生き物たちが持つ「学名」は、全世界で通じる唯一の科学的な名前です。猫はどこにいても「Felis catus 」と呼ばれ、チンパンジーはいつも「Pan troglodytes 」として記録されます。
この厳格そうに見える命名体系には、実は普通の人が思うよりずっと高い自由度が存在します。科学者たちは、アニメキャラクターをもじった名前や、思わず二度見してしまうような言葉遊びをこっそり忍ばせることができるのです。
タヌ山先生なぜそのようなことが許されるのか…?その答えは「学名のルール」の中に隠されています。


学名とは何か ー 生物に与えられる世界共通の名前


学名とは、全世界の研究者が共通して使う「生物の学術的な名前」です。属名と種小名の2つの言葉でできており、この仕組みを「二名法」と呼びます。
例えば、猫の学名「Felis catus」であれば、「Felis」が属名で、「catus」が種小名にあたります。この体系は18世紀のスウェーデンの博物学者、カール・リンネによって確立され、以来、あらゆる動物や植物、菌類に適用されてきました。
世界中の言語の壁を越えて同じ生き物について議論できるのは、この統一された学名があるからこそです。



学名は、地球上のあらゆる生物に唯一無二のアイデンティティを与える「世界共通のパスポート」のような役割を果たしています。
学名を付ける権利は「最初に正式な報告をした人」にある
新しい生き物を見つけたからといって、誰もが自由に名前を登録できるわけではありません。学名を命名する権利は、その種が「新種であること」を科学的な手続きを経て証明した研究者に与えられます。
具体的には、その生き物の姿形や特徴を詳細に記録し、証拠となる標本(タイプ標本)を保管したうえで、学術論文として公表する「記載」という行為が必要です。また、このルールには「先取権(priority)」※も含まれ、分類学における最も重要な秩序となっています。



※先取権とは、同じ生き物に対して複数の学名が提案された場合、より早く発表された学名が正式な学名として認められる権利です。
どんなに奇抜な名前であっても、この厳格な手続きを経て、専門家たちの審査を通ることで初めて、世界中で通用する公式な名前として認められるのです。
ラテン語の「ルール」さえ守れば言葉選びは自由
学名は「ラテン語でなければならない」というイメージを持たれがちですが、実際には「ラテン語の文法に沿った形式」であれば、語源はどこから持ってきても構いません。
英語や日本語、あるいは造語やダジャレであっても、末尾をラテン語風に整えることで、立派な学名として成立します。例えば、日本語の響きをそのまま活かしたものや、現代の言葉をラテン語風にアレンジしたものが数多く存在するのは、この柔軟なルールの恩恵です。



知性と品位のない学名を命名することには反対ですが、ときどき素晴らしいセンスの学名に感心します。バランス感覚が大切ですね。
フィクションのキャラクターや架空の名前も認められる
国際動物命名規約(ICZN)などの世界的なルールにおいて、特定の人物や架空のキャラクターに由来する名前の使用は、明確に禁止されていません。そのため、映画や小説、ゲームに登場する魅力的なキャラクターの名前を、新種の生き物に贈ることは科学的に「正解」の一つの形です。
ただし、その生き物や由来となった対象を侮辱するような不適切な表現は避けるべきという倫理観も求められます。「自由ではあるが、対象への敬意を忘れない」というバランスの上に、私たちの知的好奇心を刺激する多様な名前が成り立っているのです。



この「倫理的にどうか」というポイントは時々議論を呼ぶこともあります。



研究者たるもの、後進のためにも模範的でありたいものです
注目を集めることで「分類学」の意義を社会に伝える
研究者がわざわざユニークな名前を付けるのには、単なる個人の趣味を超えた、社会的なコミュニケーションとしての目的もあります。新種の発見というニュースは、場合によっては専門外の人には少し地味に映ってしまうこともあります。



「Nature(ネイチャー)」や「Science(サイエンス)」などの有名誌に大きく取り上げられるような新種発見はほんの一握りなんですよ。
そこで、誰もが知るキャラクターや面白いフレーズを名前に取り入れることで、メディアの注目を集め、分類学という学問の存在を世に広めるきっかけを作っているのです。名前が注目されることは、その生き物が住む環境の保護や、生物多様性の重要性に人々の目を向けさせることにも繋がります。



面白い学名は、科学の世界と私たちの日常をつなぐ「案内役」の役割も果たしているとも言えるのです。



ただし、ふざけすぎるとNG出されるだけでなく、SNSで叩かれますから要注意ですよ!
学名は厳格なルールを守りつつも、文化やユーモアを受け入れる懐の深さを持っています。この基本を知ることで、次に登場する生き物たちの名前が、より一層輝いて見えてくるはずです。
このシリーズでは有名な研究者や歴史上の偉人の名前を冠した「献名」については、深く掘り下げていません。人名以外の、発想の転換やユーモアから生まれた名前にまずは注目し、その豊かさを楽しんでいきましょう。



「献名」に関連した面白い学名は、別の記事で特集します…!
それでは、いよいよ「二度見せずにはいられない」個性豊かな学名たちの世界を覗いてみましょう。科学と遊び心が融合した、創造的な命名の世界へようこそ。
学名の基本ルールを確かめたい人は、こちら👇️


【ポケモン関連】学名に進化したモンスターたち


ポケモンは、空想上の生き物でありながら、私たちが自然界に対して抱く憧れや好奇心を形にしたような存在です。その影響力は、いまや娯楽の枠を大きく飛び越え、最新の分類学の世界にも不思議な縁をもたらしています。



筆者は家族ぐるみでポケモン大好きです
幼い頃にゲーム機を握りながら夢見た「図鑑をコンプリートしたい!」という想いが、どのようにして科学の正式な記録へと影響を与えたのでしょうか。科学者が幼い頃に抱いた夢が、新種の発見という形で結実した、心温まるエピソードを紐解いていきましょう。
ここに登場するのは、ポケモンの名前を背負って生きる生き物たちです。
リザードンの翼を持つハチ ー Chilicola charizard


出典:iNaturalist – Chilicola charizard (sebastian-andrade-t)
チリコラ・リザードン(学名:Chilicola charizard )はカナダの研究者スペンサー・K・モンクトン氏がチリのアンデス山脈で発見したハナバチです。体長はわずか4~7mm程度ですが、その胸部に見られる独特の模様が、ポケモンの「リザードン(Charizard)」の翼を彷彿とさせたことからこの名が授けられました。



