia hians )


出典:aquamarine Fukushima ‐ 深海生物 オオグチボヤ展示(2019年6月28日)
オオグチボヤ(大口海鞘 Megalodicopia hians )は、富山湾や相模湾など、日本近海の深海にも生息する、まるでパックマンのような巨大な口を持つホヤの仲間です。一般的なホヤが海水をろ過して微小なプランクトンを食べるのに対し、彼らは餌の少ない環境に適応するため、流れてくるマリンスノーや小動物を丸ごと飲み込む「肉食性」へと進化しました。



見た目が面白いのでここで紹介しますが、オオグチボヤはマリンスノー以外(小型の動物プランクトンや甲殻類など)も食べます。
大きく開いた口は、実は海水を吸い込む穴(入水孔)が巨大化したもので、獲物が入ると数秒でパクりと口を閉じます。そのユーモラスな見た目とは裏腹に、確実に獲物を仕留めるためにじっと待ち続ける、深海の待ち伏せハンターです。
表層と深海の意外なリンク ― 季節を感じる深海


出典:JPGUスーパーレッスン(JAMSTEC) ‐ マリンスノー研究への応用(2023年)



「深海は変化のない世界」だと思われがちですが、実はここにも「季節」があります。
春になり、海面付近で太陽の光を浴びて植物プランクトンが爆発的に増える(ブルーム)と、しばらくして深海に降るマリンスノーの量も急増します。逆に冬になれば供給量は減ります。


出典:JAMSTEC ‐ 北極海のホープ海底谷が、天然の栄養貯蔵庫となって生き物を支えていた!(2016年4月29日)


出典:JAMSTEC ‐ 北極海のホープ海底谷が、天然の栄養貯蔵庫となって生き物を支えていた!(2016年4月29日)
何千メートルも離れた暗闇の住人たちは、頭上から降ってくるマリンスノーの量で、地上の春の訪れなどを感じ取っています。表層と深海は、「食」という太いパイプで密接に繋がっており、お互いに影響を与え合っているのです。


ホエールフォール ― 数十年継続する「移動する楽園」


出典:JAMSTEC ‐ 大西洋で、世界最深の鯨骨生物群集を発見!(2016年2月24日)
ごく稀に、数トンから数十トンもの巨大な食料の塊が、暗黒の深海にドスンと舞い降りることがあります。これらの正体は、主にクジラなど大型の生き物の死骸です。
「ホエールフォール(鯨骨生物群集)」と呼ばれるこの現象は、栄養が極端に少ない深海に突然現れる「超巨大なオアシス」となります。
驚くべきことに、1頭のクジラがもたらす栄養は、その場所に降るマリンスノーの2000年分にも匹敵すると言われています。このたった一度の「落下」が、数十年にもわたって数多の命を支え続ける、深海ならではの壮大なドラマの幕開けとなるのです。
4つのステージで進む「死後の物語」
クジラが海底に到着すると、そこは単なる餌場ではなく、時間の経過とともに住人が入れ替わる一つの「街」へと変貌します。JAMSTECなどの研究では、このプロセスを4つのステージに分類しています。



ゴールドラッシュで何もなかった場所に街ができて、金が取れなくなるにつれて寂れていくのに似ていますね…
- 移動性捕食期(大宴会の始まり): まず、サメやヌタウナギ、ダイオウグソクムシなどの嗅覚の鋭い肉食者が集まり、肉を数ヶ月から数年かけて食べ尽くします。
- 富栄養化期(おこぼれを狙う者たち): 骨や周囲の泥に残った有機物を求めて、小さなカニやゴカイ、貝類が密集します。
- 硫化親和期(究極の化学合成): 骨の内部で脂質が分解されて硫化水素が発生します。これをエネルギー源とする化学合成細菌と、それを利用する動物たちが集まり、数十年続きます。
- 懸濁物食期(岩礁としての余生): 有機物が分解され尽くした後も、残った骨は「岩礁」となり、イソギンチャクなどが付着して暮らす足場となります。


出典:JAMSTEC ‐ 大西洋で、世界最深の鯨骨生物群集を発見!(2016年2月24日)
ヌタウナギ (Myxinidae)


出典:JAMSTEC ‐ ヌタウナギ科 画像ID : HPD0363OUT0003
クジラが沈んで最初にやってくるのが、原始的な魚類であるヌタウナギたちです。ヌタウナギは顎を持ちませんが、鋭い歯のついた舌で肉を削り取るように食べます。


出典:理化学研究所 ‐ ヌタウナギが明らかにする脊椎動物のゲノム進化-脊椎動物進化の大イベント「全ゲノム重複」の時期を特定-(2024年1月29日)
単に肉を食べるだけではありません。分厚いクジラの皮膚に穴を開け、内部を食い荒らすことで、後から来る小さな生物たちが骨にアクセスしやすくなるのです。
このように深海の分解プロセスを加速させる「切り込み隊長」のような存在と言えるでしょう。



よく比較される、同じ円口類の「ヤツメウナギ」(下の写真はウミヤツメ Petromyzon marinus )の口はこちら👇️


出典:Petromyzon marinus.001 – Aquarium Finisterrae
ダイオウグソクムシ(Bathynomus giganteus )


出典:沼津港深海水族館 ‐ 深海生物 ダイオウグソクムシ
ヌタウナギと共にこの饗宴に加わるのが、世界最大のダンゴムシの仲間、ダイオウグソクムシです。普段は代謝を極限まで下げ、数年間何も食べなくても生きられる驚異のエネルギー効率を持っていますが、クジラのようなご馳走が落ちてくれば、貪欲に食らいつきます。



生きるためのエネルギーの節約術もさることながら、チャンスが有れば一気に「食いだめ」できるのですね!
💡ダイオウグソクムシとオオグソクムシの違い
「深海の掃除屋」として知られるグソクムシの仲間ですが、実はオオグソクムシとダイオウグソクムシは全くの別種です。最大の違いはその大きさで、ダイオウグソクムシは体重がオオグソクムシの数十倍に達することもあります。



