どちらも多様性に富んだ、植物のランと昆虫たちとの間には、実は驚くほど巧妙で、時にはおもしろい、不思議な関係性が築かれています。
甘い誘惑、巧妙な罠、そして持ちつ持たれつの共生。ランたちは、子孫を残すという大切な使命を果たすため、あの手この手で昆虫たちの協力を取り付けます。
今日は、ランと昆虫が織りなす、奇想天外で時にちょっと昆虫に同情しそうな、駆け引きの世界へと足を踏み入れてみましょう。きっと、あなたももう少しランの深淵を覗きたくなることでしょう。

ランの沼、転落注意!
アリの巣になるラン?

出典:Wikipedia『Myrmecophila tibicinis』
植物と動物が互いに助け合いながら生きる「共生」は、自然界の至る所で見られる関係です。ランの世界にも、様々な共生の形があります。
その中から、自らの体の一部を住処としてアリに提供し、その見返りとして生活の糧を得るという、まるでアリに住処を貸す大家さんのようなランから紹介します。
ミルメコフィラ属 (Myrmecophila)

筆者撮影
その代表格が、中南米などに自生するミルメコフィラ属 (Myrmecophila) のランたちです。「アリを好む」というその名の通り、アリと非常に深い絆で結ばれています。
おそらく最も知られているのは「ミルメコフィラ・ティビキニス (Myrmecophila tibicinis)」という種で、「アリノスラン」とも呼ばれ、いわゆる「アリ植物」の一つです。このランは、バナナを思わせるような太く大きな「偽茎(ぎけい:茎が変化してできた、水分や養分を蓄える器官)」を持ち、その内部はまるで空洞のようになっています。
この広々とした空間が、様々なアリたちにとって、雨風をしのげる安全で快適な住まいとなるのです。

大好き…

筆者撮影
アリたちは、このランの偽茎の中にせっせと巣を作り、そこへ自分たちの食べ残しや昆虫の死骸、植物の細かな破片などを運び込みます。これらは、ランにとって貴重な栄養となります。
ランは、アリたちが集めたこれらの有機物が時間をかけて分解されることで生じる栄養分を、偽茎の内側から直接吸収することができるのです。栄養の乏しい熱帯の樹の上という厳しい環境で生きるランにとって、これは非常に効率的で賢い栄養獲得術といえるでしょう。

お気づきだろうか…
これら「アリノスラン」、筆者の好きな「着生ラン」(樹上性のラン)なのです!!
ランはアリに安全な住処を提供し、アリはランに栄養豊富な「お家賃」をせっせと支払う。まさに持ちつ持たれつの、見事なパートナーシップですね。
ちなみに、「ティビキニス」という種名はラテン語で「笛吹き」を意味し、現地の人々がこのランの空洞になった偽茎を笛などの楽器として利用していたことに由来するとも伝えられています。自然が生み出すユニークな造形が、人々の生活や文化にも影響を与えていたとは、なんともロマンがありますね。
花の外にも蜜を持つラン

出典:Wikipedia『エピデンドラム属』
ランが昆虫をおびき寄せるための「ご褒美」といえば、多くの方が花の奥に隠された甘い蜜を思い浮かべることでしょう。しかし、ランの中には、もっとしたたかで賢い方法で昆虫との関係を築くものがいます。
花以外の部分、例えば葉の付け根や茎などに「花外蜜腺(かがいみつせん)」と呼ばれる特別な蜜の分泌器官を発達させ、そこからアリに蜜を提供するランがあるのです。

花粉を運んでもらったり、受粉を助けたりしてもらうためなら、蜜は花にあったほうが理にかなってますよね?
ゴンゴラ属 (Gongora) 、エピデンドラム属 (Epidendrum)
ゴンゴラ属 (Gongora) やエピデンドラム属 (Epidendrum) の一部の種などが、この不思議な戦略をとることで知られています。これらのランは、アリにとって抗いがたい魅力を持つ蜜を、花以外のアクセスしやすい場所にも用意することで、いわば警備員を雇い入れているような状態を作り出します。

ゴンゴラ属のランには「株元にアリが巣をつくり共生することがある」という記述でした。この属のアリとの共生関係はまだ詳しく調べられていないものが多いようです。

出典:Wikipedia『ゴンゴラ属』

上のゴンゴラ族のランも着生植物です。小鳥が舞うような花が素敵ですね〜(育ててみたい)!
蜜という報酬にありついたアリたちは、ランの周りを常にパトロールし、大切な花や蜜を盗みに来る他の昆虫、あるいは葉を食い荒らしてしまう害虫などから、ランを献身的に守ってくれるのです。
美味しい蜜を提供する代わりに、24時間体制で警備してもらう。これは、ランが厳しい自然界で生き残り、確実に子孫を残すために編み出した、もう一つの巧妙な生存戦略といえるでしょう。