英語名では、
🔥 Charmander(ヒトカゲ)
🔥 Charmeleon(リザード)
🔥 Charizard(リザードン)
と、進化します!
リザードンのように火を吹くことはありませんが、高山地帯の厳しい環境で逞しく生き抜くこのハナバチには、まさにリザードンのような風格が宿っています。発見者がその生き物に抱いた第一印象を、素直かつ誠実に学名として記録する素敵な事例です。
伝説の三鳥が揃った ー Binburrum 属の稀少甲虫
オーストラリアで記載されたBinburrum 属の3種の甲虫は、体長数ミリ〜1cm弱程度の、めったに姿を見せることがないきわめて希少な存在です。研究者ユン・シャオ氏とダレン・ポロック氏は、2020年に発表した論文で、ポケモンの伝説の三鳥の名前からとって「フリーザー(articuno )」「サンダー(zapdos )」「ファイヤー(moltres )」の3種を同時に命名しました。



英語名がそれぞれの種名になっています
ユン・シャオ氏は子ども時代にポケモンのトレーナーを目指していたことを公言しており、その情熱が科学への道へと繋がったことをこの学名で証明しています。標本数が極めて限定的であるという現実の厳しさが、ゲーム内の希少設定と重なり、名前そのものが一種の保護のメッセージとして響いています。


出典:WIKIMEDIA COMMONS – Binburrum articuno
❄️ Binburrum articuno(フリーザー) ー 半楕円形の鞘翅(前翅)に数百個の黒斑が散りばめられ、黄色い脚と青い複眼を持つ稀少種です。この複眼の色合いと透明な後翅の特徴が、ポケモンの伝説の氷の鳥フリーザーのイメージと重なることから、2020年に命名されました。


出典:WIKIMEDIA COMMONS – Binburrum zapdos
⚡️ Binburrum zapdos(サンダー) ー 黒い翅と黄金色の前胸部を持つ稀少種です。標本数が極めて少なく、その稀少性がポケモンの伝説の鳥サンダーと重なることから、他の2種と同時に命名されました。


出典:WIKIMEDIA COMMONS – Binburrum moltres
🔥 Binburrum moltres(ファイヤー) ー 黒い頭部と黄金色~オレンジ色の前胸部を持つ稀少種です。この炎のような体色がポケモンの伝説の火の鳥ファイヤーのイメージに重なることから命名されました。



3種を揃えることで、ゲーム内の「伝説の三鳥」という設定を見事に科学の世界で再現しました。見た目はちょっと強引かなと思うところもありますが、ポケモンファンならこの心、理解できるのではないでしょうか?
古代の空を飛んだプテラ ー Aerodactylus scolopaciceps


出典:WIKIMEDIA COMMONS – Aerodactylus scolopaciceps
Aerodactylus scolopaciceps は、ドイツのゾルンホーフェン石灰岩から発見されたジュラ紀後期(約1億5000万年前)の翼竜です。翼幅約1メートルの小型種で、海岸地帯で生活していたと考えられています。
この化石は19世紀から知られていましたが、2014年にベネット博士によって新属として再分類され、「Aerodactylus(風の指)」という属名が授けられました。興味深いのは、ポケモンの「プテラ(英名:Aerodactyl)」が1996年の登場時から既にこの名前を使っていた点です。



両者とも「aero(風)+ dactyl(指)」というギリシャ語の組み合わせで、翼竜を表す際の典型的な造語パターンです。
実際の古生物に、発見から18年後にポケモンとほぼ同じ名前が付けられたことは、科学とポップカルチャーの不思議な一致といえるでしょう。ゾルンホーフェン石灰岩から発見された精密な化石は、翼竜の進化を理解する上で極めて貴重な資料となっています。



日本語名の「プテラ」と英語名の「Aerodactyl(エアロダクティル)」。呼び方は違っても、1億5000万年前の空を象徴する翼竜にインスパイアされた「化石ポケモン」として、この名前はぴったりですね!
ポケモンに由来する、あるいは強く連想させる学名の数々は、分類学が私たちの日常や文化と決して無縁ではないことを優しく語りかけてくれます。科学者たちが子ども時代に抱いた夢は、やがて次の世代の子どもたちが自然や生き物を愛する心へと受け継がれていくのです。



次は、魔法の飛び交うファンタジーの世界へ。「ハリー・ポッター」にちなんだ学名の不思議を探りにいきましょう。


【ハリー・ポッター関連】魔法世界から抜け出した学名たち


J.K.ローリング氏が描いた魔法の世界の豊かな想像力は、現実の世界を調査する研究者たちの心をも捉え、新種の発見という驚きを「魔法の言葉」で記録に残すきっかけとなりました。ここでは、魔法世界の象徴的な存在が、どのように学名として現実に刻まれたのかを紐解いていきましょう。



同僚のシロフクロウさんは普段から魔法使いっぽい風貌なので、この章はシロフクロウさんにお願いします!



服が黒いだけでは…
選別帽のような見た目の蜘蛛 ー Eriovixia gryffindori


出典:iNaturalist – Eriovixia gryffindori (deekshith20)
2015年にインド南西部のカルナータカ州で発見されたクモ Eriovixia gryffindori は、枯れ葉に擬態した独特な腹部の形状が、ホグワーツ魔法魔術学校の「選別帽(Sorting Hat)」に驚くほどよく似ていることから、帽子の元の持ち主であるゴドリック・グリフィンドールにちなんで命名されました。
発見者はインドの研究者ジャベド・アハメド氏、ラジャシュリー・カラップ氏、スムクハ・ジャヴァガル氏の3名です。研究チームは、この命名を通じて、普段は注目されにくい無脊椎動物の世界に光を当てたいと考えました。
単なる話題作りではなく、生き物の形態的特徴を直感的に伝えるための「科学的なコミュニケーション」として、物語の力が活用された素晴らしい例です。
摂魂鬼の名を持つハチ ー Ampulex dementor


出典:iNaturalist – Ampulex dementor (jackychiangmai)
Ampulex dementor は、ドイツのベルリン自然史博物館の研究者マイケル・オール氏が2014年に記載したセナガアナバチです。このハチはゴキブリを神経毒素で麻痺させ、意識は保ったまま動きを奪い、自分の巣へと導くという極めて特殊な狩りの習性を持っています。
獲物の自由意志を奪い去るような生態が、ハリー・ポッター物語中のデメンター(摂魂鬼)の描写と重なったことがこの命名の由来です。なんと、この学名は博物館の来場者による投票結果から選ばれ、「Ampulex bicolor 」など他の選択肢を抑えて選定されました。



専門的な分類学の世界と一般社会を魔法のキーワードが繋いだ、素敵な交流の物語ですね!
魔法学校から舞い降りた「竜の王」 ― Dracorex hogwartsia


出典:WIKIMEDIA COMMONS – Dracorex BW
白亜紀後期の北米で生息していた恐竜につけられた学名「Dracorex hogwartsia 」は、「ホグワーツのドラゴンの王」という意味を冠しています。2006年にBob BakkerとRobert Sullivanによって正式に記載された際、頭部に無数のトゲやコブを持つ独特の姿がファンタジー作品に登場する竜を彷彿とさせたことから、発見者たちがハリー・ポッターシリーズへの敬意を込めて命名しました。