岐阜県各務原市の「アクア・トトぎふ」では、2018年にオオグソクムシとダイオウグソクムシを同一の水槽での展示に成功しています👇️


出典:世界淡水魚園水族館 アクア・トト ぎふ ‐ ダイオウグソクムシとオオグソクムシ(2018年11月1日)
代謝速度も異なり、ダイオウグソクムシの方がより代謝が遅く、深海の極限環境への適応が進んでいると考えられています。両者の見分け方や生息地の違いを、以下の表で確認してみましょう。
| ダイオウグソクムシ (Bathynomus giganteus ) | オオグソクムシ (Bathynomus doederleini ) | |
|---|---|---|
| 生息地 | メキシコ湾や西大西洋など (日本の海にはいません) | 日本近海の深海(駿河湾など) |
| 大きさ | 最大50cmにもなる世界最大種 | 10〜15cmほど |
| 違い | 尻尾(腹尾節)の先端が丸い | 尻尾(腹尾節)の先端が尖っている(3つの棘がある) |



オオグソクムシは焼くとエビのように美味しいそうですよ
ホネクイハナムシ(Osedax )


出典:JAMSTEC ‐ 鯨の骨を”喰う”動物
肉が完全になくなった骨だけの状態になっても、この宴は終わりません。骨に根を張り、赤やピンクの美しい花を咲かせたような姿でびっしりと群生するのがホネクイハナムシ(Osedax 属)です。
2004年に正式に記載されたこの生き物は、その名の通り「骨を食べる」のですが、口も胃もありません。植物の根のような「栄養体」から酸を出して骨を溶かし、共生しているバクテリアに骨の中の脂質(油)を栄養に変えてもらっているのです。


出典:JAMSTEC ‐ 今週の一枚 海と地球のフォトギャラリー 世界最深のホネクイハナムシ



ホネクイハナムシの写真で目にする花のような赤い大きなエラを持つ姿は、実はすべてメスです。
ではオスはどこにいるのかというと、なんとメスの体の中に、幼生の姿から変態はするものの大きく成長せず、顕微鏡サイズで暮らしているのです(矮雄:わいゆう)。生まれたばかりの幼生は、メスの体に着生すると成長を止めて精子を提供するだけの極小のオスになり、骨に着生するとメスになって大きく成長します。
一匹のメスの中に、100匹以上のオスが住み着いていることもあります。広大な深海でパートナーと巡り合うのは至難の業。出会った瞬間に一生離れないこのスタイルを選んだのかもしれません。


出典:JAMSTEC ‐ 鯨の骨を”喰う”動物 Bone-eating marine worms
※赤い大きなエラを持つ個体は全てメスで,オス(黄丸)は卵(赤丸)からほとんど成長せ
ず,メスに付着して暮らしています



同じような生殖戦略(矮雄・極端な性的二型※)を持つ他の生き物として、チョウチンアンコウ類やボネリムシ(海産無脊椎動物)、アオイガイ(カイダコ)などが挙げられます。
性的二型🦚
性的二型(せいてきにけい、英語: sexual dimorphism)とは、同じ種類なのにオスとメスの見た目や大きさが大きく異なる現象です。代表的な例として、クジャクやキジのオスは羽が鮮やかで大きく、メスは地味な色をしています。
また、カブトムシではオスにだけ立派な角があり、メスにはありません。この違いは、オスどうしがメスをめぐって競争する「性選択」や、オスやメスがそれぞれ特定の役割に特化することで進化したと考えられています。
オスが派手になると「相手に見つけてもらいやすい」「強さをアピールできる」というメリットがありますが、逆に「捕食者に目立ちやすくなる」などのデメリットもあります。一方で、猛禽類や深海魚などではメスのほうが大きくなる「逆転型」もあり、環境や生存戦略によって多様なパターンが見られます。


出典:WIKIMEDIA COMMONS – Peacock.displaying.better


出典:WIKIMEDIA COMMONS – FemalePeacock 001
深海の「飛び石」としての役割 ― 命をつなぐステーション


出典:JAMSTEC ‐ 大西洋の深海で世界最深の鯨骨生物群集を発見:化学合成生物群集の分散と進化の謎を解く鍵~「しんかい6500」世界周航研究航海の成果~(2016年2月24日)
このクジラの遺骸には、もう一つ重要な役割があることが分かってきました。それは、遠く離れた生息地同士をつなぐ「飛び石(ステッピング・ストーン)」としての機能です。
熱水噴出孔のような特殊な環境は、広い深海に点在しており、移動能力の低い生物がそこへ辿り着くのは困難です。しかし、海底に点々と存在するクジラの遺骸が「中継地点」となることで、生物たちが世代を超えて旅をし、遺伝子を交流させることが可能になります。クジラの死は、広大な深海の生物多様性を守るための、「砂漠のオアシス」のような役割を果たしているのです。


日周鉛直移動(DVM)と深海の生き物 ― 昼と夜で異なる生活圏
これまで、上から落ちてくる餌を静かに待つ生き物たちを紹介してきましたが、深海にはもっとアクティブに、自ら餌を求めて旅をする者たちもいます。
静寂に包まれた深海のイメージとは裏腹に、実は毎晩、地球上で最大規模の「動物の大移動」が繰り広げられています。その規模は、アフリカのサバンナで見られるヌーの移動などを、重量(バイオマス)換算で遥かに凌ぐものです。
太陽が沈むと始まり、朝日とともに終わるこの壮大な「通勤ラッシュ」。それは、食欲と身の安全、そしてエネルギー効率を天秤にかけた、命がけの戦略なのです。
それでは、深海の住人たちが繰り広げる、上下方向への大冒険と、その巧みな生存戦略を見ていきましょう。
日周鉛直移動(DVM)とは ― 捕食回避と採食のトレードオフ
日周鉛直移動(DVM)※とは、深海の生き物が、夜になると餌の多い表層へ浮上し、朝になると再び深海(主に水深200m以深)へ戻っていく行動のことです。
日周鉛直移動(にっしゅうえんちょくいどう)🐟↕️


