地球には「一科一属一種」という、孤高の植物たちがいます。これらは、進化の長い物語の果てに、たった一種で一つの「科」を代表するという、非常に珍しい運命をたどった植物たちです。

「一科一属一種」の生き物たちは、地球の膨大な数の生き物の中では、かなり珍しい存在です!
一科一属一種の植物とは?その意味と魅力

出典:WIKIMEDIA COMMONS『Cephalotus』
私たちの周りには、さまざまな動物や植物が暮らしています。科学者たちは、これらの生き物たちを共通の特徴に基づいて仲間分けし、理解を深めようとしてきました。
その分類の大きな単位の一つに「科」があります。多くの場合、一つの科には複数の「属」が含まれ、さらにそれぞれの属には複数の「種」が存在します。
しかし、ごくまれに、一つの科の中にたった一つの属しかなく、その属の中にもたった一つの種しかいない、という生き物が存在するのです。これが「一科一属一種」と呼ばれる、まさに唯一無二の存在です。
なぜ生まれる?一科一属一種という存在の背景
一科一属一種の生き物となるのは多くの場合、かつては複数種が存在していたものの、長い進化の歴史の中で他の種が絶滅し、唯一現存する種だけが残った結果です。進化の「生き証人」とも言える存在です。
こうした植物は、進化や絶滅の過程を知る上で非常に貴重であり、地球の生物多様性を考えるうえでも重要な役割を担っています。
世界の一科一属一種植物たち

それでは、代表的な一科一属一種植物を見ていきましょう!
奇想天外(ウェルウィッチア)

出典:Wikipedia『ウェルウィッチア』
- 和名:奇想天外
- 科:ウェルウィッチア科(Welwitschiaceae)
- 属:ウェルウィッチア属(Welwitschia)
- 種:ウェルウィッチア・ミラビリス(Welwitschia mirabilis)
- 分布地域:アフリカ・ナミブ砂漠
ウェルウィッチア・ミラビリスは、その名の通り、初めて見る人を驚かせる奇妙な姿をした植物です。地面から短い幹が伸び、そこから生涯にわたって伸び続けるたった2枚の葉(実際には発芽時の双葉)を広げます。
葉は年月とともに風雨にさらされて裂けていくため、何枚もあるように見えますが、基本は2枚なのです。寿命は非常に長く、平均で500~600年、中には2000年を超えると推定される個体もあるといわれています。
ナミブ砂漠という極めて乾燥した環境で生き抜くために、夜間に発生する霧から水分を吸収する能力を持つなど、驚くべき適応を遂げています。

ウェルウィッチアは、グネツム類※という裸子植物の中でも特異なグループに属し、非常に古い系統の生き残り(レリック)であると考えられています。
※グネツム類
裸子植物の一群で、グネツム属・ウェルウィッチア属・マオウ属の3属を含む。被子植物に似た形態を持つが、分子系統解析では針葉樹類に近縁と判明している。熱帯から砂漠まで幅広く分布し、ウェルウィッチア(奇想天外)のように極限環境に適応した種も存在する。進化の過程で独自の特徴を獲得した「生きた化石」として、植物進化研究の重要な対象となっている。
かつて近縁種が存在したものの、気候変動などによって絶滅し、この過酷な砂漠環境に極度に適応したウェルウィッチアだけが生き残った結果、このような孤高の存在になったと推測されています。その形態は、他のどの植物とも似ておらず、進化の実験場のようなナミブ砂漠が生んだ奇跡といえるでしょう。
イチョウ

出典:Wikipedia『イチョウ』
- 和名:イチョウ
- 科:イチョウ科(Ginkgoaceae)
- 属:イチョウ属(Ginkgo)
- 種:イチョウ(Ginkgo biloba)
- 分布地域:中国原産(世界中で植栽)

イチョウが一科一属一種なんて意外に思う人も多いのでは?
秋の黄葉が美しいイチョウは、私たちにとって非常に身近な存在ですね。しかし、このイチョウもまた、イチョウ科イチョウ属に現生する唯一の種という、特別な植物なのです。
扇形の独特な葉を持ち、種子はギンナン(銀杏)として食用にもなります。イチョウの仲間は、恐竜が繁栄していた中生代(約2億7千万年前~約6600万年前)にはすでに世界中に広く分布し、多様な種類が存在していました。
しかし、その後の氷河期などの環境変動でほとんどが絶滅してしまったのです。