ファンタジーな存在として生み出されたドラゴンなのに、実はかつて似た恐竜が存在した…!ともいえますね。
ラテン語で「竜の王」を意味する「Dracorex 」と、魔法学校の名「hogwartsia 」を融合させたこの名称は、古生物学という学問に魔法のような輝きを添え、次世代を担う子供たちが科学への興味を抱くきっかけとなっています。
人食い蜘蛛アラゴグにちなんだ大型のクモ ー Aname aragog


出典:Western Australian Museum – Open-holed trapdoor spider
Aname aragog
Aname aragog は西オーストラリアのピルバラ地域(Pilbara)で記載されたトタテグモの一種です。がっしりとした体つきや地中で暮らす生態は、物語に登場する巨大な人食いグモ「アラゴク」のイメージに結びつけられ、その名が与えられました。



実際のAname aragog の大きさは3cm前後です。「アラゴク」としてはミニチュアですが、クモとしては結構大きいですね。
架空の生物のイメージを現実の生き物に重ねることで、その生き物が持つ存在感や、自然界に対する畏敬の念を言葉の壁を越えて表現することに成功しています。


ハリー・ポッターに由来する学名は、生き物の「姿」や「生き方」を、物語の力を借りて直感的に伝える架け橋となっています。



科学者たちの中にも、ハリーポッターに夢中になった経験がある人がいるのでしょうね〜



次は、壮大な宇宙で繰り広げられるスター・ウォーズの世界に行ってみましょう!


【スター・ウォーズ関連】銀河伝説が刻まれた学名たち


『スター・ウォーズ』は、壮大な宇宙観だけでなく、強烈な個性を持つキャラクターデザインでも知られています。その視覚的・象徴的な力は、現実の生物を記載する分類学者たちの発想源にもなりました。
銀河の英雄や異星の住人が、どのように学名として地球の歴史に刻まれたのか、その背景を詳しく見ていきましょう。
最後に現れた孤高の相棒 ー Han solo(三葉虫)


出典:WIKIMEDIA COMMONS – ハン・ソロ三葉虫
Han solo は、中国・湖南省の地層から化石が発見された、約4億7千万年前(オルドビス紀中期)に生息していた三葉虫です。命名者はイギリスの古生物学者サミュエル・タービー博士で、属名の「Han」は中国の漢民族に由来し、種小名の「solo」は、研究対象となったディプラグノスタス科※の系統の中で最後に位置づけられた種であることを意味しています。
※ディプラグノスタス科(学名:Diplagnostidae):カンブリア紀からオルドビス紀にかけて生息した小型の三葉虫(アグノスタス目)のグループ。頭部と尾部がほぼ同じ形・大きさ(等尾型)という特徴的な形態を持ち、ほとんどの種が眼を持たない。世界中の地層に広く分布し、地質年代の特定に重要な示準化石として使用される。
ただし、タービー博士は、友人たちから「スター・ウォーズのキャラクター名を学名に付けろ」と挑戦されたことを明かしています。博士は中国の民族名と系統的位置づけという学術的根拠を備えた上で、この遊び心あふれる命名を実現しました。



あらかじめ「ふざけた名前はダメ」といわれるリスクに対する言い訳を用意していた、ということですね〜



「科学者の知的な戦略」と呼ぶべきでしょう!



遊び心が革新を拓くことは往々にありますからね
※ハン・ソロはスター・ウォーズシリーズの主要キャラクターで反逆同盟の英雄として活躍する、「宇宙船ミレニアム・ファルコン」のパイロットです。
グリードの容姿を持つナマズ ー Peckoltia greedoi


出典:WIKIMEDIA COMMONS – Peckoltia greedoi holotype lateral
Peckoltia greedoi は、ブラジルのグルピ川(Gurupí River)流域で発見された、岩などに張り付くための吸盤状の口を持つナマズ(プレコ)の一種です。2015年にアラバマ大学オーバーン校の研究チーム(主査ジョナサン・アームブラスター博士)が記載しました。



※ホロタイプ標本とは、新種が最初に記載される際に、その種の特徴を代表するものとして指定された標本のことです。その種の「正式な基準」となる唯一の重要な個体です。
この魚の暗く大きな瞳と平たい顔つきが、スター・ウォーズのキャラクター「グリード」に酷似していることから、この名が授けられました。論文では「著しい外見上の類似性」が正式な理由として記載されており、文字情報だけでは伝わりにくい生物の容姿を、誰もが知るキャラクターに例えることで、その特徴を瞬時に世界に伝える視覚重視型の命名です。
※グリードはバクのような鼻と大きく丸いドーム状の暗い瞳が特徴的な外見のキャラクターです。深緑色の恐竜のような質感の肌をしています。
チューバッカのような毛深い蛾 ー Wockia chewbacca


出典:WIKIMEDIA COMMONS – Wockia chewbacca holotype
Wockia chewbacca は、2009年にメキシコで発見・記載された、全身が非常に密な毛で覆われた蛾の一種です。その毛むくじゃらな外見が、先程出てきた「ハン・ソロ」の相棒として冒険を共にする勇敢な戦士「チューバッカ」を強く連想させることから命名されました。
この蛾は巨大な生き物ではありませんが、その質感から受ける印象を、巨大なキャラクターの名を借りて表現するという対比の巧みさが光ります。この命名の背景には、映画が生まれたアメリカ文化圏の影響力の大きさもあり、学名が現代社会の文化を反映する鏡であることを象徴しています。
※チューバッカはハン・ソロの相棒で全身長い毛に覆われた怪力のキャラクターです。機械にも強く、宇宙船の副操縦士としても活躍します。
スター・ウォーズに由来する学名は、外見のインパクトや発見の文脈を、物語の力を借りて鮮明に伝える役割を果たしています。「グリードに似ているから」という理由が、正式な科学論文に記載されるほど、分類学者たちは自らの素直な驚きと愛着を学名に託しているのです。



次は、さらにジャンルを広げ、その他のアニメやキャラクターにちなんだユニークな学名の世界を覗いてみましょう。


【その他のポップカルチャー】フィクションが科学名になったユニーク生物たち


私たちが愛する映画やコミック、あるいは親しみやすい人形劇の世界は、時に現実の生物を遥かに超えるほど個性豊かなキャラクターを創造してきました。その鮮烈なイメージは、最新の科学的発見を公表する研究者の発想にも大きな影響を与え、物語の枠を超えて「学名」という公式な記録に息づいています。
スクリーンやページの中で躍動したキャラクターたちが、どのようにして地球の生命史にその名を刻むことになったのか見ていきましょう。



上のイラストのぼく、著作権大丈夫ですか?