多くの深海生物は夜になると中深層から海面近くへ上がり、昼間は再び深海へ戻る「日周鉛直移動(Diel Vertical Migration)」を行います。
たとえば、オキアミやホタルイカは夜間に表層でプランクトンを食べ、昼は暗い深層に隠れて暮らします。これは「ディープ・スキャッタリング・レイヤー」として音響探査に映し出され、まるで海中に動く壁のように観測されます。
移動には捕食者に見つかるリスクや体力の消耗がありますが、餌の豊富な表層と安全な深層を使い分けられる利点の方が大きいのです。この習性は深海の食物網や炭素循環を理解するうえで重要であり、近年は音響観測やリモート操作潜水機(ROV)によって詳しく研究が進められています。
【海の垂直区分】
一般的に水深200メートルより深い海域が「深海」
- 表層 (epipelagic)200メートルより浅い場所
- 中深層 (mesopelagic)水深200 – 1,000メートル
- 漸深層 (bathypelagic)水深1,000 – 3,000メートル
- 深海層 (abyssopelagic)水深3,000 – 6,000メートル
- 超深海層 (hadopelagic)水深6,000メートル以より深い場所


出典:近畿大学 - なぜ生物は旅をするのか。海と川を回遊するウナギから生物の進化を垣間見る。(2019年8月)



なぜ、毎日こんな大変な移動をするのでしょうか?
表層は植物プランクトンなどの「ご馳走」が豊富ですが、昼間に行くと視覚の優れた捕食者に見つかってしまう危険な場所です。一方、深海は暗くて安全ですが、餌はほとんどありません。
そこで「昼は深海で身を守り、夜は闇に紛れて表層で食べる」という、リスク(捕食回避)とリターン(採食利得)のバランスを極限まで計算した生活スタイルを選んだのです。
エネルギー保存と成長戦略
この大移動の主役は、カイアシ類(コペポーダ)と呼ばれる小さな甲殻類や、ハダカイワシなどの小型魚類です。
彼らの移動には、単に敵から逃げるだけでなく、賢い「エネルギー保存戦略」も隠されています。
- 暖かい表層で食べる:
夜、暖かい表層で栄養価の高い餌をお腹いっぱい食べます。 - 冷たい深海で休む:
昼は、水温の低い深海へ潜ります。変温動物である彼らは、冷たい水の中にいると代謝が下がり、エネルギー消費を抑えることができます。
つまり、食べたエネルギーを無駄に使わず、効率よく「成長」や「繁殖」に回すために、あえて冷たい深海を寝室に選んでいるのです。低エネルギー環境で進化した彼らならではの、究極の省エネ術と言えるでしょう。



代表的な生き物をいくつか見てみましょう
カイアシ類 (Copepoda)


出典:WIKIMEDIA COMMONS – Aerjalgne(Janek Lass)
日周鉛直移動の最大の担い手は、体長わずか数ミリの微小な甲殻類・カイアシ類です。夜間に表層の植物プランクトンを食べるため、毎晩、自身の体長の数万倍もの距離(数百メートル)を泳ぎ、深海から上がります。



人間で言えば、毎晩フルマラソン数回分の距離を往復するほどの運動量です。
このカイアシ類の夜間移動が、それを追うサクラエビや魚たちの日周鉛直移動を引き起こし、深海全体の活発な流れを生み出しています。目に見えないこれらの微小生物こそが、深海生態系全体を動かす、最も重要な存在なのです。
サクラエビ (Lucensosergia lucens )


出典:WIKIMEDIA COMMONS – Sergia lucens by OpenCage
日本人にも馴染み深いサクラエビもまた、カイアシ類などを追って日周鉛直移動するハンターです。昼間は水深200~350mの暗闇に密集して潜んでいますが、日没とともに分散しながら水深20~50mの浅場まで一気に浮上します。
そして、長いヒゲ状の触角で周囲を探りながら、泳ぎが得意ではないプランクトンを効率よく捕食するのです。



駿河湾で夜間に行われるサクラエビ漁ができるのは、この日周鉛直移動する習性によるものです。


出典:焼津市観光協会 ‐ 貴重な海の恵み “桜えび”



日本でサクラエビ漁が許可されているのは駿河湾の大井川港と由比港しかないそうです!
しかし一方で、駿河湾のサクラエビ資源は近年不安定になりつつあり、深海生物保全の重要な事例として注目を集めています。
ハダカイワシ (Myctophidae)


出典:iNaturalist – イワハダカ Benthosema pterotum (divingsnake)
脊椎動物として地球上で最も数が多いとされるハダカイワシ(Myctophiformes 科の魚類)のなかまは、この大移動の最大勢力です。彼らが一斉に動く姿は、音波探知機に「偽の海底(ディープ・スキャッタリング・レイヤー)」として映るほど巨大な群れを形成します。