イチョウはまさに植物界の「生きた化石」!
かつて栄えたイチョウ類の多くが絶滅していく中で、中国の限られた地域に自生していた種が、人間の保護や植栽によって生き延び、世界中に広まったと考えられています。
ヒカリゴケ
- 和名:ヒカリゴケ
- 科:ヒカリゴケ科(Schistostegaceae)
- 属:ヒカリゴケ属(Schistostega)
- 種:ヒカリゴケ(Schistostega pennata)
- 分布地域:日本、ユーラシア北部
ヒカリゴケは、その名の通り、暗所で光を反射してエメラルドグリーンや黄金色に美しく輝くコケ植物です。この光はコケ自体が発光しているのではなく、細胞の中にあるレンズ状の特殊な細胞(原糸体の一部)が、わずかな外光を集めて反射することによるものです。洞窟などの暗い場所で、まるで宝石のように輝く様子は幻想的で、日本では国の天然記念物に指定されている自生地もいくつかあります。

いつかヒカリゴケが発光しているところを実際に見てみたいものです!

出典:WIKIMEDIA COMMONS『Schistostega pennata (a, 144640-481257) 3058』
ヒカリゴケは、蘚類の中でも非常に原始的な特徴を持つグループに属すると考えられています。その特殊な生活環境(暗く湿った場所)と、光を集めるという生存戦略が、他のコケ植物とは異なる独自の進化の道を歩ませ、近縁種が生まれなかったか、あるいは過去に存在した近縁種が競争に敗れて絶滅し、結果としてヒカリゴケ科にはこの一種だけが残ったと推測されます。
アムボレラ

出典:Wikipedia『アンボレラ科』
- 和名:アムボレラ
- 科:アムボレラ科(Amborellaceae)
- 属:アムボレラ属(Amborella)
- 種:アムボレラ(Amborella trichopoda)
- 分布地域:ニューカレドニア
アムボレラは、ニューカレドニア島にのみ自生する常緑低木で、見た目はそれほど派手ではありませんが、植物の進化を研究する上で極めて重要な存在です。近年のDNA解析により、アムボレラは現生する全ての被子植物(花を咲かせ、種子を果実で包む植物)の中で、最も初期に他の全ての被子植物の系統から分岐した「姉妹群」であると考えられています。
つまり、被子植物の進化の歴史を紐解く上で、重要な手がかりとなる植物なのです。

雌雄異株であり、雄花と雌花が別の個体につきます。
ただし、「性転換」したり「両性花」を稀につけることも!
アムボレラが持つ原始的な特徴(例えば、維管束の構造や花の単純なつくりなど)は、被子植物が誕生した初期の姿を色濃く残している可能性を示唆しています。ニューカレドニアという島が、太古の昔から大陸から隔離されていたことで、このような古い系統の植物が生き残ることができたと考えられています。

アンボレラ目が現生被子植物の中で最初に分岐し、スイレン目が次に分岐したとする仮説が現在では多数派のようです。
コウヤマキ

出典:Wikipedia『コウヤマキ』
- 和名:コウヤマキ
- 科:コウヤマキ科(Sciadopityaceae)
- 属:コウヤマキ属(Sciadopitys)
- 種:コウヤマキ(Sciadopitys verticillata)
- 分布地域:日本(日本固有種:本州の福島県以南、四国、九州の一部)
コウヤマキは、日本の山地に自生する常緑針葉樹で、その美しい円錐形の樹形と、輪生する濃緑色の光沢のある葉が特徴的です。この葉は、一見すると一本の太い針葉のように見えますが、実際には2本の葉が合着したもの(偽葉)と考えられており、他のどの針葉樹にも見られない特徴です。
庭園樹として古くから珍重され、材は水に強く、桶や船舶材などにも利用されてきました。世界三大庭園樹の一つに数えられることもあります。
コウヤマキは、約2億年以上前の地層からも化石が発見されており、非常に古い系統の針葉樹の生き残りであると考えられています。かつてはヨーロッパなどにも近縁種が分布していたようですが、氷河期などの気候変動によって多くが絶滅し、比較的温暖で湿潤な日本の気候の下で、この一種だけが生き残ったと推測されています。
日本という地理的環境が、この貴重な「生きた化石」を現代に伝えてくれたといえるでしょう。

島国の日本には、日本にしかいない「固有種」も多く存在します。日本全体で約7,500種の陸上植物が知られており、そのうちなんと約2,700種(約1/3)が日本固有種とされています!
フクロユキノシタ