(ドキッ)タヌ山先生をアメリカのヒーロー風にしただけです!
怪獣王ゴジラの名を持つ ー Godzillius robustus


出典:ResearchGate – Anchialine biodiversity in the Turks and Caicos Islands: New discoveries and current faunal composition
Godzillius robustus は、1980年代にバハマの海底洞窟で発見された、ムカデエビ(Remipedia)※という非常に珍しい甲殻類です。この生物のグループ自体が生物学界に衝撃を与えましたが、その力強く未知の姿が日本が生んだ世界的アイコン「ゴジラ」を連想させたことから、Schram, Yager & Emersonらの研究チームによって1986年に「強力で頑丈なゴジラ」という意味のGodzillius robustus と命名されました。
※ムカデエビ綱(学名:Remipedia):海底洞窟など光の届かないごく限られた環境に生息する甲殻類。ムカデに似た細長い体をもち、毒を使って獲物を捕らえる甲殻類では極めて珍しい捕食者である。胸部と腹部の区分がないという異例の形態をもち、その進化的位置づけをめぐっては、昆虫(六脚類)との関係も含めて議論の対象となっている。
学名の「Godzillius」は、まさに怪獣王ゴジラへの敬意が込められたものです。光が一切届かない過酷な洞窟環境に適応し、独自の進化を遂げたこの生き物の神秘性は、まさに「未知の怪物」と呼ぶにふさわしい存在感を放っています。
日本文化が科学の最前線で「未知なる強さ」の象徴として引用された、記念碑的な学名といえるでしょう。
カーミットの笑顔を持つ化石 ー Kermitops gratus


出典:flicker – Kermit puppet by Pattie (Pirate Alice) / CC BY-SA 2.0
Kermitops gratus は、約2億7000万年前(ペルム紀)のテキサスに生息していた原始的な両生類です。スミソニアン国立自然史博物館に長年保管されていた未記載の化石を、2024年にSo, Pardo & Mannの研究チームが再調査したところ、大きな目を持つ愛嬌のある頭骨が、マペット・シアターの人気キャラクター「カエルのカーミット」にそっくりであることに気づきました。


出典:Ancient amphibian species named after Kermit the Frog
属名の「Kermitops」はカーミットの顔(「-ops」はギリシャ語で「顔」)を、種小名の「gratus」はラテン語で「感謝」を意味し、標本の採取に協力した研究者たちへの謝意を表しています。太古の化石に親しみやすいキャラクターの名前を冠したことで、専門性の高い古生物学が、より身近で温かみのあるものとして世界中に広く知れ渡るきっかけとなりました。
バットマンのマークを背負う魚 ー Otocinclus batmani


出典:ResearchGate – Otocinclus batmani, a new species of hypoptopomatine catfish(Siluriformes: Loricariidae) from Colombia and Peru Pablo Lehmann A.
Otocinclus batmani は、南米のアマゾン川流域に生息する、吸盤状の口が特徴的な小型のナマズです。アクアリウムの世界でも人気が高い本種の最大の特徴は、尾びれの付け根に見られる黒い「W」字型の模様です。



熱帯魚ではおなじみ「オトシンクルス」の仲間ですね!
これがDCコミックスのヒーロー「バットマン」の胸部シンボルマークに酷似していたことから、パブロ・レーマン博士によって2006年に正式な学名として命名されました。ファンの通称ではなく、あくまで公式な科学名として登録されています。
文字情報だけでは伝わりにくい外見的特徴を、誰もが知るマークに例えることで、一瞬にしてその個性を世界に伝えることに成功した視覚重視型の命名といえるでしょう。このように、ポップカルチャー由来の学名は、その生き物が持つ視覚的な魅力や存在感を、物語の力でより鮮明に描き出しています。



知的なひねりが楽しい言葉遊びや、うまい掛詞の光る学名たちに注目してみましょう。


【言葉遊び・掛詞】ラテン語に忍ばせた、学者たちの知的ユーモア


学名は世界共通の公用語ですが、その綴りの中には、思わず「ザブトン一枚!」と言いたくなるような、知的な仕掛けが隠されていることがあります。ラテン語という一見すると堅苦しい形式を逆手に取り、英語や歴史的格言と掛け合わせた「二重の意味」は、分類学における最も洗練された遊び心の一つです。



日本の和歌にも通じる、知的な仕掛けですね!
研究者たちが言葉の響きにどのようなメッセージを込めたのか、その機知に富んだ世界を覗いてみましょう。
古典語と現代語が交差する「知の遊戯」 ー Boops boops・Vini vidivici・Ytu brutus
学名の世界では、古代の言葉と現代の感覚を融合させることで、多層的な意味を持たせる技法があります。
ボーグス(Boops boops )


出典:iNaturalist – Boops boops (maxprinci)
タイ科の魚「ボーグス(Boops boops )」は、ギリシャ語で「牛の目」を意味します。1758年にリンネが命名して以来、属名と種名が同じという印象的な形式が守られています。



ギョロッとした大きな目ですね〜!
ヴィニ・ウィディ・ウィキ(Vini vidivici )


出典:WIKIMEDIA COMMONS – Vini vidivici
ポリネシアで絶滅したヴィニ・ウィディ・ウィキ(Vini vidivici )は、カエサルの格言「Veni, vidi, vici(来た、見た、征服した)」をもじり、人間がインコの世界に来て、見て、そして(狩りによって)絶滅させたという悲しい歴史を皮肉っています。



「veni, vidi, vici」に似て語呂は良いですが、実際はタヒチ語で地元の鳥を意味する「vini」が属名として採用されたものだそうです。



狩り尽くされてしまうなんて、カカポみたいにのんびりしていて飛ぶのが苦手な鳥だったのでしょうか…
イトゥ・ブルートゥス(Ytu brutus )


出典:Explore JSTOR ‐ A New Species of Ytu from Brazil (Coleoptera: Torridincolidae)
Paul J. Spangler(1980年1月)
ブラジルの水生甲虫イトゥ・ブルートゥス(Ytu brutus )という学名は、シェイクスピアの戯曲『ジュリアス・シーザー』で知られる「Et tu, Brute?(ブルータス、おまえもか)」というラテン語の決まり文句を下敷きにしたものです。
さらに属名 Ytu は、スペイン語の 「Y tú(あなたも)」 とも響き合うよう設計されており、古典文学・ラテン語・現代語が多層的に重ね合わされた、教養を前提とした「大人のためのユーモア」の最高峰といえるでしょう。



※有名な「ブルータス、おまえもか!」の場面ですね〜
元々、英語で書かれた戯曲ですが、この場面は「Et tu, Brute! Then fall, Caesar.」と、シーザーのセリフの部分だけラテン語になっている印象的な場面です
発見と研究室の喜びがそのまま形になった即興ネーミング ー Aha ha