例えば植物にとって、「食害」は深刻な問題です。固くなったり、棘を持ったり、毒を持ったり…植物たちは様々な対策を取っていますが、このタイプのランはアリを惹きつけることによって、その他の昆虫から身を守っているということですね。
オーキッドビーとランの特別な関係
中南米の熱帯雨林には、エメラルドやサファイアのようにキラキラと金属光沢を放つ、美しいハチの仲間がいます。「オーキッドビー」とも呼ばれるこれらのハチと、特定のランとの間には、非常に特殊な共進化の関係が築かれています。
カタンセツム属 (Catasetum)、ゴンゴラ属 (Gongora)、スタンホペア属 (Stanhopea)

「オーキッドビー」の一種:
「グリーン・オーキッド・ビー」として知られるエウグロッサ・ディレンマ(Euglossa dilemma)
出典:Wikipedia『Green Orchid Bee (now classified as Euglossa dilemma) (6266146378)』
カタンセツム属 (Catasetum)、ゴンゴラ属 (Gongora)、そしてスタンホペア属 (Stanhopea) といったランの仲間たちは、その花から、人間には感知できないほど微量ながらも、オーキッドビーにとっては抗いがたい魅力を持つ、特殊な香りのする油性の物質を分泌します。驚くべきことに、この香りの成分は、雄のオーキッドビーが雌のハチに求愛する際に、自らを魅力的に見せるために使うフェロモンを作り出すための、大切な材料となるのです。

Catasetum macrocarpumが着生している様子
出典:Wikipedia『カタセツム属』

一見ランには見えませんね!(カッコイイ!)
しかもカタセツム属のランの花は単性(雄花と雌花が別れている)で、一つの株に2種類の花がつきます。

出典:Wikipedia『カタセツム属』
雄のオーキッドビーは、様々な種類のランの花を丹念に訪れては、これらの貴重な香りの油分を熱心に集め、後ろ脚にある特別な袋に大切に貯蔵します。そして、集めた多種多様な香りを自分なりにブレンドし、自らの体を飾り付けることで、雌へアピールします。
ランはオーキッドビーに「香水の材料」という貴重な贈り物を提供し、オーキッドビーは香りを集める過程でランの花粉を運び、受粉という大切なお手伝いをします。

なんだか、人間界でも時々目にする光景ですね?
それぞれのランが作り出す香りの成分は、微妙に異なり、オイルビーの種類によって好みの香りも違うため、特定のランと特定のオーキッドビーが強く、そして排他的に結びついていることが多いといわれます。香りがつなぐ、オスがメスにモテるための、なんとも言えない関係。それが、何百万年という長い時間をかけて育まれたというのです…

筆者はオーキッドビーに生まれていたら終わってました…(香水の強い子は嫌いだよ!)
昆虫を陥れる?落とし入れる?ランの罠

出典:筑波実験植物園『バケツランが咲きました!』
ランの世界には、訪れた昆虫をただ甘い蜜で誘うだけでなく、巧妙で時には少し強引な「罠」を仕掛けて、花粉媒介の確実性を高めるものがいます。これらのランが持つ仕掛けの数々は、自然界の創意工夫の極致ともいえるでしょう。
コリアンテス属 (Coryanthes)
その代表格として知られるのが、コリアンテス属 (Coryanthes)、通称「バケツラン」です。このランの花は、その名の通り、まるで小さなバケツのような形をしたユニークな唇弁(しんべん:花びらの一部が変化したもの)を持っています。
花からは強い芳香が放たれ、これに引き寄せられてオーキッドビーの雄などがやってきます。

オーキッドビーたちって…(また落ちるよね?)
ところが、ハチが花の縁にとまろうとすると、巧みに配置された分泌液のせいで表面が滑りやすく、バケツ状の部分に溜まった液体の中にツルッと落ちてしまいます。
翅が濡れてしまったハチは、すぐには飛び立つことができません。しかし、このバケツにはまた、巧妙に設計された唯一の「脱出口」が用意されています。ハチがこの狭いトンネルを這い上がって脱出する際に、ランの花粉塊(かふんかい:ラン特有の花粉の塊)が背中にしっかりと取り付けられるという見事な仕組みです。

この様子をなにかの動画で見ましたが、出口を出る時ポン!とスタンプのように花粉の塊をつけられます。
そして、このハチが次に別のバケツランの花で同じようにバケツに落ち、脱出する際に、今度は背中の花粉塊がめしべに付着し、受粉が完了します。
パフィオペディルム属 (Paphiopedilum)

