38億年の進化が生んだ生命のデザインには、環境と目的が似ていれば似た解に収まりやすいという傾向が刻み込まれています。自然の英知をそのまま真似ればすべて解決、という単純な話ではありませんが、生物のかたちや仕組みを丁寧に読み解くことで、「どのような制約条件のもとで、どのような設計が生き残りやすいのか」という地図が少しずつ描けるようになってきました。
収斂進化とバイオミミクリーの視点は、物理法則という共通の土台の上で、生命とテクノロジーが共有している設計原理を見抜き、現代の難題に対しても見通しのよいアプローチを選ぶための、静かで確かな道案内になってくれます。
メンフクロウ職員バイオミミクリーと収斂進化について基礎的なことを確認してから、実際の例を見ていきましょう。


バイオミミクリーとは何か?


出典:SHARP ‐ 音もなく獲物に近づき“夜の狩人”の異名を持つ、フクロウ
バイオミミクリー(バイオミメティクス、生物模倣)は、自然界の形やしくみ、生態系の関係性そのものを「師」として学び、持続可能で賢い解決策をデザインに取り入れていく考え方と実践のことです。地球に生命が誕生してから約38億年という気の遠くなる時間の中で、生物たちは環境変動や生存競争をくぐり抜けながら、エネルギー効率がよく、無駄が少なく、環境と調和した「機能」と「構造」を磨き上げてきました。
バイオミミクリーは、この自然の膨大な「試行錯誤の結果」を、単なるコピーではなくイノベーションの指針として捉え直し、技術開発やまちづくり、ビジネスの設計にまで生かしていこうとするアプローチです。



自然を「物質的資源」ではなく「知識的資源」として追求する「バイオミミクリー」について、基本的なことを確認していきましょう。
生物模倣の定義と歴史
バイオミミクリー(Biomimicry)という言葉は、ギリシャ語の「bios(生命)」と「mimesis(模倣)」に由来し、「生命のしくみを意識的に模倣すること」を意味します。自然界の形状や構造だけでなく、物質循環のプロセス、生態系のネットワークなども含めて手本にし、「最適解」に近い解決策を生み出そうとする学際的な領域です。



いくつかのゲームでも宝箱のふりをして待ち伏せしている敵「ミミック」がダンジョンで登場しますね!





ただ、このミミックと「バイオミミクリー」はちょっと違います。自然が磨き上げた知恵に学び、テクノロジーに活かすという取り組みです。
「バイオミミクリー」という概念を世界的に知らしめたのが、生物学者で作家のジャニン・ベニュスです。彼女は1997年の著書『Biomimicry: Innovation Inspired by Nature』で、バイオミミクリーを「生命の天才性(nature’s genius)を意識的にエミュレートすること」と定義し、以下の三つの役割で捉える視点を提案しました。
- モデル:葉や骨、巣などの形・構造・プロセスをお手本にし、人間の課題解決に生かす
- メジャー:自然を「評価基準」として、開発した技術が生命にとって好ましい条件にかなっているかを測る
- メンター:自然から何を奪うかではなく、何を学べるかという姿勢で向き合う
一方で、生物模倣という発想自体はさらに古く、レオナルド・ダ・ヴィンチが鳥の飛行を観察して飛翔装置を描いたり、20世紀初頭にはコウノトリなどの翼形状を参考にしたグライダー設計が行われたりと、長い試みの歴史があります。


出典:DaVinci Museum ‐ レオナルド・ダ・ヴィンチと飛行機・筋力【7種類の師匠】
1950年代には、生体機能を工学的に再現することに焦点を当てた「バイオミメティクス(biomimetics)」という概念も提唱されました。 バイオミメティクスが機能や性能の実現に主眼を置くのに対し、バイオミミクリーはそこに「持続可能性」や「倫理」「生態系との調和」といった視点をより強く組み込み、文明全体の方向性を問い直そうとしている点が特徴だといえます。



この2つの言葉は、人や文脈によって、厳密に区別されて使われないこともあります。その点はそんなに神経質にならなくても大丈夫でしょう。(多分)
代表的な事例:新幹線とカワセミ、マジックテープとオナモミ
バイオミミクリーの力を具体的にイメージするには、実際に社会を変えた事例にふれるのが一番わかりやすい方法です。
新幹線とカワセミ


出典:WIKIMEDIA COMMONS – 500kei himeji
JR西日本の新幹線500系では、列車がトンネルに突入するときに発生する「トンネル微気圧波(トンネルドン)」が大きな課題でした。そこで、開発チームを率いた中津英治氏は、趣味のバードウォッチングを通じてよく観察していたカワセミのくちばしに注目します。


出典:WIKIMEDIA COMMONS – Kawasemi 06f1033cs
カワセミは、空気から水へという密度の異なる媒質への移行にもかかわらず、ほとんど水しぶきを上げずに飛び込むことができます。カワセミの細く長く尖ったくちばしの形状を解析し、その流線形を先頭車両に応用した結果、トンネル出入口での騒音が大幅に低減され、最高速度の向上と消費電力の削減が同時に実現しました。
面ファスナーとオナモミ