出典:SPHECOS ‐ A Forum for Aculeate Wasp Researchers(1983年10月)
オーストラリアの寄生バチ「アハ・ハ(Aha ha)」の命名には印象的な物語があります。1972年、フィールドで標本を発見したHoward E. Evans博士が「Aha!(あっ!)」と叫び、一緒にいた同僚が「Ha!」と応じました。
その後、命名者のアーノルド・メンケ博士が標本を検査し、新属であることに気づいて「Aha, a new genus!(あっ、新属だ!)」と言うと、同僚のエリック・グリッセル氏が疑わしげに「Ha!」と返したそうです。
この二つの「Aha」と「Ha」のエピソードが、メンケ博士の心に深く刻まれ、学名として実現したのです。発見の瞬間のライブ感や、研究者同士の温かな人間関係が名前に宿ることで、無機質になりがちな科学データに血の通った「物語」が吹き込まれています。



なんという感性!!
「ピエザ」シリーズに込められた、命名の連鎖と楽しさ ー Pieza 属の言葉遊び


出典:WIKIMEDIA COMMONS – Pieza rhea
特定のグループを一貫してユーモアで彩ることで、その存在を世に知らしめようとする試みもあります。ハエの研究家ニール・イベンハイス博士は、ピエザ(Pieza)属の命名において、英語の「A piece of…(〜のひと切れ)」というフレーズを軸にした言葉遊びを展開しました。
- ピエザ・カケ(Pieza kake )は「朝飯前」を意味する「Piece of cake」
- ピエザ・パイ(Pieza pi )はピザを思わせる「Pizza Pie」
- ピエザ・デレジスタンス(Pieza deresistans )は最高傑作を意味する「Pièce de résistance」
を言語化したものです。一人の研究者が強い意志を持ってシリーズ化することで、分類学という地道な作業にエンターテインメント性が加わり、専門家以外の人々がその種の多様性に目を向けるきっかけを作っています。



ある程度通じた人が見れば「この学名、あの先生っぽいな」と思わせる例でもありますね〜



はい、そういう学名も心当たりありますね!
属名を接頭語として展開される「大喜利」 ー Agra 属の言葉遊び


出典:Smithsonian Environmental reserch Center – One of the most influential entomological conservation biologists and systematic taxonomists today.
オサムシの仲間であるアグラ(Agra )属は、属名そのものを「お題」として繰り広げられる「大喜利」のような様相を呈しています。著名な昆虫学者たちは、属名に続く言葉を工夫することで、魔法の呪文のような「アグラ・カダブラ(Agra cadabra )」や、広場恐怖症をもじった「アグラ・フォビア(Agra phobia )」といった名前を生み出しました。
中には、
- 分類作業の困難さを「イライラ」に掛けた「アグラ・ベーション(Agra vation )」という自虐的なユーモア
- 大きな足を持つビートルという意味の「アグラ・サスクワッチ(Agra sasquatch )」
まで含まれています。属名が固定されているという分類学のルールを、制約としてではなく「遊びの余地」としてポジティブに捉え直した、独創的な成果といえるでしょう。



Agra 属のリスト確認しましたが、なんでNG出なかったのかわからないレベルのイケナイ響きの名前もありますね…



研究者にはついふざけ過ぎちゃう人、以前は結構いたんですよ



(ブーメランが刺さっているのに気が付かない人が見える…!)
言葉遊びを通じて名付けられた学名たちは、記号としての名前を、誰かの心に残り続ける「生きた言葉」へと昇華させています。難解に思える学名も、一つひとつを分解してみると、名付け親の温かなユーモアや科学への情熱が見えてきるのです。



次は、全く同じ言葉がリズムを刻むTautonymy(同語反復)の学名を見ていきましょう。


【同じ名前の繰り返し】 – Tautonymy – 究極のシンプルさが刻む調和


特に動物の学名の世界における最もミニマリズムな美しさ、それが「トートニム(Tautonymy、同語反復)」です。属名と種小名をまったく同じ言葉で構成するこの命名法は、実は動物学においてのみ認められている特別なルールで、植物学では厳格に禁止されているという興味深い背景があります。
本質を三度繰り返す ― Gorilla gorilla gorilla と Bison bison bison


出典:iNaturalist – Gorilla gorilla ssp. gorilla (otomops)
属名、種小名、そして亜種名までもが完全に一致する「トリプル・トートニム」は、同語反復の究極形といえるでしょう。西ローランドゴリラの「ゴリラ・ゴリラ・ゴリラ(Gorilla gorilla gorilla )」やアメリカバイソンの「ビソン・ビソン・ビソン(Bison bison bison )」がこれに該当します。
これらは、ある種が亜種に分けられた際、その基準となる存在(基亜種)であることを示すために、分類学上このような形になりました。三度の反復は、単なる手抜きではなく、「この生き物こそが、まさにその名の体現者である」という科学的な宣言でもあります。
名前を口にするたびに、その存在の重みが強調されるような不思議な響きを持っており、一度聞けば決して忘れることのない強いインパクトを与えます。
属と種の完全一致 ー Iguana iguana・Llama glama・Nipponia nippon


出典:iNatiralist – グリーンイグアナ Iguana iguana (magazhu)
標準的な同語反復は、その生き物が属全体の「顔」として認識されていることを示します。グリーンイグアナ(Iguana iguana )は、カリブ海の先住民タイノ族の言葉「iwana」に由来し、リンネが1758年に命名しました。
リャマ(Llama glama )は、南米アンデスのケチュア語から採用された名前です。そして日本のトキ(Nipponia nippon )は、1835年にオランダの動物学者テミンクが命名した、世界でも極めて珍しい「国名そのものが学名になった」事例です。



確かに、トキの白いからだと鮮やかな赤い頭は日本の国旗もイメージさせますね


出典:iNaturalist – トキ Nipponia nippon (cescly)
かつて日本全土で見られたトキは2003年に野生絶滅しましたが、中国からの個体をもとにした保護活動により、現在は佐渡島を中心に野生復帰が進んでいます。これらの名前は、現地の言葉や文化をそのまま尊重し、ラテン語の枠組みに組み込んだ結果であり、同じ言葉の繰り返しが生き物の本質と文化的背景を力強く表現しているのです。
鳥の鳴き声が学名になった ― Upupa epops(ヤツガシラ)


出典:iNaturalist – ヤツガシラ(広義) Upupa epops (turbok)
自然界の音をそのまま言語化した学名は、極めて稀で貴重な存在です。ヨーロッパに生息するヤツガシラの属名「Upupa」は、この鳥が発する「ウップップッ」という独特な鳴き声をラテン語風に表記したもので、種小名の「epops」もギリシャ語で同じくヤツガシラの鳴き声を意味します。
厳密には綴りが異なるため完全なトートニムではありませんが、意味と音の反復という点では共通の精神を持っています。1758年にリンネが命名したこの学名は、生き物の識別という科学的な必要性と、その生き物が発する声という最も本質的な特徴が、完全に一致した瞬間を記録しています。
この名前を声に出すと、まるで鳥の鳴き声を真似ているかのような感覚になり、学名が単なる記号ではなく「生きた音」の記録であることを実感させてくれます。