あまりのハダカイワシの大群の規模に、音波探知機には海底がそこにあるかのような反応が出てしまうのですね!
深海でじっと口を開けて待つ捕食者にとって、こうして毎晩行って帰ってくるハダカイワシたちは、確実に届く食事そのものです。しかし、ハダカイワシたちも捕食されまいと対策を講じています。
ハダカイワシの仲間は、腹部の発光器を光らせて「カウンターイルミネーション」と呼ばれる擬態を行います。表層での採食して帰路につく際、下から見上げる捕食者の視界に対して自ら光ることで自身の影を消し、命がけで深海へ戻るのです。
出典:WHOI ‐ Fish with Flashlights(2019年5月30日)
※Animation by Natalie Renier and Craig LaPlante, Woods Hole Oceanographic Institution
移動する者と留まる者 ― 棲み分けと弱肉強食
もちろん、全ての深海生物が移動するわけではありません。常に深海に留まり続ける生き物たちもいます。
深海では、移動する「通勤組」と、留まる「在宅組」との間で、見事「生態的分棲(ニッチ※の使い分け)」が成立しています。
ニッチ(Niche)🎯🧩
ニッチ(niche)という言葉は、もともとフランス語で「壁のくぼみ」や「装飾用の小さな空間」を意味する建築用語でした。1917年、生態学者ジョセフ・グリニル(Joseph Grinnell)は、この比喩的な表現を使って、特定の生物が生態系の中で占める独特な「位置」や「役割」を説明するようになりました。
つまり、現代における「ニッチ」とは、ある生物が「何を食べるか」「どこに住むか」「いつ活動するか」など、その生物が利用できる環境条件・資源の総合的なパターンのことです。建築物の「壁のくぼみ」のように、生態系においても、各生物は「独自のくぼみ」を占めており、その中で他の生物と競合しないで生存しているのです。
-1024.png)
-1024.png)
出典:GeeksforGeeks – Ecological Niche
特に興味深い点は、同じ環境内で複数の生物が共存するために、それぞれが微妙に異なる「ニッチ」を利用している、ということです。例えば、光合成をする植物が優占する明るい環境では、菌従属栄養植物は「光が極めて少ない林床」というニッチを独占的に利用することで、競争を回避し、生存しているのです。このようなニッチの多様性が、生態系の豊かさと安定性を支えています。
参考・引用
Wikipedia ‐ ニッチ
People and Nature (Journal) – The socio‐ecological niche(2025年4月)
EcoEvoRxiv – Re-revisiting the Niche Concept (Leibold, 2025年)
しかし、それは平和な共存ばかりではありません。ミズウオのように、深海でじっと口を開けて待つ捕食者にとって、毎日戻ってくるハダカイワシたちは、定期便で届く食事そのものです。
移動してリスクを冒すか、留まって飢えに耐えるか…。どちらを選んでも、そこには深海特有の容赦ない弱肉強食の世界が待っています。
それぞれの種が、長い進化の過程で選び取った「生き残るための最適解」が、この暗闇の中で交錯しているのです。


これまでのどの栄養戦略にも当てはまらない生き物たち


出典:fishbase ‐ Himantolophus sagamius (Hisag_u1.jpg) by William B. Ludt / Natural History Museums of L.A. County
ここまで、深海の生き物たちが「落ちてくる餌を待つ」「バクテリアに頼る」、あるいは「毎日大移動する」様子を見てきました。しかし、自然界には常に、私たちの分類や常識の枠には収まりきらない「変わり者」が存在します。
特定の餌場に依存せず孤独に狩りをしたり、パートナーと究極の同化を果たしたり、あるいは何もしないことを極めたり…。それでは、教科書的な分類を軽々と飛び越える、個性豊かな深海のアウトローたちをご紹介しましょう。
孤独なハンターたちの「一点突破」戦略
深海の広大な闇の中には、餌が流れてくるのを待つのではなく、優れた感覚器と武器を駆使して獲物を襲う「頂点捕食者」たちがいます。彼らは特定の場所に縛られず、深海という宇宙を自由に泳ぎ回る孤独な狩人です。
ダイオウイカ(Architeuthis dux )


出典:WIKIMEDIA COMMONS – Giant Squid Replica(Momotarou2012)
ダイオウイカ (大王烏賊 Architeuthis dux )は、最大で18メートルにも達すると言われる世界最大級の無脊椎動物です。最大の特徴は、バスケットボールほどの大きさがある「巨大な眼」で、深海のわずかな光や、獲物が動くときに発する生物発光を捉えます。
また、筋肉には塩化アンモニウムなどのアンモニウム塩が大量に含まれています。これは海水よりも軽い物質で、浮き袋を持たなくても、その巨体を楽に深海に浮かべておくためです。


出典:iNaturalist – ダイオウイカ Architeuthis dux (christophercaine)
かつてノルウェーを中心に「クラーケン」として恐れられたダイオウイカですが、実はアンモニア臭くて食用には適さない(強烈なえぐみがある)という、少し残念な秘密も持っています。
フクロウナギ(Eurypharynx pelecanoides )


出典:Australian Museum ‐ Pelican Eel, Eurypharynx pelecanoides Vaillant, 1882(2021年4月16日)
フクロウナギ(Eurypharynx pelecanoides )は、学名の種小名「pelecanoides」(ペリカンのような)の通り、まるで「深海のペリカン」とでもいうような異様な姿をしています。体に対して非常に巨大な口を持ち、下あごの関節が極端に後ろに位置するため、自分の体よりもはるかに大きな獲物を丸飲みにできます。


出典:Museums Victoria ‐ Pelican Eel, Eurypharynx pelecanoides Vaillant 1882
ムチのように長い尾の先には発光器があり、これをルアーのように動かしてエサを誘き寄せる巧妙な罠も備えています。 口に入れば何でも風船のような胃袋に収めるその貪欲なスタイルは、食事のチャンスが限られた深海で確実に栄養を得るための、究極の適応進化と言えるでしょう。
常識破りの「共生・寄生」 ― 究極のパートナーシップ
化学合成細菌との共生とは違う、別の生物同士の奇妙な関係も深海には溢れています。
チョウチンアンコウ ― メスと一生離れない「融合」という生存戦略


出典:WIKIMEDIA COMMONS – BMC – Ceratiidae-Cryptopsaras.couesii(Masaki Miya et al.)
チョウチンアンコウといえば、頭の誘引突起(エスカ)で獲物を釣る姿が有名ですが、それ以上に驚異的なのが一部の種に見られる繁殖行動です。
広大で暗黒の深海では、オスとメスが出会う確率は極めて低く、「出会い」はまさに奇跡です。そのため、ミツクリエナガチョウチンアンコウやオニアンコウなどの仲間は、劇的な進化を遂げました。
これらの種のオスはメスに比べて極端に小さく、メスを見つけると即座に噛みつきます。すると、メスの皮膚と融合し、やがて血管までもが繋がり、完全に一体化してしまうのです。