出典:Kuraray Fastening Co ‐ 〈マジックテープ®〉と呼べるのはクラレだけ
もう一つの代表例が「マジックテープ」に代表される、面ファスナーです。1940年代、スイスの技術者ジョルジュ・デ・メストラルは、ハイキングから戻ったときに服や犬の毛にびっしりとくっついていたオナモミの果実を顕微鏡で観察し、その表面に無数の小さなカギ状の突起があることを見出しました。
彼はこの仕組みを布で再現することを目指し、ナイロン糸をループ状に織ってからカットしてフックを作る方法など、試行錯誤を重ねた末、1950年代にフックとループを組み合わせた面ファスナーを実用化します。
VELCRO® ブランドとして知られるこの技術は、当初はファッション分野での評価が限定的でしたが、NASA(アメリカ航空宇宙局)が宇宙空間での機材固定などに利用したことをきっかけに、一気に世界中へ広がりました。 今日では、スニーカーやバッグ、医療・介護用品、自動車内装など、日常生活のあらゆる場面で静かに役立っています。
なぜ生物の設計は優れているのか:38億年の試行錯誤
では、そもそもなぜ「生物の設計」に学ぶことが、これほど説得力を持つのでしょうか。その鍵となるのが、生命の歴史の長さと、自然淘汰という厳しいフィードバックの存在です。
地球上に生命が誕生してから約38億年の間に、無数の系統が誕生しては消え、そのたびに「環境に合わない設計」は容赦なく淘汰されてきました。 いま私たちが目にしている生物たちは、その過酷な選抜を生き延びた「成功した設計」の子孫だといえます。
ベニュスらが整理した「Life’s Principles(生命の原則)」は、そうした進化の歴史から読み取れる共通ルールをまとめたものです。 たとえば、
- 地元の太陽光・水・材料を活かす(局所資源の活用)
- 常温・常圧・水ベースの化学反応で素材をつくる(ライフフレンドリーな化学)
- 廃棄物を出さず、すべての物質を循環させる(閉じたループ)
- 多様性と冗長性をもち、環境変化にしなやかに対応する(レジリエンスの確保)
といった原則は、森やサンゴ礁、土壌微生物の世界など、自然界のどこを切り取っても見出すことができます。 生物は限られた資源とエネルギーの中で生きなければならないため、エネルギー効率が悪かったり、材料を過剰に消費したりする設計は、生存競争の中で長く維持されません。



鳥の中空骨やクモの糸、ホッキョクグマの毛の断熱構造などに見られる「軽くて強い」「薄くても温かい」デザインは、そのような選抜の結果として生き残ってきたものです。
人間の産業技術は、産業革命以降わずか数百年の歴史しかなく、化石燃料に依存した大量生産・大量廃棄の仕組みは、気候変動や資源枯渇といった形で早くも限界を見せています。 それに対してバイオミミクリーは、「すでに地球上で長期的に機能してきた解決策」に学ぶことで、エネルギーの使い方、素材の選び方、システムの組み立て方を根本から見直そうとするアプローチです。
自然界は、何かを「最大化」するのではなく、全体としての「最適化」を重んじています。効率一辺倒ではなく、余裕や多様性を残しながら、生命にとって好ましい条件を自ら作り出し続ける…といった、設計を深く研究することが、これからの社会や都市、ビジネスを「再生的(リジェネラティブ)」な方向へと導くうえで、重要な鍵となるはずです。
このように、バイオミミクリーは「自然っぽい形を真似るデザイン」ではなく、38億年の進化が積み上げた知恵を通訳し、人間の技術や社会システムにスピンオフしていく技術なのです。



次の章では、異なる生物が似た形にたどり着く「収斂進化」に目を向けながら、物理法則が要求する「自然界の最適解」とは何かを見ていきます。


「収斂進化」が示す最適解とバイオミミクリー


出典:Natural History Museum ‐ Convergent evolution explained with 13 examples
系統のまったく違う生き物どうしが、同じような環境で生きているうちに、まるで打ち合わせをしたかのように似た姿へと進化する現象が「収斂進化(しゅうれんしんか)」です。これは、自然界にはある種の課題に対して「選ばれやすい形」「外しにくい答え」が存在することを静かに物語っています。
生命が何億年もかけてたどり着いたこの「結果」に目を凝らすと、私たちがどのような設計思想を目指せばよいのか、その道しるべが少しずつ見えてきます。ここでは、収斂進化のしくみと流線型ボディの例を通して、「物理法則が要求する最適解」とバイオミミクリーのつながりを整理していきましょう。
異なる生物が同じ形にたどり着く理由
収斂進化とは、系統的には離れた生物が、よく似た環境条件や生活様式のもとで、独立に似た形や機能を獲得していく現象を指します。系統樹の上では遠い位置にいるにもかかわらず、空を飛ぶ鳥とコウモリ、砂漠に生えるサボテンとユーフォルビアが似た姿になるのは、その環境で生き残るための「課題」が似ているからです。
ここで重要なのは、「似ているからといって、同じ祖先から受け継いだわけではない」という点です。鳥とコウモリの翼は、骨格の作りや羽(皮膜)の構造が大きく異なっており、共通祖先が翼を持っていたわけではありません。



にもかかわらず、揚力を得て空中を飛翔するという課題に向きあった結果、どちらも「翼」にたどり着きました。
進化生物学では、こうした「別々の道筋からよく似た形にまとまっていく」傾向を通して、進化が単なる偶然の積み重ねではなく、物理法則や環境条件によってある程度「方向づけ」られている側面も持つことが議論されています。サイモン・コンウェイ・モリスらは、収斂進化の例があまりに多いことから、「生命のテープを巻き戻しても、環境が似ていれば似たような答えに行き着くだろう」という立場をとっています。
流線型の物理学:魚類・イルカ・魚竜の事例


収斂進化の中でも水中での「流線型ボディ」は、わかりやすい例です。魚類のマグロやサメ、海生哺乳類のイルカやクジラ、そして絶滅した海生爬虫類である魚竜(イクチオサウルス類)は、進化の出発点も生きた時代も大きく異なりますが、成熟した姿は驚くほど似ています。
水中を速く、長く泳ぎ続けるうえでの最大の敵は、水の抵抗です。水は空気よりもはるかに密度が高いため、形が少し悪いだけで余分な渦が生まれ、エネルギーがどんどん奪われてしまいます。
そのため、前方がなめらかにふくらみ、後方に向かって細くしぼられていくラグビーボール型の体が、圧力抗力と摩擦抗力のバランスをとるうえで非常に効率的な形になります。