リンネ先生もこんな遊び心がある方だったのですね〜



類まれな天才の発想力とも言えますね!
トートニムが表現するのは、「同じ言葉を繰り返すことの力」です。複雑な言葉遊びや知的なユーモアではなく、単純な繰り返しによって、その生き物の本質が深く心に響く…。
これは分類学における最もシンプルで、最も普遍的な美学かもしれません。植物図鑑を見るときは、こうした繰り返しの名前がないか探してみてください。もし見つからなければ、それは植物学のルールが守られている証拠です。



なぜなら、植物の「ICN – 国際藻類・菌類・植物命名規約」では、トートニムは明確に禁止されているのです。



植物の命名規約では、動物より厳格な区別を求められるのですね!ただし、1文字だけでも違えば許可されます。
動物と植物のルールの違いを知ると、観察がもっと楽しくなります。次は、学名自体が魔法や呪文のような学名を見ていきましょう。



今だったら「厨二病」なんて言われてしまうかも…!?


【魔法・呪文のような学名】深淵と幻想の物語を呼び覚ます詠唱


学名は、時に古代の魔法書に記された呪文のような、荘厳でミステリアスな響きを帯びることがあります。ギリシャ語やラテン語の重厚な音韻が、神話や伝説、さらには現代のファンタジー作品の世界観と結びつくとき、その生き物が持つ神秘性や威厳は、言葉の響きそのものによって鮮やかに立ち上がります。
まるで太古の記憶を呼び覚ますかのような、劇的な背景を持つ生き物たちの物語を紐解いていきましょう。



かっこいいか、恥ずかしいか…!でも、これも大きな文化の流れの一つだと思います。



やりすぎで、かえって笑ってしまうホラーとか、結構好きですよ〜



昔は…(だいたいみんなカッコイイと思ってやってたんですよ…)



ハッ!?(またブーメランの飛ぶ音が聞こえたような…!)
「地獄の吸血鬼」実は「穏やかな掃除屋」 ― Vampyroteuthis infernalis


出典:NOAA ‐ How are Cephalopods Adapted to the Dark, Deep World Below 1,000 Meters?(20126月4日)
深海600~900メートルの暗闇に生息するコウモリダコ(Vampyroteuthis infernalis )の学名は、直訳すると「地獄の吸血イカ」という極めて衝撃的な意味を持ちます。1903年にドイツの動物学者カール・チュンによって命名された際、マントのような膜を広げた恐ろしげな姿が伝説の吸血鬼を連想させました。



一周回って可愛い名前ですね!



見た目もかわいいですね〜
しかし実際の生態は、海中に漂う有機物の破片(マリンスノー)を静かに集めて食べる、至って平和的なものです。名前の「恐ろしさ」と実際の「慎ましさ」のギャップこそが、深海という未知の世界の意外性を物語っており、科学者の驚きがそのまま呪文のような名前に封じ込められています。
深海の生き物に興味がある人には、こちらもおすすめ👇️
伝説の怪物を思わせる「黒い湖の住人」 ― Eucritta melanolimnetes


出典:WIKIMEDIA COMMONS – Eucritta1DB
Eucritta melanolimnetes は、約3億4000万年前(石炭紀)の地層から発見された初期の両生類の仲間です。ギリシャ語で「黒い湖の真の生き物」という意味を持つこの名は、発見地のスコットランドにちなみ、1954年の映画「ブラック・ラグーン」※への敬意を込めて、1998年にJenny Clackによって命名されました。
※「ブラック・ラグーン」(1954年):アマゾン奥地の黒い湖に潜む、半魚人のような姿の未知の怪物を描いたハリウッド映画。
複雑で重厚な音の連なりは、まるで古代の森のほとりに潜む未知の生命体を召喚する詠唱のような響きを持っています。当時の地球環境が持っていた静寂や湿り気、そして生命が陸へと進出していく瞬間の神秘性を、感性豊かに表現した素晴らしい命名といえます。



メンフクロウ職員は呪文を唱えた!
「ユークリッタ・メラノリムネテス!」



(しかし何も起こらなかった。)



(急に荒ぶった…!そして激しく後悔した…!)
砂漠に眠る「サウロンの目」 ― Sauroniops pachytholus


出典:Smithsonian Magazine ‐ New Dinosaur Discovered – Named After the Demonic Sauron from Lord of the Rings(2012年11月2日)
Sauroniops pachytholus は、モロッコで発見された白亜紀中期(セノマニアン期)の巨大肉食恐竜で、その名は『ロード・オブ・ザ・リング』の暗黒卿サウロンの「目」に由来します。2012年にAndrea Cauらによって記載された際、この恐竜は目の周辺の骨だけが発見されていました。



この恐竜はカルカロドントサウルス科で、ティラノサウルスと同程度の大きさだったと推測されています。「王者の風格」がありそうですね!
その眼窩の形状が極めて特徴的で、まるで全てを見通すかのような威圧感を持っていたことから、この劇的な命名がなされました。ギリシャ語で「サウロンの目(Sauroniops )」を意味する名前がつけられたこの恐竜は、たった頭骨の一部という断片的な化石からでも、かつての捕食者が放っていた圧倒的な存在感を、物語のイメージを借りて鮮やかに蘇らせることに成功した好例です。
魔法や伝説に彩られた学名たちは、科学が本来持っている「不思議を解き明かすワクワク感」を私たちに思い出させてくれます。そして、それこそが命名者の意図するところでしょう。



次は、その愛らしい「極小サイズ」を名前で表現した学名を見ていきましょう。


【極小サイズを名前で表現】小ささを愛でる、英語の言葉遊び


生命の世界には、私たちの指先よりもずっと小さな、驚くべき存在が息づいています。その極小のサイズを科学の記録として残すとき、研究者たちは時に厳格な形式を離れ、言葉の響きそのもので「小ささの愛らしさ」を表現しようと試みます。
マダガスカルで見つかったカエルたちは、1センチ前後という驚異的なミニサイズでした。そして、これらのカエルには、この小ささを祝福するかのような遊び心あふれる学名が授けられました。
3種の極小カエルたちが、どのように言葉によって「とても小さい」を表現したのか、確認していきましょう。
①「最小」 ー Mini mum


出典:WIKIMEDIA COMMONS – Mini mum 03
まずはMini mum 。マダガスカル北東部の森林で発見された、体長わずか8~11mm という世界最小クラスのカエルです。
属名の「Mini 」に種小名「mum 」を組み合わせることで、英語の「Minimum(最小)」という単語を学名で再現しています。この名前は、2019年にドイツの進化生物学者マーク・シェルツ博士を中心とする研究チームによって記載されました。
1円玉の直径が20mmであることを考えると、その半分ほどのサイズに心臓や脳などの複雑な器官がすべて収まっている事実に驚かされます。学名そのものが「これ以上小さくできない」という生命の本質をわずか二語で表現しきった、非常に洗練された命名です。
②「微小」 ーMini scule