出典:Museum of New Zealand Te Papa Tongarewa ‐ Quiz: New Zealand’s ugliest fish
オスはメスから栄養をもらう代わりに、いつでも精子を供給できる「生きた生殖器官」として一生を共(寄生)にします。先ほど紹介したホネクイハナムシと同様に、これらのアンコウのなかまもまた、深海という過酷な環境で命をつなぐために、個体としての自由を捨てて「融合」という合理的な道を選びました。
ただし、すべてのチョウチンアンコウがこうなるわけではありません。最もよく知られている、丸い体型のチョウチンアンコウ(Himantolophus sagamius )などは、オスが一時的に付着することはあっても、血管まで繋がって一体化することはないと考えられています。
中でも、オニアンコウ科のヒカリオニアンコウ(Photocorynus spiniceps )という種では、成熟したオスがわずか6.2mmしかなく、性成熟に達した脊椎動物として世界最小クラスとして知られています。


出典:Australian Museum ‐ A female Photocorynus spiniceps(2022年4月8日)
※体長46mmのメスに、体長6.2mmのオスが付着している。
メスと一体化するのは、限られたチャンスを逃さず、確実に次世代を残すための、深海ならではの究極の効率化といえるでしょう。
カイロウドウケツ ― 生きては共に老い、死しては同じ穴に…


出典:WIKIMEDIA COMMONS – Euplectella aspergillum Okeanos (NOAA)
カイロウドウケツのなかまは、ガラス繊維でできた網目状の美しい骨格を持つ海綿動物です。



カイロウドウケツの英名は「Venus’ flower basket(ヴィーナスの花籠)」です。
この網目の中には、ドウケツエビという小さなエビのつがいが住み着くことがあります。


出典:鳥羽水族館 ‐ カイロウドウケツとドウケツエビ(2014年4月15日)
幼生の頃に入り込んだエビは、成長すると網目から出られなくなり、一生をこのガラスの籠の中で過ごします。これを「偕老同穴(生きては共に老い、死しては同じ穴に葬られる)」という夫婦の契りに例え、結納の縁起物としても知られています。


出典:The Common Naturalist ‐ Living Euplectella with shrimp symbionts inside. (Image: NOAA)
※2017年アメリカ領サモア遠征にて、NOAAの探査船「オケアノス・エクスプローラー」が撮影
エビは安全な家を得て、海綿はエビの食べ残しをもらう、穏やかな共生関係です。
極限の「低代謝」と「平和主義」の戦略
激しく動くことも、誰かと共生することもしない。ただひたすらにエネルギーを使わず、太古の昔から変わらぬ姿で生き続ける存在もいます。
コウモリダコ (Vampyroteuthis infernalis )


出典:Ocean Exploration Trust ‐ Not So Bloodthirsty: An Encounter with a Vampire Squid
コウモリダコの学名は「地獄の吸血鬼(Vampyroteuthis infernalis )」という恐ろしいものですが、近年の研究で、実はとてもおとなしい「平和主義者」であることが分かりました。


出典:iNaturalist – コウモリダコ Vampyroteuthis infernalis (aggieofalltrades)
コウモリダコは積極的に狩りをしません。腕から伸びる特殊な糸(触糸)を使い、漂っているマリンスノーなどの有機物を集めて団子にして食べます。
酸素が極端に少ない「酸素極小層」でも生きられるほど代謝を落とし、誰もいない過酷な環境でひっそりと糧を集めて命を繋いでいます。



かつては「ゴムのようで噛み切れない」「見た目がグロテスク」とタコを敬遠していたアメリカやイギリスの人々ですが、近年の日本食ブーム(寿司)や地中海料理の人気などにより、徐々に「食材」として受け入れられつつあるようです。地中海沿岸の地域では古くから普通に食べられています。
(コウモリダコの味については資料が見つかりませんでしたが…)
オレンジラフィ (Hoplostethus atlanticus )


出典:NOAA ‐ expn2251 Atlantic roughy (Hoplostethus atlanticus)(2014年4月28日)
深海魚の中には、極端に成長を遅くすることでエネルギー消費を抑え、驚くほどの長寿を手に入れた魚がいます。オレンジラフィ(ヒウチダイの仲間 Hoplostethus atlanticus )は、大人になるまでに20〜30年かかり、寿命は100年、最長で150年近く生きる可能性が研究で示唆されています。



Hoplostethus atlanticus は「アトランティック・ラフィー」と呼ばれることもあります。
深海の時間をゆっくりと生きることで、餌の少ない時期を乗り越え、確実に子孫を残す戦略をとっているのです。


出典:iNaturalist – オレンジラフィー Hoplostethus atlanticus (wolbaumc)



オレンジラフィーは特定の餌にこだわらず、その時々の環境で食べられる獲物を食べます。深海山や海底谷などの地形に集まり、海流によって運ばれてくる獲物の群れを待ち伏せして捕食することが多いと考えられています。
自ら狩るダイオウイカ、メスと融合するアンコウ、そして恐ろしい名前とは裏腹に漂流物を集めるコウモリダコ…。これらの生き物の生存戦略は、深海という環境が決まった一つの正解を強いる場所ではなく、あらゆる可能性を受け入れる懐の深い世界であることを教えてくれます。


最新の深海発見 ― 現在進行形のミステリー
「人類は、深海の底よりも火星の表面について多くのことを知っている」
そんな言葉があるほど、深海は未知の領域です。しかし今、その常識が覆されようとしています。
急速な探査技術の進化と国際的な協力の広がりにより、新種の発見はもはや「数年に一度の奇跡」ではなく、「日常的なニュース」になりつつあるのです。
ここでは、世界を驚かせている大規模な発見ラッシュと、私たちの足元の海で起きているドラマをご紹介します。
JAMSTECの新発見 ― 日本の海底から現れる未知
灯台下暗しとはこのことかもしれません。海洋研究開発機構(JAMSTEC)は、2025年に15種もの新種や、深海洞窟での発光現象など、日本周辺の海で驚くべき発見を次々と報告しました。これらは単に珍しいだけでなく、その海域の保護価値を示す重要な証拠となっています。
キュウバンフサゴカイ(Lanice spongicola sp. nov.)