近年の数値流体力学(CFD)を用いた研究では、魚竜の復元モデルと現生イルカの体型を比較し、それぞれの抗力係数やエネルギー収支が解析されています。その結果、系統も時代も異なるにもかかわらず、いずれも「体積あたりの抵抗を低く抑えつつ、効率的に推進できる形」に収斂していたことが示されました。
言い換えれば、どのグループも、水という流体が課す条件のもとで、似たような「最適解」に行き着いていたのです。
物理法則が要求する最適解とバイオミミクリーの接点
収斂進化が教えてくれるのは、「進化は物理法則という厳格なルールの中で行われる最適化プロセスだ」という事実です。重力、流体の性質、材料の強さといった条件は、生物にも人間の工学にも等しく働きます。
そのため、同じ機能を追い求めれば、出発点が違っていても、結果として似た形に集まっていくことが多いのです。
収斂進化が起こっている形態は、バイオミミクリーの大きなヒントとなります。なぜなら、「まったく別々に進化した生物が何度も同じような形を選んでいる」という事実は、そのデザインが特定の系統にだけ通用する特殊解ではなく、物理的に見ても「外しにくい答え」である可能性を示しているからです。
実際、潜水艦や魚雷、高速列車などの設計では、流体抵抗を減らすための形状を計算・実験から求めていくと、しばしばイルカやマグロに近いシルエットに落ち着きます。「イルカそっくりに作った」というよりも、「物理法則に従って最適化した結果、イルカと同じ答えになった」と表現したほうが実態に近いでしょう。


出典:iNaturalist – シャチ Orcinus orca (whale_nerd)


出典:WIKIMEDIA COMMONS – Cheyenne moored
バイオミミクリーは、自然界で最適化された構造や原理を抽出し、人間の技術課題の解決に適用する手法です。次の章から紹介していくヤモリの足裏構造や蛾のモスアイ、ペンギンの羽にも、それぞれ別のスケール・別の素材で「物理法則に応えるための工夫」が込められています。
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それでは、いくつか具体的な例を紹介していきます。


ナノスケールの生物模倣:ファンデルワールス力の応用


出典:iNaturalist – ニホンヤモリ Gekko japonicus (mengjinxia)
壁や天井を平然と駆け抜けるヤモリの足元には、接着剤も吸盤もありません。そこにあるのは、分子同士が引き合うごく弱い「ファンデルワールス力」を、ナノレベルの精密な構造で最大限に引き出した、自然ならではの精巧な工夫です。
ここでは、ヤモリの足裏構造、その模倣から生まれたゲッコーテープ、そしてナノピラー構造と従来の粘着テープとの違いを見ていきましょう。
ヤモリの足裏構造:分子間力を利用した接着メカニズム


出典:iNaturalist – オオヒルヤモリ Phelsuma madagascariensis (cclborneo)
ヤモリがガラスや天井を自在に歩ける秘密は、足裏に密集する微細な毛の階層構造にあります。ぱっと見は滑らかな皮膚のようでも、電子顕微鏡で拡大すると、指1本あたり数十万本の「剛毛(seta)」が生え、さらにその先が数百〜数千本のナノスケールの「スパチュラ状の枝」に分かれていることがわかります。


出典:Khalil Bethea1, Isaac Omodia2,3, Kausik S. Das2,* – Gecko Inspired Dry Adhesive Tape(2022年7月)
ケラー・オータムらの研究は、この多段階の細分化が、分子間のファンデルワールス力を利用するための本質的な仕組みであることを示しました。
一つひとつのファンデルワールス力は非常に弱いものですが、ナノサイズのスパチュラが壁の微細な凹凸に密着することで、接触点の数は爆発的に増えます。その結果、足一本あたりで体重をしっかり支えられるほどの合力が生まれます。
ここで重要なのは、この接着が糊のような「粘着」ではなく「近接した分子同士の物理的な引力」によって成立している点です。「小さな引力」を利用しているので、表面が親水性か疎水性かにあまり影響されず、ガラスから樹皮まで、多様な素材に対応できる柔軟性が生まれます。
さらに、ヤモリは足の角度をわずかに変えることで、スパチュラの接触状態を一瞬で切り替え、強固にくっついた状態から滑らかに離脱できます。「強くくっつく」と「すぐ離せる」を両立させていることこそ、この設計が進化の中で洗練されてきた何よりの証拠と言えるでしょう。
出典:日東電工 ‐ ヤモリに近い粘着力を実現したテープを共同開発(2010年1月23日)
ゲッコーテープの開発:医療用接着剤から宇宙での応用まで
ヤモリの乾式接着の原理を工学的に再現しようとした技術が、いわゆる「ゲッコーテープ(ヤモリテープ)」と呼ばれるドライ接着材です。従来の粘着テープは、粘着剤を塗ってベタベタと「貼りつく」仕組みでしたが、ゲッコーテープは「ナノ構造そのもの」で分子間力を引き出すのが大きな違いです。
研究グループはポリマーやシリコーンなどの材料表面に、ヤモリの剛毛やスパチュラを模した微細な柱(マイクロ〜ナノピラー)を整然と並べたシートを開発しました。これにより、乾いた状態でガラスや金属に強く付着しながら、剥がしたあとに糊残りがない「乾式・再利用型」の接着が可能になります。
水洗いによって汚れを落とせば、粘着力が回復するタイプも報告されており、繰り返し使える点で環境負荷の低減にもつながります。