出典:Wikipedia『フクロユキノシタ』
- 和名:フクロユキノシタ
- 科:フクロユキノシタ科(Cephalotaceae)
- 属:フクロユキノシタ属(Cephalotus)
- 種:フクロユキノシタ(Cephalotus follicularis)
- 分布地域:西南オーストラリア海岸の一部にのみ分布
フクロユキノシタは、その名の通り、捕虫機能を持つ袋状の葉(捕虫葉)と、光合成を行う通常の葉(普通葉)の二種類の葉を持つ、独特な食虫植物です。捕虫葉は、ウツボカズラに似た小さな袋の形をしており、縁には内向きのトゲが並び、袋の内側は滑りやすくなっています。袋の入り口付近には蜜腺があり、虫を誘い込み、一度落ちた虫は這い上がれず、袋の底に溜まった消化液で分解・吸収されます。
フクロユキノシタは、オーストラリア南西部の栄養の乏しい湿地という特殊な環境に適応するために、食虫という特殊な栄養獲得方法を発達させ、独自の進化を遂げた結果、他の植物とはかけ離れた形態と生態を持つようになったと考えられます。

地理的な隔離と特殊な環境への適応が、この植物を一科一種一属というユニークな存在にしたのでしょう。
新発見!!ムジナノショクダイ

出典:神戸大学『約1世紀ぶりの快挙! 新属新種の植物「ムジナノショクダイ」を発見』(2024年3月)
和名:ムジナノショクダイ
科:タヌキノショクダイ科(Thismiaceae)
属:ムジナノショクダイ属(Relictithismia)
種:ムジナノショクダイ(Relictithismia kimotsukiensis)
分布地域:日本(鹿児島県)
ここでご紹介するムジナノショクダイは、厳密には「一科一属一種」の定義からは外れます。 ムジナノショクダイ属 (Relictithismia)は、2024年3月に新属として記載され、現在のところこのムジナノショクダイ (R. kimotsukiensis) ただ一種のみが知られています。しかし、この属が所属するタヌキノショクダイ科 (Thismiaceae)には、タヌキノショクダイ属 (Thismia) やヒナノボンボリ属 (Oxygyne) など、他にも複数の属が存在するためです。
それにもかかわらず、この植物をここで取り上げるのは、日本の植物学において約1世紀ぶりとなる「新属新種」の発見という、まさに歴史的な快挙であり、その極めてユニークな生態と進化の謎を秘めた存在だからに他なりません。

この大発見をぜひ知っていただきたいのです!
独特な生態と姿
ムジナノショクダイは、光合成を行わず、地中の菌類から栄養を得る「菌従属栄養植物」です。植物体のほとんどが地中に埋もれ、開花期にだけガラス細工のような美しい花を地表にのぞかせます。
花は一見キノコのようにも見え、半地下生の生活史が特徴的です。根は数珠状の塊茎を持ち、花は放射相称で、6本の雄しべが独立して垂れ下がるという、他の属には見られない形態を持っています。
発見の経緯と分類学的意義
ムジナノショクダイは2022年に鹿児島県大隅半島で発見され、詳細な形態観察と遺伝子解析により、既知のどの属にも分類できないことが判明しました。後、2023年に新属「ムジナノショクダイ属」として正式に記載されています。
日本で新属新種が発見・記載されるのは約1世紀ぶりであり、日本の植物相調査が世界的に進んでいる中でも極めて稀な出来事なのです。新属名「Relictithismia」は「残されたもの」を意味し、進化史上の中間的な形質を持つことを象徴しています。

ネーミングセンスも最高!!
進化の奇跡:孤高の植物が語るもの

出典:Wikipedia『コウヤマキ』
今回紹介した植物は、進化の偶然や環境変化の中で生き残った「生き証人」であり、私たちに自然の奥深さと多様性の尊さを教えてくれます。近年はDNA解析などの技術進歩により、これまで知られていなかった新属新種の発見も相次いでいます。
今後も、地球のどこかで新たな「一科一族一種」の植物が見つかるかもしれません。
実は、今回の企画は、新発見「ムジナノショクダイ」をなんとか紹介したい筆者が、仕事中にふと思いついたものです。

アリを研究する学生さんが、自身の研究のための調査中に沖縄県の石垣島で「オモトソウ(Sciaphila sugimotoi)」と名付けられたホンゴウソウ科の菌従属栄養植物の新種を発見したこともあります!

出典:神戸大学『新種の光合成をやめた植物を石垣島で発見』(2017年7月)

専門外のことなのに「これは新種かも?」と思えるのは、知識の広さの賜物です。
あなたも自然界の奇跡を感じながら、こうした孤高の植物たちの存在に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。それぞれの特別な物語は、私たちの日常にきっと感動と癒やしをもたらしてくれることでしょう。

参考
神戸大学『約1世紀ぶりの快挙! 新属新種の植物「ムジナノショクダイ」を発見』(2024年3月)