出典:JAMSTEC ‐ カイメンに“吸盤”で張り付いて生きるゴカイの新種を発見!(2025年11月4日)
※南大東島沖でのROV(遠隔操作無人探査機)観察の様子。つるつるで泥の無い海山環境。 A, スギノキカイメン。B, スギノキカイメンに付着するキュウバンフサゴカイの巣。C, キュウバンフサゴカイ、ふさふさの触手が特徴的。
2025年に発表されたこのゴカイは、お腹に「吸盤」を持つという非常に珍しい特徴を持っています。通常、フサゴカイの仲間は泥の中で暮らしますが、この新種は吸盤を使ってカイメン(海綿)に張り付いて共生するという、ユニークな進化を遂げていました。
ウフアガリアカサンゴスナギンチャク(Corallizoanthus aureus )


出典:琉球大学 ‐ 大東諸島の深海洞窟で光輝く新種を発見(2025年11月6日)
※ a、bは南大東島の深海洞窟で撮影。c、dは採集した標本の写真。赤い矢印がウフアガリアカサンゴスナギンチャクのポリプを示している。
大東諸島の深海洞窟で発見されたこのスナギンチャクは、暗闇の洞窟内で自ら光を放つ能力を持っています。深海洞窟内での生物発光が確認されたのは世界初であり、光のない閉ざされた環境でなぜ光る必要があるのか、新たな謎を投げかけています。


出典:JAMSTEC ‐ 大東諸島の深海洞窟で光輝く新種を発見(2025年11月6日)
※aは生物発光を誘発する前のポリプ(赤い矢印)。bは暗所で塩化カリウムによって生物発光を誘発して撮影したポリプ
巨大ツノサンゴ(長寿記録の可能性)


出典:琉球大学 ‐ 世界最長寿級の深海生物を発見 〜太平洋の海山(水深525m)で7000年以上生きるサンゴ群体〜(2024年10月25日)
沖合海洋保護区の調査では、推定7000歳を超える巨大なツノサンゴが見つかりました。これは縄文時代から生き続けている計算になり、深海がいかに安定した、しかし一度壊れると再生に気の遠くなるような時間が必要な環境であるかを物語っています。


出典:JAMSTEC ‐ 沖合深海底の海洋保護区から15種の新種を発見(2025年4月17日)
国際プロジェクトと海外機関の発見 ― グローバルな新種発見ラッシュ
世界に目を向けると、発見のペースはさらに加速しており、まさに「新種発見ラッシュ」とも呼べる状況です。オーシャン・センサスやシュミット海洋研究所などのプロジェクトでは、一度の遠征で数多くの新種候補が見つかっています。
マガタマニラ(Bathyphysa conifera )


出典:WIKIMEDIA COMMONS – Bathyphysa conifera
(Improved phylogenetic resolution within Siphonophora (Cnidaria) with implications for trait evolution ‐ Catriona Munro a 1,Stefan Siebert a b 1,Felipe Zapata c, Mark Howison d e,Alejandro Damian-Serrano a j,Samuel H. Church a f,Freya E. Goetz a g, Philip R. Pugh h, Steven H.D. Haddock i, Casey W. Dunn j)
マガタマニラ(Bathyphysa conifera )は、チリ沖で発見されたクダクラゲの一種です。その奇妙な見た目から「空飛ぶスパゲッティ・モンスター(flying spaghetti monster)」という愛称がつきました。
多数の個体が集まって一つの生命体のように振る舞う「群体」生物で、触手を広げて漂う姿は、まさに深海を飛ぶモンスターそのものです。



日本語の「マガタマニラ」は漢字で書くと「勾玉韮」です。ネーミングセンス、「flying spaghetti monster👇️」に負けていませんね!


出典:WIKIMEDIA COMMONS – Touched by His Noodly Appendage HD
キャスパーオクトパス


出典:NOAA ‐ NOAA Ocean Exploration’s SPOOKY STAR
映画のキャラクターにちなんで「キャスパー」の愛称で親しまれるこのタコは、色素を持たない透き通るような乳白色の体をしており、まさに深海の幽霊のようです。2016年にハワイ沖で初めて撮影されて以降、南米沖のペルー海盆など太平洋の各地で目撃されていますが、まだ標本が確保されていないため、正式な学名すらついていない謎多き未記載種です。
特徴的なのは、その献身的な子育てです。メスは海綿(カイロウドウケツなど)の茎に卵を産み付けると、孵化するまでの長期間、飲まず食わずで卵を抱きかかえるようにして守り続けます。
その愛らしい姿の裏には、過酷な深海で命をつなぐための、壮絶な母の忍耐力が秘められているのです。
ギター・シャーク(Rhinobatos sp.)