出典:Setex ‐ Gecko Inspired Gripping Technology for Eyewear and More
応用分野として注目されているのが、医療と宇宙です。医療では、縫合やホッチキスの代わりに、皮膚や臓器をやさしく固定する「縫わない創閉鎖材」としての利用が検討されています。
糊の残留が少なく、剥がすときに皮膚を傷めにくい特徴は、乳幼児や高齢者のケア、内臓手術後の負担軽減に役立つと期待されています。宇宙では、真空や極端な温度変化で従来の接着剤が不安定になるため、国際宇宙ステーションなどで、ヤモリ型構造を組み込んだ「ゲッコー・グリッパー」が物資やパネルの把持に試験的に用いられています。
出典:NASA ‐ Gecko Grippers Moving On Up(2015年8月15日)



宇宙でもファンデルワールス力は働くのですね〜!
ナノピラー構造の設計と、従来の粘着テープとの違い


出典:NASA ‐ Gecko Grippers Moving On Up(2015年8月12日)
ヤモリ型の人工接着の核心にあるのが、「ナノピラー」と呼ばれる極細の柱状構造です。ナノピラーは、太さが数十〜数百ナノメートル程度の柱を高密度に並べた構造で、それぞれが柔らかくしなりながら表面になじみ、先端の接触面積を最大化します。
ピラーの高さ・太さ・間隔・先端形状を調整することで、どの程度の力でくっつき、どの方向にはがれやすくするか、といった性能を細かく設計できます。
従来の粘着テープは、ゴム系やアクリル系などの粘着剤が、相手の表面に「流れ込んで絡みつく」ことで接着力を得ます。時間とともに粘着剤は劣化し、埃や油分を巻き込んで粘着力が落ち、剥がした後にベタつきや汚れが残る、という問題が避けられませんでした。それに対してナノピラー型のドライ接着は、基本的に「形と分子間力」だけで成り立っているため、表面に残渣が残りにくく、汚れを洗い落とせば粘着力を回復できる設計も可能です。
また、ナノピラーは向きによって力の出方を変えられるため、「横方向には非常に強く、垂直には比較的はがしやすい」といった性質を持たせることもできます。これは、板ガラスを落とさず保持しつつ、人間の手のように「スッと離す」動きも再現したいロボットグリッパーなどには理想的な特性です。
一方で、荒い表面や油分・水分の多い場所への対応、広い面積での低コスト量産など、まだ克服すべき課題も残されており、ハイブリッド材料の開発が続けられています。


昆虫の複眼とモスアイ構造


昆虫たちの眼をのぞき込むと、私たちとはまったく違うやり方で「光」と向き合っていることがわかります。複眼がつくり出す広い視野と動きへの鋭い感度、蛾の眼が持つモスアイ構造の「ほとんど反射しない表面」は、どちらも光学的にとても洗練された自然の設計です。
夜の闇を飛ぶ蛾の微小な眼から、私たちのディスプレイやセンサーへとつながる光の物語を追っていきましょう。
昆虫の複眼構造:広視野と高感度の視覚システム


※筆者撮影(触覚の間の3つは単眼)
昆虫の複眼は、数百〜数万個の「個眼(オマティディア)」が集まってできた視覚システムです。一つひとつの個眼は、小さなレンズ(角膜)、その下の透明な晶錐、光を受け取る視細胞の束(ラブドム)、そして周囲の色素細胞で構成され、それぞれが独立した「小さなカメラ」のように働きます。
トンボのように個眼の数が多い種類では、個眼が半球状に敷き詰められることで、ほぼ全周に近い広い視野と、高速で動く対象への優れた反応性が得られます。 解像度は人間の単眼には及ばないものの、「どこかで何かが動いた」という変化を一瞬で捉えることに特化している点が大きな強みです。
複眼には、各個眼が別々の像をつくる「アポジション型」と、複数の個眼からの光をまとめて一つのラブドムに集める「スーパー・ポジション型」があり、夜行性の蛾や甲虫では後者が見られます。 スーパー・ポジション型は解像度を犠牲にしながらも、暗い環境での光感度を大きく高める仕組みで、夜間飛行に適した構造だと考えられています。
このような複眼の構造は、広い視野と薄型・軽量を同時に実現できることから、「人工複眼カメラ」や自律ドローン用の広角センサーなどの設計にも応用されており、昆虫サイズのスケールでパノラマ視野を得るための手本として注目されています。
蛾の眼のモスアイ構造:ナノ突起が光の反射を消す仕組み
夜行性の蛾の複眼を電子顕微鏡で拡大すると、各個眼の表面に、可視光の波長より小さな円錐状のナノ突起が、規則正しく敷き詰められていることがわかります。これが「モスアイ(moth-eye)構造」と呼ばれるもので、蛾が暗闇で光を効率よく取り込み、同時に眼の表面を目立たなくするための仕掛けです。


出典:Dexerials ‐ モスアイ構造とは -究極の反射防止を求めて-(2021年1月29日)
平坦なガラスと空気の境界では、屈折率の違いにより数%の光が必ず反射しますが、モスアイ構造では、ナノ突起の高さ方向に沿って「空気+材料」の割合が連続的に変化するため、光から見ると屈折率がなめらかに変わっていく「中間層」のように振る舞います。 その結果、空気(屈折率約1.0)から角膜(約1.5)への急激なジャンプが避けられ、広い波長・広い入射角にわたって反射率を1%前後まで抑えることができます。
蛾にとっては、
- 弱い光を無駄なく取り込める(視覚感度の向上)
- 眼がキラリと光らず、捕食者に見つかりにくい(ステルス性の向上)
という二つの利点が同時に得られます。 また、表面がナノレベルで凹凸化しているため、水滴が丸くはじかれやすく、防曇性やセルフクリーニング性の向上にも寄与していると報告されています。
なお、モルフォチョウなどがもつ鮮やかな青や虹色は、「構造色」と呼ばれる別の光学原理(多層構造や回折格子による干渉)が生み出すものであり、モスアイ構造の「反射を消す」働きとは目的もメカニズムも異なります。
無反射コーティング技術とセンサー設計への応用