出典:WIKIMEDIA COMMONS – Mini scule 02
Mini scule は、Mini mum と同じくマダガスカルで発見された近縁種で、体長は約8~11.5mm程度です。種小名の「scule 」は、英語の「Minuscule(微小な、極小の)」という形容詞を巧みに分解して属名と繋げたものです。
研究チームはこの属の命名において一貫したパターンを採用しており、学名の響きそのもので「極めて小さい」という事実を二重に強調しています。
これにより、専門家でない人々にもその生き物の最大の特徴が一瞬で伝わる工夫が施されており、科学的な記載という厳粛な手続きの中に知的なひねりが加わることで、新しい命の誕生を世界が温かく迎えるきっかけとなっています。
③「ミニチュア」 ー Mini ature


出典:WIKIMEDIA COMMONS – Mini ature specimen
Mini ature は、一連の極小カエルシリーズの中で最も有名な種であり、最大でも14.9mmという小ささです。種小名の「ature 」を属名と組み合わせることで、「Miniature(ミニチュア)」という言葉を完成させています。
2019年の発見当初からメディアでも大きく取り上げられ、「指の爪に乗るカエル」として世界中で話題になりました。命名者のマーク・シェルツ博士は、これらの洒落た名前を通じて「小さな生き物たちへの注目を集め、生息地であるマダガスカルの森林保護を訴えたい」と述べています。
科学的な正確さと現代的なポップセンスが融合したこの命名は、分類学という学問が持つ自由で創造的な側面を象徴する傑作といえるでしょう。


この章で見た、極小サイズを言葉遊びで表現した学名たちは、科学者が生き物の特徴を「楽しく、わかりやすく伝えたい」という純粋な想いの結晶です。名前の可愛らしさを入り口にして、変化による影響を受けやすい小さな生き物たちと森の環境をどう守っていくか、一緒に考えるきっかけにもなるのです。



昆虫分野で1cmと言っても、それほど小さいと思いませんが、日本の田んぼで見るオタマジャクシより小さいカエルということを想像すると、とても小さいですね〜



ぼくの研究している分野の昆虫なんて、1cmあったら「大きいな〜」と思うくらいです!



次の章では、意味の深さよりも直感的な音から感じる面白さを追求した学名たちを紹介します。


【響きの楽しさとシンプルさ】感性に響く、音と名前


学名は、その言葉が持つ意味を伝えるだけでなく、耳に届く「音」そのもので生き物の個性を表現することがあります。余分な情報を削ぎ落とした究極の短さや、直感的に姿が浮かぶ心地よい響きは、分類学という学問が持つ美的な側面の一つと言えるでしょう。



言葉の長さや複雑さを超えて、「音として完璧であること」を追求した名前の数々を見ていきましょう。
母音だけで奏でる、世界最短の旋律 ー Ia io
出典:WIKIMEDIA COMMONS – イブニングコウモリ Ia io (gvichiangmai)
(Ia io)中国を中心とした東アジアに生息する「ヒマラヤイアコウモリ」の学名は、わずか4文字という究極の短さを誇ります。1902年にイギリスの動物学者オールドフィールド・トーマスによって記載されたこの名は、属名「Ia」が学名として認められる最短の2文字であり、かつ子音を一切含まない純粋な母音のみで構成されています。白亜紀の恐竜「Yi qi」と並んで、全生物の中で最も短い学名としてギネス世界記録に登録されています。余計な装飾を一切排除した「イア・イオ」という柔らかな響きは、複雑な説明を必要としないミニマリズムの極致と言えるでしょう。
写真に映える、驚異のタコ ー Wunderpus photogenicus


出典:iNaturalist – Wunderpus photogenicus (susannespider)
インドネシアやフィリピンの浅い海に生息する美しいタコ「Wunderpus photogenicus 」は、2006年に正式に記載されました。ドイツ語の「Wunder(驚異)」とラテン語風の「photogenicus(写真に映える)」を融合させたこの名は、その外見の素晴らしさを端的に言い表しています。



この例からもわかるように、学名は「ラテン語として扱える形」になっていれば、語源が何であろうと問題ありません。
ダイバーたちの間で「最も撮影したくなるタコ」として親しまれていた実態が、そのまま学名へと昇華されました。複数の言語が混ぜ合わさったリズミカルな響きは、学名が単なる記号ではなく、その生き物の魅力を世界中に伝えるための「輝く広告」として機能することを示しています。
アルファベットの終着駅に響くノイズ ― Zyzzyx chilensis


出典:iNaturalist – Zyzzyx chilensis (daniediaz)
(Zyzzyx chilensis) 南米チリに生息するハチの一種「Zyzzyx chilensis 」は、その名を「発音すること自体が挑戦」とも言える異様な綴りで知られています。属名の Zyzzyx(ジジックス)は、アルファベットの最後の文字「Z」を極端に重ねた人工的な造語で、意味よりも「視覚と音のインパクト」そのものを狙って与えられました。
さらに、一般的な母音(A, E, I, O, U)を一切排除し、「y」を母音代わりにするという言語的なトリックを用いたこの名前は、あらゆる生物名リストの「最後」に表示されるよう意図されたと言われています。最短の学名 Ia io が静かなミニマリズムの旋律だとすれば、Zyzzyx は文字の限界まで振り切った、分類学的「ノイズアート」の極致と言えるでしょう。



冴羽リョウから連絡がきそうな学名ですね!



今の若い人「シティーハンター」知ってますかね?



♫ Get wild and tough
(←若くない確定)
シンプルで印象的な学名たちは、言葉が持つ「音の力」を最大限に活用しています。一度聞けば忘れられない響きは、学名が私たちの日常と地続きにある「生きた言葉」であることを優しく教えてくれます。


学名が紡ぐ物語 ― 科学と文化が出会う場所


学名は、地球上に息づく生命に与えられた世界共通の名称であると同時に、発見者の情熱や文化への敬意、そして「科学をより身近に感じてほしい」という願いが込められた言葉でもあります。厳格に見える分類学の体系の中には、実は豊かな創造性と遊び心が飛び交う特別なフィールドが存在しているのです。



あなたには、どの学名が一番心に残りましたか?
科学と遊び心が共鳴する、名付けの意義
これまでに見てきた個性豊かな学名たちは、科学が決して無機質な記録の集積ではないことを教えてくれました。同語反復の優雅さ、地獄の吸血鬼と呼ばれた深海生物、ホグワーツの竜、そして母音だけで奏でられる最短の学名…。
それぞれの背景には、研究者が未知の命と出会った瞬間の驚きや喜び、そしてユーモアのセンスが息づいています。こうしたユニークな命名は、単なる話題作りではありません。
難しい専門用語の壁を低くし、多くの人々が生物多様性に関心を持つための「入り口」としての役割を果たしています。名前が注目を集めることで、その生き物が暮らす環境の保護へと人々の意識が向かう、科学と社会を繋ぐ温かなコミュニケーションの形なのです。