出典:divemagazine ‐ Ocean Census announces discovery of 866 new species(2025年3月)
タンザニア沖の水深約200メートルで記録された通称「ギターシャーク」は、楽器のような平たい体とサメの尾を持つ、サカタザメ科(ノコギリエイ目のエイの仲間)の一種です。2025年3月、日本財団とNektonが共同で実施する「オーシャン・センサス」による映像調査から新種の可能性が指摘され、現在詳細な分類学的な記載が進められています。
ギターシャーク類は絶滅危機に瀕しており、その約3分の2が脅威にさらされているため、この新しい発見は保護活動の対象種を拡大する上で極めて重要な存在です。
プロマコテウシス(Promachoteuthis)


出典:SCHMIDT OCEAN INSTITUTE – New Seamount and Previously Unknown Species Discovered in High Priority Area for International Marine Protection(2024年8月28日)
これまで網にかかった死骸でしか知られていなかった幻のイカ「プロマコテウシス属(Promachoteuthis sloani )」の生きた姿が、2024年8月にチリ沖のナスカ海嶺で初めて撮影されました。死骸の標本では口元のしわが「人間の歯」のように見える奇怪な姿で知られていましたが、生きた個体は半透明の優雅な体をはためかせながら深海を泳ぐ、想像とは異なる美しい存在でした。


出典:WIKIMEDIA COMMONS – Promachoteuthis sloani third specimen (NOAA)
北大西洋で知られる既知種の分布域とは異なる南東太平洋で見つかったため、この個体は新種である可能性が高く、分類学的な詳細な記載が進められています。生きた状態での行動記録はこれが世界初であり、これまで死骸という限定された情報からしか知ることのできなかった深海生物の実像を明かす、極めて重要な発見となったのです。
国内大学・研究機関の現場報告 ― 地域密着の発見
大規模プロジェクトだけでなく、地方の大学や水族館による地道な調査も、地域固有の生物多様性を明らかにしつつあります。
ホウユウシアワセモミジガイ(Mimastrella komkom )


出典:aquamarine Fukushima ‐ 北海道羅臼沖から新種のヒトデ発見!(2025年3月3日)
北海道羅臼沖の深海(水深930~1,170m)で、アクアマリンふくしまの職員により採集された1個体のヒトデが、新種「ホウユウシアワセモミジガイ(Mimastrella komkom )」として公表されました。これまでシアワセモミジガイ属(Mimastrella )は南極周辺でのみ知られていたため、北半球での初めての発見であり、この属がより広域に分布する可能性を示唆しています。
学名の種小名「komkom」はアイヌ語で「小鳥の羽毛」を意味し、繊細な棘や骨格がビロード状に体を覆う特徴に由来しています。和名「ホウユウシアワセモミジガイ」は、採集時にお世話になった漁船「豊佑丸」に献名されたもので、地域に根差した調査と国際共同研究がもたらした重要な発見となりました。



学名の属Mimastrella は「小さな星」といった意味です。この属の和名「シアワセモミジガイ属」は、背中にある骨(小柱)の形が「四つ葉のクローバー」のような形をしていることから命名されたそうです。


出典:鳥羽水族館 ‐ 新種!“薄桃色”のイソギンチャク(2025年10月24日)
日本沿岸の深海(水深約1,300~1,500m)から、熊本大学、鳥羽水族館などの国内研究機関による共同調査で、新種のイソギンチャク「ツキソメイソギンチャク(Paracalliactis tsukisome )」が発見されました。淡い桃色の小さなこのイソギンチャクの最大の特徴は、ヤドカリが使う貝殻の上に着生し、自身の分泌物を使って貝殻を拡張し、ヤドカリのための新しい「住まい」を作る点です。


出典:熊本大学 ‐ [新種発⾒] ヤドカリの「宿」を作る “淡い桃⾊”のイソギンチャク ―万葉集に詠まれた「愛する気持ち」を名前に―(2025年10月21日)
和名は万葉集に詠まれた「月(愛する気持ち)に染まった井戸」という詩的な表現に由来しており、ヤドカリを思って献身的に宿を作るイソギンチャクの行為に、古典文化の「愛情」を見出した命名です。2025年10月に学術誌に発表されたこの発見は、Nature誌が選ぶ「November’s best science images」にも選出され、地域に根ざした国内研究が生み出した、科学と文化の融合を象徴する重要な成果となりました。


異形の姿が示すもの ― 生命の適応力と多様性


出典:名古屋港水族館 ‐ 「深海採集!いざ出船!」(2025年2月14日)
ここまでご紹介してきた深海の住人たちは、一見「異形」や「怪物」と感じるかもしれません。しかし、これらの生き物の姿は、暗黒・高圧・飢餓という極限環境を生き抜くために、何億年もの時間をかけて削ぎ落とされ、磨き上げられた「進化の最適解」であり、「究極の機能美」なのです。
深海への新たな向き合い方:BBNJ協定
現在、深海への向き合い方は大きく変わろうとしています。1977年の化学合成生態系の発見が生物学の常識を覆したように、急速な技術革新は次々と新しい扉を開いているのです。
特に重要なのが、2023年6月に国連で採択された「BBNJ協定(国家管轄権外区域の海洋生物多様性保全に関する協定)」です。1982年に採択された国連海洋法条約(通称「海の憲法」)を補完する形で、国家主権が及ばない公海や深海底において、生物多様性の保全と持続可能な利用を国際ルールで実現する、人類史上初めての包括的な枠組みです。
海の約60%を占める公海においてこれまで十分な規制ができていなかった状況が、この協定により大きく変わります。
- 海洋保護区(MPA)の設置
- 深海生物の遺伝子資源からの医薬品開発などの利益を公平に配分するルール
- 環境影響評価の実施
- 途上国への技術移転
といった4つの柱を通じて、深海生物が秘める未知の遺伝子資源や多様性を保全することができるようになるのです。
地球規模のルールと科学の連携が拓く未来
BBNJ協定という歴史的な枠組みは、国家主権の及ばない深海の生物多様性を国際的に守るための強力な基盤となります。その運用を真に支えるのは、技術革新と地域に根ざした地道な調査により次々と明らかになる、常識を超えた生命の適応力と多様性の実態です。
ユメナマコの「一撃必食」、ハダカイワシの「カウンターイルミネーション」、ツキソメイソギンチャクの献身的な共生…。こうした極限環境で独自の進化を遂げた生物たちが秘める遺伝子情報を、科学的に正しく評価・保全することは、医薬品開発を含めた人類の未来の可能性を守ることと直結しています。
2026年1月の発効を控えるBBNJ協定の下で、国際的な法制度と現場の発見が合わさり、深海という「地球最後のフロンティア」と向き合う新たな時代を迎えようとしているのです。