出典:SHARP ‐ シャープの「モスアイ技術」は「低反射」だけではない独自の進化した技術です!(2024年8月20日)
蛾のモスアイ構造は、現在の光学産業で「無反射コーティング」のモデルとして広く取り入れられています。従来のアンチリフレクションコートは、屈折率の異なる薄膜を何層も重ねることで特定の波長帯の反射を抑える方法が主流でしたが、モスアイ型ナノ構造は、単一材料の表面形状だけで広帯域かつ広角にわたる反射低減を実現できる点が大きな特徴です。
実験室レベルでは、ポリマーやシリカ、ハイブリッド材料の表面にナノインプリントなどでモスアイ構造を形成し、可視光〜近赤外域で平均反射率1〜数%程度にまで抑えた研究が多数報告されています。 太陽電池では、このようなモスアイ型テクスチャをガラスカバーやセル表面に施すことで、入射角が変わっても光の取り込みを維持し、総合的な変換効率を向上させる試みが行われています。


出典:三菱ケミカルグループ ‐ 99%以上の光を透過する、圧倒的な“見えなさ”。アートや車載ディスプレイにも活用される新素材「モスマイト™」とは(2024年9月10日)
応用分野は、
- 屋外ディスプレイ、計器類、車載モニターの映り込み低減
- 医療モニターや内視鏡・顕微鏡でのコントラスト改善
- 天体望遠鏡や高感度カメラにおけるゴースト・フレアの抑制
- LiDARや各種光センサーの受光効率向上
など、多岐にわたります。
複眼構造そのものも、パノラマ視野や薄型・軽量性を生かして、ドローン用の広視野センサーや、昆虫サイズロボットの視覚モジュールなどに応用されつつあります。 こうして見ると、「広く見る」「よく見える」「目立たないように見る」という昆虫の要請に応えて進化した構造が、そのまま人間社会の光学課題を解く鍵になっていることがわかります。



ナノテクノロジーの進歩により実現した、バイオミミクリーの良い例ですね


流体摩擦を削るデザイン:ペンギンとリブレット構造


出典:iNaturalist – ガラパゴスペンギン Spheniscus mendiculus (street_biologist)
水の中を驚くほど速く、しかも滑らかに泳ぐ生き物たちの体表は、一見なめらかですが、細かく見ていくと「水との摩擦」を減らすための精密な表面パターンが隠れています。こうした微細な溝状のパターンは「リブレット」と呼ばれ、船や航空機、自動車の燃費を静かに底上げする技術として、大きな期待を集めています。
ここでは、ペンギンの体表構造とリブレット仮説、その模倣フィルムによる流体実験、そしてマグロやサメに見られる「流線型+表面パターン」という収斂したデザインの意味を、ポイントをしぼって整理していきます。
ペンギンの体表構造とリブレット仮説


出典:コウテイペンギン Aptenodytes forsteri(justinhofman13)
ペンギンは鳥類でありながら、一生の多くを冷たい海の中で過ごす、優れたスイマーです。全身を覆う羽毛は保温や撥水のためと考えられてきましたが、近年の観察・計測から、羽軸から伸びる細かな羽枝が、体の前後方向にそろって並び、体表にごく細い「列状の凹凸」をつくっていることがわかってきました。
この列状の凹凸は、水流に沿って並んだ微小な溝=リブレットとして働き、ペンギンが泳ぐ際に体表近くにできる境界層内の乱れ(小さな渦)の動きを整えている可能性があります。乱流の渦が表面に強く当たると摩擦抵抗が増えますが、リブレット構造はその渦を溝の上に「浮かせる」ように誘導し、結果として摩擦を抑える、と考えられています。
高速で長距離を泳ぎ続けるペンギンにとって、数パーセント単位の抵抗差が、移動範囲やエネルギー消費、さらには採餌成功率を左右します。羽毛が「断熱材」であると同時に、「流体摩擦を削る細工」としても磨かれてきたと考えると、その多目的な設計の巧みさが見えてきます。
ペンギン模倣リブレットフィルムの流体実験
ペンギンの羽毛列の形態をもとに設計されたリブレットは、レーザー加工などでポリマー表面に再現され、水槽実験や風洞実験で性能が調べられています。ペンギンを手本にしたリブレットフィルムを平板や紡錘形の模型に貼り付け、滑らかな表面と比較したところ、水の摩擦抵抗が最大で数%(おおよそ2%前後)低減されることが報告されています。
一見小さく見えるこの数%は、大型船舶や長距離飛行機にとっては燃料消費・CO₂排出量の削減に直結する数字です。また、ペンギン模倣リブレットには、従来の工業用リブレットにはなかった特性も見られます。例えば、流れの向きが進行方向から10〜15度ほど傾いても、抗力低減効果が大きく落ちず、むしろ条件によっては効果が高まる場合もあります。
これは、ペンギンの体が実際には常に向きを変えながら泳いでいることを反映した、言わば「方向に対してタフなリブレット」として設計されているとも解釈できます。断面形状も、鋭い三角形ではなく台形に近いものが検討されており、実際の運用で問題となる摩耗・損傷への耐性を高める工夫が盛り込まれています。日々の劣化や汚れまで見据えたこの方向性は、生物由来の発想ならではの強みと言えるでしょう。