研究者として自分が記載する生き物の学名は特別なものにしたい、という気持ち、よくわかります。



私は「その生き物の特徴をよく表す、シンプルな学名」を好みますが、研究者の創意工夫や遊び心がときに素晴らしい学名を生み出すことは理解できます。



個性的な学名は、その分野の人の間ではよく話題に上がっていますからね〜



それだけで、他との差別化と知名度アップに成功していますから「してやったり」です!
日常の景色を彩る、新しい視点という贈り物
動物園や水族館の名札を見るとき、あるいはニュースで新種発表のニュースを目にするとき、少しだけ学名の綴りに目を向けてみてください。そこには、古代神話や現代の物語、言葉遊びや研究者の祈りが、魔法の呪文のように封じ込められているかもしれません。
分類学は、決して遠い世界の学問ではなく、私たちの日常や文化と深く結びついた、開かれた知の体系です。次に新しい生き物の名前を耳にしたとき、その響きの奥にある物語を想像してみてください。
正しい名を知ることで、あなたの目の前に広がる世界は、これまで以上に鮮やかで豊かなものへと変わっていくはずです。
生命の多様性を敬い、自分らしく幸せに生きるための知恵を、ぜひこれからも一緒に深めていきましょう。科学者たちが世界の果ての深海や高山で、新しい生命を発見し、創意工夫に満ちた名前を授ける…。
その営みは、人類が生命に対して払ってきた最大級の敬意です。あなたもその営みの一部になることで、生命とのつながりを深め、自分たちの地球との関係をより深く理解できるようになるでしょう。



分類学の楽しさは、まだまだこれからですよ!



学びの道を、あなたらしく続けていってください。新しい発見が、どこかであなたを待っています。



次の分類学シリーズ記事では学名に古くから存在する「献名」について書こうと思っています!ぜひ、覗いてみてください。







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参考・引用文献
学名とは何か ー 生物に与えられる世界共通の名前
International Commission on Zoological Nomenclature (ICZN) ‐ Article 23. Principle of priority
International Commission on Zoological Nomenclature (ICZN) ‐ Introduction
Wikipedia ‐ Binomial nomenclature
Wikipedia ‐ Priority (biology)
Britannica ‐ Species Plantarum
EBSCO ‐ Linnaeus Creates the Binomial System of Classification
University of California Berkeley – Museum of Paleontology ‐ Carl Linnaeus
NCBI (National Center for Biotechnology Information) ‐ Rules of Nomenclature with Recommendations
【ポケモン関連】学名に進化したモンスターたち
ZooKeys ‐ A revision of Chilicola (Heteroediscelis), a subgenus of xeromelissine bees
Wikipedia ‐ Chilicola charizard
ScienceDaily ‐ One of 8 new endemic polyester bees from Chile bears the name of a draconic Pokemon
Wikipedia ‐ Binburrum articuno
【ハリー・ポッター関連】魔法世界から抜け出した学名たち
Wikipedia ‐ Eriovixia gryffindori
Science Magazine ‐ This new spider species looks like Hogwarts’s sorting hat
BBC News ‐ New spider species resembles Harry Potter ‘Sorting Hat’
CNN ‐ Soul-sucking dementor wasp buzzes on Harry Potter fame
Museum für Naturkunde Berlin ‐ Ampulex dementor
【スター・ウォーズ関連】銀河伝説が刻まれた学名たち
Auburn University ‐ Armbruster names catfish species after Star Wars character
LiveScience ‐ 9 Animals with ‘Star Wars’-Inspired Names
Naturalist ‐ Greedo Fish (Peckoltia greedoi)
【その他のポップカルチャー】フィクションが科学名になったユニーク生物たち
PLoS Biology ‐ Global Biodiversity and Phylogenetic Evaluation of Remipedia (Crustacea)
Smithsonian National Museum of Natural History ‐ Researchers Name Prehistoric Amphibian Ancestor
Wikipedia ‐ Otocinclus batmani
Neotropical Ichthyology ‐ Otocinclus batmani, a new species of hypoptopomatine catfish
【言葉遊び・ダブルミーニング系】ラテン語に忍ばせた、学者たちの知的ユーモア
Wikipedia ‐ Vini vidivici (Conquered lorikeet)
Australian Geographic ‐ The Aha ha wasp is no joke
ResearchGate – Pieza, A New Genus Of Microbombyliids From The New World (Diptera: Mythicomyiidae)
Australian Geographic – Weirdest species names
【魔法・呪文のような学名】深淵と幻想の物語を呼び覚ます詠唱
NOAA Ocean Service ‐ What are the vampire squid and the vampire fish?
Monterey Bay Aquarium Research Institute (MBARI) ‐ Vampire Squid
Smithsonian Magazine ‐ Meet the Dinosaur Named After Hogwarts
Cambridge University Press ‐ Eucritta melanolimnetes from the Early Carboniferous of Scotland
National Geographic ‐ New “Sauron” Dinosaur Found
【極小サイズをシャレた名前で表現】小ささを愛でる、英語の言葉遊び
National Geographic ‐ New staple-size frog is one of the tiniest ever discovered
ScienceDaily – Five new frog species from Madagascar
Smithsonian Magazine ‐ Meet ‘Mini mum,’ ‘Mini scule’ and ‘Mini ature,’ Three New Frog Species
The Conversation ‐ Meet the mini frogs of Madagascar – the new species we’ve discovered
Mongabay ‐ Meet Mini mum, Mini ature, Mini scule: Tiny new frogs from Madagascar
【響きの楽しさとシンプルさ】感性に響く、音と名前のミニマリズム
Wikipedia ‐ Great evening bat (Ia io)
PLOS ONE ‐ Wunderpus photogenicus n. gen. and sp., a new octopus from the Indo-Malayan Archipelago
Guinness World Records ‐ Shortest scientific name for an animal
Octonation ‐ Wunderpus photogenicus: Underwater Magicians
California Academy of Sciences – ZYZZYX(2025年4月28日)
学名が紡ぐ物語 ― 科学と文化が出会う場所
Zoological Journal of the Linnean Society ‐ Kermitops gratus
BBC ‐ Kermit the Frog honoured in new fossil find
Natural History Museum, London ‐ Ancient amphibian species named after Kermit the Frog
China Daily ‐ Joint conservation of rare bird pays off
Nippon.com ‐ The Return of the Crested Ibis
Earth.org ‐ The Significance of Taxonomy in Understanding Life



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