近年、深海も宇宙も、どんどん新たな研究・開発のステージに突入しています。人類のフロンティアへの挑戦から目が離せませんね!
未知なる深海への扉は、官民の枠を超えた国際的な連携によって、今まさに大きく開かれようとしています。 その成果は医薬品開発から環境ガバナンスまで多岐にわたり、私たちの日常とも密接にリンクし始めています。
このフロンティアを正しく知り、守り、未来へつなぐために重要なのは、私たち一人ひとりの「知ろうとする意志」です。



地球最後の秘境、深海からの新たな発見に、これからも熱い眼差しを注いでいきましょう!
地球の仕組みに興味がある人には、こちらもおすすめ👇️





【広告】この記事は「SWELL」というWordPressテーマで執筆しています。有料ですが買い切りなので、長く快適にブログを続けたい人にはおすすめですよ!👇️


参考・引用
深海の定義と探査手法 ― 未知の領域へのアプローチ
NOAA Ocean Exploration ‐ Homepage
神戸大学 ‐ 深海の謎を解き明かす革新的な手法の開発(環境DNA)(2025年4月30日)
公益財団法人 国際科学技術財団 ‐ 2013年(第29回)J.F.グラッスル博士
SunshineCity ‐ 宇宙よりもたどり着くのが難しいと言われる未知の領域「深海」ってどんなところ?(2021年3月19日)
化学合成生態系を支える生き物たち ― 熱と毒に適応した変異者
理化学研究所 ‐ 深海の発電現象から探る無機物と生命の接点(2022年12月8日)
JAXA ‐ まだ見ぬ生命を深海・宇宙に求めて(2013年)
JAMSTEC ‐ 栄養を供給してくれる微生物を自分の細胞内に維持できる仕組みを発見(2023年8月24年)
東京大学 ‐ スケーリーフットが身にまとう硫化鉄の生成機構を解明(2019年9月10日)
JAMSTEC ‐ スケーリーフット研究小史(2020年4月8月)
Science Portal ‐ 深海熱水噴出孔のエビは共生菌を食す(2014年10月16日)
JAMSTEC ‐ スケーリーフットがいっぱい!深海のふしぎな巻貝の大群集を発見(2009年11月30日)
マリンスノー基盤の生態系 ― 表層から降り注ぐ「生命の雨」
SunshineCity ‐ 『ダイオウグソクムシ』は、絶食してどのくらい生きられる?(2019年12月13日)
長崎大学 ‐ 1度の食事で6年分のエネルギーを獲得!? 深海生物オオグソクムシの代謝応答を解明(2023年3月17日)
国立環境研究所 ‐ 海洋の渦が北大西洋ブルームの炭素を深海へ輸送、アメリカの科学者チームが報告(2015年3月26日)
JAMSTEC ‐ 深海微生物のセルラーゼに固有の特徴を解明(2024年11月21日)
ホエールフォール ― 数十年継続する「移動する楽園」
新江ノ島水族館 ‐ ゾンビワームが愛らしい(2020年10月25日)
日経サイエンス ‐ 鯨骨生物群集は進化の“飛び石”?(2010年5月)
National Library of Medicine ‐ Osedax: bone-eating marine worms with dwarf males(2004年7月30日)
日本高圧力学会 ‐ 鯨骨生物群集と二つの「飛び石」仮説 藤原 義弘,河戸 勝(2010年)
日周鉛直移動(DVM)と深海の生き物 ― 昼と夜で異なる生活圏
サカナト ‐ 実は浅瀬にいることもある深海魚 分布する深度を変える「日周鉛直移動」とは?(2023年10月19日)
日経サイエンス ‐ 地球の気候を左右する微小動物 夜ごとの大移動(2022年10月)
水産研究・教育機構 ‐ -中層性魚類・ハダカイワシ科魚類の生態-
Spaceship Earth ‐ 深海魚の生態的役割をわかりやすく解説!(2025年7月31日)
J-GLOBAL ‐ 大型動物プランクトンの日周鉛直移動に伴う物質鉛直フラックス(2011年8月1日)
日本水路協会 ‐ 水路:カイアシ類の日周鉛直移動(2019年4月)
これまでのどの栄養戦略にも当てはまらない生き物たち
フカメディア ‐ 臭くて不味いと噂のダイオウイカを美味しく食べたい!若き研究者たちが挑んだ理系料理の結果は?(2024年2月7日)
Natural History Museum (UK) – The bizarre love life of the anglerfish
国立科学博物館 ‐ ダイオウイカ ― 深海のミステリー (協力:動物研究部 窪寺恒己)
秋田県立博物館研究報告 – 秋田県に初漂着したダイオウイカ 船木 信一(2017年3月)
最新の深海発見 ― 現在進行形のミステリー
JAMSTEC ‐ 沖合深海底の海洋保護区から15種の新種を発見(2025年4月17日)
琉球大学 ‐ 大東諸島の深海洞窟で光輝く新種を発見(2025年11月6日)
Nekton ‐ The Ocean Census Discovers Over 800 New Marine Species(2025年)
Monterey Bay Aquarium ‐ Featured species listed by gallery
異形の姿が示すもの ― 生命の適応力と多様性
JAMSTEC ‐ 生命は深海底で生まれたのか!? ウォーター・パラドックスを解決する新説 ~「液体/超臨界CO₂仮説」後編(2023年6月26日)
東北大学 ‐ BBNJ協定 公海と深海底の生物多様性に関する新しい国際ルール
東京大学 ‐ 深海微生物のゲノム情報から未知の糖分解酵素グループを多数発見―新規酵素探索における深海微生物資源の有用性を実証―(2024年5月10日)







コメント