出典:Institute of Science Tokyo ‐ ペンギンの体表は流体摩擦抵抗を低減
レーザ加工によりペンギン肌リブレットフィルムを実現(2022年8月24日)
マグロ・サメなど「流線型+表面パターン」が収斂する理由
水中を高速で移動するうえでの抵抗は、大きく「圧力抗力」と「摩擦抗力」に分けられます。マグロやイルカのような紡錘形の流線型は、主に圧力抗力を減らすデザインです。一方、サメの肌に並ぶ細かな歯状の鱗(皮歯)や、ペンギンの羽毛列に似た溝構造は、表面近くの流れ方を変えることで摩擦抗力を減らそうとする工夫です。


出典:東京工業大学 ‐ ペンギンの体表を模倣したリブレットの3次元胴体モデルにおける抗力低減効果
サメ肌を模したリブレットフィルムは、風洞実験などで平滑面に比べ数%〜一桁台後半の皮膚摩擦低減を示し、航空機の翼や胴体、風力発電用ブレードなどで実用化が進んでいます。ペンギン型、サメ型、マグロの粘液分泌など、細部の手法は違っても、「流線型のボディ+微細な表面パターン」という組み合わせが繰り返し現れるのは、流体力学の条件下で選ばれやすい解が限られているからだと考えられます。


出典:WIKIMEDIA COMMONS – Denticules cutanés du requin citron Negaprion brevirostris vus au microscope électronique à balayage
進化の歴史をたどると、サメ、マグロ、ペンギンは系統も時代も大きく異なりますが、いずれも「水中を高速で長距離を移動する」という似た課題に直面した結果、似たような流線型と表面構造に収斂してきました。そこでリブレット構造の歴史を眺めると、「自然か技術か」の一方通行ではないことが見えてきます。
もともと研究者たちは、サメ肌などの観察をきっかけに溝状パターンを単純化してモデル化し、計算と実験で「抵抗を減らす形」を磨いてきました。あとからペンギンの羽毛列など別の生物から、より具体的な三次元的並び方や向きの工夫が見つかり、いまは自然側のデザインと工学側の最適設計が、お互いを補い合いながら洗練されている、という状況と言えます。



基礎研究とテクノロジーのゴールデンクロス!となるといいですね〜
水という重い流体の中で、ペンギンやサメ、マグロたちは、エネルギーを無駄にしないために、形と表面の両方をぎりぎりまで磨いてきました。そこから生まれたリブレットという発想は、例えば海上を移動する船舶が燃料を少なく使い、環境負荷を抑えながら移動するための強力なヒントになりつつあります。


中空構造と軽量・高強度設計


出典:WIKIDEDIA COMMONS – Acapalms
自然界は、限られた材料でどこまで性能を引き出せるかという「軽量化と高性能の両立」を、驚くほど上手にやり遂げています。その鍵のひとつが、中身をぎっしり詰めるのではなく、意図的に「空洞」をつくって性能を高める中空構造です。
ここでは、ホッキョクグマの毛、竹の節構造、ヤシの葉脈や葉骨格の三つを手がかりに、「軽くて強く、機能的」な設計がどのように生まれているのか、探っていきましょう。
ホッキョクグマの毛:中空構造による断熱性能


出典:iNaturalist – ホッキョクグマ Ursus maritimus (peterkennerley)
北極圏の厳しい寒さの中でも活動できるホッキョクグマ(Ursus maritimus )の毛は、中心部が中空のトンネル状になった特殊な構造を持っています。毛の芯に閉じ込められた空気は熱を伝えにくいため、薄い一本一本が小さな断熱材として働き、多数が束になることで強力な「空気の防寒コート」を形づくっています。
特に、外側の殻は強度と防水性を担い、内側の空洞は断熱と軽量化を担うという、役割分担が一つの繊維の中で実現されている点が大きな特徴です。


出典:東山動物園 ‐ ホッキョクグマ体毛の変化(2009年1月6日)
この仕組みを模倣し、中空のコアと保護殻からなる「核–殻構造」の人工繊維やエアロゲルファイバー※が開発されています。繊維の中心に高性能断熱材を封入した糸を編み込むことで、従来のダウンジャケットより大幅に薄く軽いのに同等以上の暖かさを持つ衣服が試作されており、寒冷地用ウェアや省エネ断熱材としての応用が期待されています。
これらの製品は、素材そのものを増やすのではなく、「形の工夫によって空気をうまく使う」ことで、軽さ・強さ・断熱性を同時に実現します。
竹の節構造:軽量と強度を両立させる力学設計


出典:WIKUMEDIA COMMONS – 2021 Sagano Bamboo forest in Arashiyama, Kyoto, Japan
竹は中空の円筒状でありながら、風にしなやかに揺れつつ折れにくい、高い強度と靱性を兼ね備えた植物です。その秘密は、一定間隔で入る「節」と、節の間の筒部(稈)※の構造にあります。
※稈(かん):竹などの中空で節のある茎
中空円筒は断面二次モーメント※が大きく、曲げに強い形ですが、長くなると座屈しやすいという弱点があります。竹の節は、内部を部分的に仕切るダイアフラムのような役割を果たし、座屈を防ぎながら、局所的な荷重を周囲へ分散させる補強リングとして働いています。
※断面二次モーメント:「その断面がどれくらい曲げにくい形をしているか」を表す指標。例えば厚みが外側に分布している形(中空パイプなど)は値が大きく、曲げにくいのに対し、真ん中に寄っている形(細い棒など)は値が小さく、曲がりやすい。