出典:Wikipedia『パフィオペディルム』
袋状の唇弁が特徴的なパフィオペディルム属 (Paphiopedilum)、通称「レディーススリッパー」も、その美しい姿の裏に巧妙な罠を隠しています。昆虫は甘い香りに誘われて袋の縁にやってきますが、表面が滑らかで内側に丸まっているため、足を滑らせて袋の中に落ちてしまいます。
袋の奥には蜜があることもありますが、脱出するには、花粉塊のある場所やめしべのある場所を必ず通過するように設計された、特定の狭い出口を通らなければなりません。

バケツランの設計とよく似ていますね。
プテロスティリス属 (Pterostylis)

出典:Wikipedia『Pterostylis』
オーストラリアに自生するプテロスティリス属 (Pterostylis) のラン、通称「グリーンフッド」なども、非常に興味深い可動式の罠を持っています。これらのランは、キノコバエの仲間を化学的な誘引物質でおびき寄せます。
そして、ハエが花に触れると、まるで仕掛け扉のように花の一部(唇弁など)がパタンと素早く動き、ハエを一時的に花の中に閉じ込めてしまうのです。
しばらくすると再び出口が開いてハエは解放されますが、その間に花粉の受け渡しが確実に行われるという、巧妙な仕組みです。この驚くべきトラップは、19世紀にはすでに観察されており、チャールズ・ダーウィンもその著書の中で言及しています。
ダーウィンの予言
チャールズ・ダーウィンは、植物と昆虫が互いに影響を与え合いながら進化する「共進化」の概念を提唱しました。特に有名なのは、マダガスカルのアングレカム・セスキペダレ(Angraecum sesquipedale)という白いランを観察した際の予言です。

【Angraecum sesquipedale Thouars】
出典:WIKIMEDIA COMMONS『Angraecum sesquipedale Thouars, Hist. Orchid. 66 (1822) (45523703575)』
このランは30cm以上もの長い距(蜜を蓄える管状の部分)を持っており、ダーウィンは「この花を受粉させるには、同じくらい長い口吻を持つ蛾が存在するはずだ」と予測しました。この予言は当時嘲笑されましたが、ダーウィンの死後20年以上経って、キサントパンスズメガという長い口吻を持つ蛾が実際に発見され、ダーウィンの洞察力の正しさが証明されました。

出典:Wikipedia『キサントパンスズメ』

ダーウィンの進化論の骨子(自然選択、変異、遺伝)は150年以上経った現在でも有効ですが、分子生物学の発展により、詳細なメカニズムはダーウィンが提唱したものから大幅に修正されている箇所もあります。
姿や香りで昆虫をだますラン

出典:Wikipedia『Ophrys』
ランの中には、昆虫に対して蜜などの具体的な報酬を与える代わりに、その姿形や香りで昆虫の目や鼻を巧みにだまして花粉を運ばせるランもあります。その擬態の技術は、自然界の驚異の一つと言えるでしょう。

みんな大好き「擬態」!
オフリス属 (Ophrys)

出典:Wikipedia『Ophrys』
その代表例として、これまでにも度々登場しているのが、ヨーロッパから中東にかけて広く分布するオフリス属 (Ophrys) のランたちです。このランたちは、特定の種類のハチやハナバチの雌の姿形、色合い、さらには体表の毛の質感までも、自らの花で模倣します。
それだけでなく、最も驚くべきは、雌の昆虫が出す性フェロモンと非常によく似た化学物質を放出して、雄の昆虫を強力に引き寄せのです。興奮した雄の昆虫は、花を本物の雌と完全に間違えて交尾しようと試みます(この行動を「偽交尾」といいます)。

…
その際に、ランの花粉塊が昆虫の体に付着し、昆虫が別のオフリスの花で同じ行動を繰り返すことによって、受粉が成立するのです。オフリスのそれぞれの種は、特定種類の昆虫と強く結びついており、その昆虫が偽交尾を行う体の部位(頭部なのか腹部なのかなど)によって、花粉塊が付着する位置も正確に決まっています。
オンシジウム属 (Oncidium)

出典:Wikipedia『Oncidium planilabre』
また、オンシジウム属 (Oncidium) の一部の種、例えば「オンシジウム・ヒファエマティクム(Oncidium hyphaematicum)」や「オンシジウム・プラニラブレ(Oncidium planilabre)」などは、さらに風変わりな擬態戦略をとることで知られています。このランの花は、なんと縄張り意識の非常に強い雄のハチやハナバエの姿にそっくりなのです。
自分の縄張りに侵入してきた他の雄と勘違いしたハチは、この花に対して猛然と攻撃を仕掛けます。その体当たりのような激しい行動の際に、ランの花粉塊がハチの体にくっついたり、他の花から運んできた花粉塊がめしべに付着したりするという仕組みです。