出典:PMC ‐ Bamboo nodes show nature’s wisdom(2022年11月28日)
(a) 竹全体のデジタル画像。短い節と長い節間部が強調されている。
(b) 1つの竹の節のマイクロCT画像。複雑な繊維ベースの構造が示されている。
(c) 1つの節を含む稈(かん)部のマイクロCT画像。
(d–f) 節の稈部と隔壁(ダイアフラム)の遷移領域を示すデジタル画像、光学顕微鏡画像、およびマイクロCT画像。
(g, h) 中央の隔壁のマイクロCT画像とデジタル画像。
(i) 1本の維管束のAFM画像。高密度に詰まったマイクロファイバーが示されている。
(j) 1本のマイクロファイバーの模式図。ねじれながら配向したナノファイバーが示されている。
近年の材料科学の研究では、節の部分で繊維束が三次元的に組み合わさった階層構造をつくり、径方向の剛性やせん断強度を大幅に高めていることが示されています。つまり竹は、「全体を厚く重くする」のではなく、「必要な位置にだけ節という補強を入れる」ことで、最小限の材料で最大限の曲げ強度と靱性を確保しているのです。
この発想は、中空鋼管柱や軽量パイプ、さらには竹節構造を模した繊維強化複合材など、軽量化と高剛性が求められる工学分野にインスピレーションを与えています。
ヤシの葉脈・骨格構造と応力分散モデル(建築への応用)


出典:iNaturalist – ダイオウヤシ Roystonea regia (bruceholst)
ヤシ(Arecaceae ヤシ科)の葉は、長く大きな葉身を比較的細い葉柄で支えながら、強い風にも耐えつつしなやかにたわむ構造を持っています。中央を走る太い主脈から細い側脈が段階的に分岐し、その間をさらに細かな網目状の脈がつないでいるため、重力や風圧といった荷重が一点に集中せず、葉全体に滑らかに分散されます。
一部が裂けたり傷んだとしても、別の脈が荷重を引き受ける冗長性があるため、全体が一気に壊れることを防いでいます。


出典:岡山理科大学 ‐ ココヤシ Cocos nucifera
この「階層的な葉脈ネットワーク」は、建築や構造工学の世界では、軽量屋根や大スパン構造のモデルとして注目されています。ケーブルネット屋根やシェル構造では、力の流れ(フォースフロー)に沿って部材を配置し、少ない材料で荷重を広く受け持つ設計が試みられており、そのパターン生成に葉脈構造を参考にした例も報告されています。
さらに、葉脈骨格をそのまま三次元の足場や格子として利用する研究や、ヤシの葉のような分岐パターンを取り入れた3Dプリント部材によって、従来より大幅に材料を削減しつつ必要な強度を保つ試みも進められています。
ホッキョクグマの毛、竹の節、ヤシの葉脈に共通しているのは、「材料を足す」のではなく、「空洞や骨組みの配置を工夫することで、軽さ・強さ・機能を同時に満たしている」という点です。中空構造や階層的な骨格パターンに学ぶことは、建築や輸送機器、衣類、エネルギー機器などを、「重厚さ」から「軽くてしたたかな設計」へとシフトさせるための、需要な鍵となるでしょう。


収斂進化の末、導き出された「最適解」デザイン


出典:SHARP ‐ 優雅な振る舞いと頭の良さで見る人を魅了!?海の大物アイドル“マンタ”



なんと!!ドラム式洗濯機の排水フィルターの形がマンタから来ていたとは!!



本当に、そこに着目した人の彗眼には感服しますね!



それを知ると一層、「きれいにしなくちゃ」って思っちゃいます
自然界の設計は、38億年という気の遠くなる時間をかけて磨かれてきた「物理法則との折り合いの取り方」の記録だと言えます。特に、系統の異なる生き物が同じような形や仕組みにたどり着く収斂進化は、物理的な制約のもとで「選ばれやすい解」があることを示しており、カワセミ型の新幹線先頭形状やゲッコーテープ、中空繊維やリブレット構造といった技術は、その地図の上に位置づけられる具体例として見ることができます。


出典:SHARP ‐ 既成概念を心地よく覆し、実は猛スピードで移動できるホタテ
最近では、ホタテの凹凸形状を応用した冷蔵庫のドアや、昆虫の感覚と電子回路を組み合わせた「昆虫サイボーグ」のナビゲーション研究など、生物の構造や行動原理をより高い解像度で抽象化し、システムとして取り込む試みが進んでいます。こうした動きは、単なる「形のコピー」を超えて、生命が内包する情報処理や自己調整のメカニズムを含めて設計に統合していく流れの一端のように見えます。
出典:JETRO ‐ 昆虫サイボーグが人命救助へ、シンガポール南洋工科大日本人研究者チーム(2025年6月12日)
※写真提供:シンガポール南洋工科大学(NTU)の佐藤裕崇教


出典:理化学研究所 ‐ 再充電可能なサイボーグ昆虫-昆虫の基本動作を損なわない超薄型有機太陽電池の実装-(2022年9月5日)
収斂進化が教えてくれること
収斂進化が示すのは、「どんな形でもありうる」のではなく、「環境と目的が似ていれば、たどり着きやすい形はかなり限られる」という事実です。水中を高速で進む魚類・イルカ・魚竜の流線型、摩擦を減らすペンギンやサメの体表パターン、軽量と強度を両立させる竹の節や中空構造などは、それぞれ流体力学や構造力学の観点から見ても合理的な解であり、エンジニアがゼロから設計しても似た答えに行き着きます。



ここで重要なのは、「自然を真似れば何でもうまくいく」という単純な話ではないことです。
むしろ、物理法則という共通言語の上に自然と工学を並べて眺めたとき、何度も現れるパターンこそが「外しにくい設計候補」として浮かび上がってくる…。その候補を起点に、用途ごとの条件(材料、スケール、環境)を織り込んでいくことで、試行錯誤の幅をぐっと狭められる点に、バイオミミクリーの実利があります。



生物の仕組みを丁寧にひもとく基礎研究と、その知見を物理・材料・設計に翻訳する工学の両輪がそろってはじめて、「最適解候補」を見極め、無駄な試行錯誤を減らすバイオミミクリーの力が最大限に発揮されるのだと思います。



基礎研究は科学の発展の礎ですからね!
生命の設計原理をどう使うか


ハネカクシの翅の画像出典:九州大学 ‐ 昆虫界で最もコンパクト:ハサミムシの扇子の展開図設計法が明らかに(2020年7月14日)
バイオミミクリーを「自然の模倣」から一歩進めて考えると、それは「生命が長い時間をかけて発見した設計原理を、別の文脈で再利用するために学ぶフレームワーク」と捉え直すことができます。今後、ゲノム情報や高精細な3D計測、シミュレーション技術がさらに進めば、「この環境・この目的・このスケールなら、候補はこのあたり」という「最適解の予測地図」をより明瞭に描けるようになっていくでしょう。
その地図を片手に、生物側の知見と工学的な制約条件を行き来しながら、どの部分を真似し、どの部分をあえて変えるのかを検討していくことに、収斂進化とバイオミミクリーが指し示す、これからのテクノロジーの発展の面白さと可能性があると言えるでしょう。
資源循環と生き物の共生について取り上げた、こちらの記事もよろしく👇️


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ゆる~く、分類学の第一歩を踏み出してください


参考・引用文献
バイオミミクリーとは何か?
Biomimicry Institute ‐ What is biomimicry
Biomimicry Institute ‐ A Biomimicry Primer
Biomimicry 3.8 ‐ Janine Benyus
Biomimicry Institute ‐ Janine Benyus
World Economic Forum ‐ In order to be truly innovative, we need to learn lessons from nature
Stämm ‐ What is Biomimicry? The Train and the Kingfisher
VELCRO® Brand ‐ An Idea That Stuck: How George de Mestral Invented the VELCRO® Brand Fastener
Micro Photonics ‐ Biomimicry – The Burr and the Invention of Velcro
Ellen MacArthur Foundation ‐ Janine Benyus explains Biomimicry
「収斂進化」が示す最適解とバイオミミクリー
Natural History Museum ‐ Convergent evolution
国立科学博物館 ‐ 大哺乳類展 進化の謎に迫る!陸を歩いていたクジラの祖先
東京大学 ‐ タンパク質複合体構造の進化の歴史は繰り返す(2025年9月22日)
ナノスケールの生物模倣:ファンデルワールス力の応用
Proceedings of the National Academy of Sciences ‐ Evidence for van der Waals adhesion in gecko setae(2002年8月27日)
PubMed ‐ Evidence for van der Waals adhesion in gecko setae(2002年8月27日)
PubMed ‐ Mechanisms of adhesion in geckos(2002年12月)
Science ‐ How Geckos Stick on der Waals(2002年8月27日)
UC Irvine ‐ Gecko Adhesives: Nanoscale Adhesives for Wound Closure(2009年6月9日)
Research!America ‐ Did You Know? Geckos Inspired New Medical Tape(2025年10月29日)
National Institutes of Health ‐ Gecko-Inspired Controllable Adhesive: Structure, Fabrication, and Applications(2024年2月29日)
Berkshire Corporation ‐ Gecko Toes in Space
昆虫の複眼とモスアイ構造
Encyclopedia Britannica ‐ Photoreception:Compound eyes, light sensitivity, optics
Encyclopedia Britannica ‐ Compound eye | anatomy
NIH PMC ‐ Moth-Eye-Inspired Antireflective Structures in Hybrid Polymers(2025年3月25日)
Optics.org(SPIE)‐ Moth-eye nanostructures offer improved anti-reflective coatings(2020年11月18日)
Ansys Optics ‐ Silicon solar cell with moth-eye anti-reflection coatings
NC State University ‐ Photoreceptors Compound Eyes
流体摩擦を削るデザイン:ペンギンとリブレット構造
Royal Society A ‐ Shark-skin surfaces for fluid-drag reduction in turbulent flow: a review(2010年8月28日)
ScienceDirect ‐ Aircraft viscous drag reduction using riblets(2002年8月‐10月)
ACS Omega ‐ Multistage Gradient Bioinspired Riblets for Synergistic Drag Reduction and Efficient Antifouling(2023年2月20日)
NIH PMC ‐ Hierarchical Riblet Structures for Enhanced Drag Reduction in Turbulent Pipe Flow(2025年9月5日)
KAKEN(科研費)‐ Penguin-skin riblets: Study of drag reduction effect of riblets on 3D body surface(2020年4月1日)
東京大学 ‐ ペンギンの体表を模倣したリブレットの3次元胴体モデルにおける抗力低減効果(2022年11月)
Journal of Fluids and Structures ‐ Drag reduction of large wind turbine blades through riblets: Evaluation of riblet geometry and application strategies(2013年2月)
中空構造と軽量・高強度設計
Nature Reviews Materials ‐ Cosy like a polar bear(2024年1月5日)
Science ‐ Biomimetic, knittable aerogel fiber for thermal insulation(2023年12月21日)
NIH PMC ‐ Bamboo nodes show nature’s wisdom(2022年11月28日)
National Science Review ‐ The Structure–Mechanics Relationship of Bamboo Culm(2024年12月26日)
Polar Journal ‐ When aerogel takes a leaf from polar bears(2024年1月8日)



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