ハチは「敵、ボコしてやったわ」と思っていても、実はランに利用されています。
そのハチのメスに化けるのではなく、敵に擬態するとは、なんとも大胆でユニークな発想ですね。これらのランは、昆虫たちの本能や習性を巧みに利用し、自らの生存戦略に組み込んでいるのです。
発見! キノコ好きのハエとランの新たな協力関係

出典:神戸大学『腐った花が紡ぐ新たな命 キノコを食べる蘭は、キノコを食べるハエに受粉の見返りとして繁殖場所を提供していた!?』(2023年8月)
ランと昆虫の関係性の研究は、今もなお続いており、時折、私たちをあっと驚かせるような新しい発見がもたらされます。2023年の神戸大学の研究では、自らは光合成を行わず、土壌中の菌類から栄養を得てひっそりと生きる「菌従属栄養植物(腐生ラン)」の一種が、同じく菌類を好んで食べるキイロショウジョウバエの仲間に花粉を運んでもらっているという、非常に興味深く、これまであまり知られていなかった協力関係が明らかになりました。
この研究の「フユザキヤツシロラン(Gastrodia foetida Koidz.)」は、光合成を行わず地下でキノコの菌糸を取り込んで栄養を得る菌従属栄養植物※です。この植物は、フタオビショウジョウバエ(キノコ食のショウジョウバエ)との間に特殊な共生関係を築いています。
※菌従属栄養植物
光合成を行わず、土壌中の菌類(キノコやカビなど)から栄養を得て生きる植物のこと。葉緑素を持たないため、全体が白や茶色などの色をしている。代表例にはギンリョウソウ、ツチアケビ、ヤツシロランなどがある。これらの植物は菌類を介して樹木が作った栄養分を間接的に受け取っており、森林生態系の複雑な栄養循環の一部を担っている。
このメカニズムは以下の通りです。
- フタオビショウジョウバエがフユザキヤツシロランの主な花粉の運び屋となっている
- ハエは花を訪れる際に花びらに卵を産み付ける
- 産み付けられた卵から孵化した幼虫は、腐って地面に落ちた花びらを食べて成長する
- 産卵から約1週間でさなぎへ、さらにその後1週間で羽化する

この発見は、ラン科植物約25,000種の中で、花粉の運び屋に繁殖場所を提供する送粉システムが確認された世界初の例です!
この「保育受粉」とも呼ばれる現象は、植物と動物が互いに利益を得ながら共に進化していく「相利共生」という関係性が、どのようにして生まれてくるのかを解き明かす上で、非常に重要な手がかりとなる発見として、世界中の研究者から大きな注目を集めています。
ランと昆虫の終わりなき物語:ランの沼へようこそ

出典:Wikipedia『カタセツム属』

もっと、ランの深淵を覗いてみませんか?
ランと昆虫たちが繰り広げる、驚きに満ちた駆け引きの世界、いかがでしたか。甘い蜜で誘うもの、住処を提供するもの、香りで惑わすもの、巧妙な罠を仕掛けるもの、そして相手を巧みにだますもの。
ランたちは、ただ美しい花を咲かせるだけでなく、生き残るために、そして大切な子孫を残すために、想像を絶するほど多様で洗練された戦略を、気の遠くなるような長い年月をかけて進化させてきました。
そこには、一方的な利用だけでなく、互いに利益を与え合う共生があり、時にはどちらか一方が少しだけ得をするような、絶妙なバランスで成り立つ関係性も垣間見えます。これらの複雑で精巧なシステムは、数百万年、数千万年という壮大な時間スケールでの「共進化」の結果です。
ランと昆虫たちの物語は、私たちに生物多様性の計り知れない価値と、生態系がいかに繊細なバランスの上に成り立っているかを、改めて教えてくれます。私たちの身の回りにある小さな自然の中にも、実はたくさんの不思議が、あなたに発見されるのを待っているのです。
小さな生き物たちを見つけたら様子を少し、観察してみませんか。きっと、新たな発見が待っているはずです。

参考
Wikipedia『Myrmecophila tibicinis』
神戸大学『腐った花が紡ぐ新たな命 キノコを食べる蘭は、キノコを食べるハエに受粉の見返りとして繁殖場所を提供していた!?』(2023年8月)
BROOKLYN BOTANIC GARDEN『Orchids and Their Pollinators』(2004年4月)
USDA『Orchid Bees (The Euglossines)』
stringeplants『アリ植物とは』(2020年8月)